謎の乗り物と冒険者ギルド
「ええ? あの人、一体何に乗ってるんだ? もしかして電動スクーターか?」
マックスの背の上で、俺はもっとよく見ようと必死で顔を上げてこちらへ向かってゆっくりと進んでくるその人物を見ていた。
「電動スクーターって言うよりは……あれなんて名前だっけ。国内では道交法との兼ね合いで、一般道では使えなかった……。ああ、そうだ。確かシグウェイだっけ」
小さく呟いて、もっと見ようと鞍の上から立ち上がってさらに伸び上がった。
それに乗っているのは明らかに年配の女性で、その足元には買い物かごらしきものが置かれていた。
小柄な女性が乗っているそれは、どうやら俺の記憶にあるシグウェイと同じで立ったまま乗るタイプらしく、ちょうど横向きにした丸太みたいな土台に乗る上側の足場の部分を真っ直ぐに削ったみたいな感じになってて、その丸太状の土台の左右には一回り大きな丸い車輪が見える。そして足元の土台の真ん中からやや太めの長いT字形になったハンドルが突き出していて、女性は両手でそれを持って立って乗っている。だから正面から見たら電動スクーターっぽく見えたんだよ。
こっちへ向かって来ていたその不思議な乗り物の女性は、どうやら俺達と従魔の存在に全く気づいていなかったらしく、かなり近くまできていきなり悲鳴を上げた。
そして当然急ブレーキ。
勢い余ってバランスを崩して落っこちかけたその女性は、一旦地面に足をついてそのままもう一度シグウェイもどきに飛び乗ると、ものすごい勢いでバックした後Uターンして逃げて行ってしまった。
「へえ、かなりの速さが出るんだ。しかしあれってどういう仕組みなんだ?」
あっという間に見えなくなったその女性の逃げた方角を見ながら感心していると、マックスのすぐそばにいたアッカーさんが教えてくれた。
「あれはムービングログと呼ばれる、ヴォルカン工房の最新の乗り物だよ。微妙な体重移動で速度や進む方向を変えられる」
「動力はやっぱりジェムなのか?」
「もちろん。ただし、相当上位のジェムを入れないと途中ですぐに動かなくなるらしいから、誰でも乗れる乗り物ってわけじゃあないさ」
笑って肩を竦めるアッカーさんの言葉に、俺は思わず呟く。
「へえ、あれって売ってるんだ……ちょっと欲しいかも」
「決して安くはないがな。最高級の馬を十頭買ってもまだ釣りがくる」
「あはは、そりゃあすごいなあ」
誤魔化すように笑ったがその時の俺はもう割と本気で、どこへ行けば買えるのか後で教えてもらう気満々になってたよ。
「ほら、ここが冒険者ギルドだ。先に登録だけでも済ませてくるといい」
妙に懐かしさを感じるまるでビルのような四角い建物が並ぶ大通りを進み、ようやく到着した冒険者ギルドは他の街にあるのと大差ないような厳しい石造の装飾が施された見慣れた建物だった。
逆にこれを見てここが間違いなく異世界なんだって思い知らされた気がして、俺は何とも言えない複雑な気持ちになったのだった。
「大丈夫?」
しかし、そんな俺の内心の葛藤はお見通しだったらしく、心配そうなシャムエル様にそう聞かれてしまい、慌てて出来るだけ何でもないかのように元気よく返事をしたのだった。
いつもの銀行のカウンターみたいな受付に並び、とにかくギルドカードの登録をしてもらう。従魔達は全員登録してあるから大丈夫だ。
俺とオンハルトの爺さんだけギルドカードの登録を済ませ、ついでに全員分の宿泊所を確保しておく。
幸い、まだ冬籠りの準備には早かったらしく、宿泊所は余裕で確保出来たよ。
そのまま商人ギルドへ行くつもりで立ち上がったところで、カウンターの後ろから大きな声が聞こえて慌てて振り返った。
「ハスフェル! ギイも久し振りだな。噂は聞いとるぞ。早駆け祭りの英雄とは、また張り切ったものだな」
出て来たのは間違いなくドワーフの男性。背こそ低いもののかなりの筋骨隆々。縄みたいに盛り上がった腕なんて、軽く俺の太ももくらいありそうだ。
「君が噂の最強の魔獣使いだな。ガンスだ。よろしくな。ここのギルドマスターをやっとる」
「ケンです。どうぞよろしく」
差し出された手は、グローブみたいな分厚くて大きなタコだらけの硬い手をしていた。
「それで、なんでも出してくれれば買い取るぞ」
目を輝かせるガンスさんにそう言われて、俺は困ったようにハスフェル達を振り返る。
『なあ、バイゼンで売る予定のジェムとか素材って、全然整理してないけどどうする?』
念話でハスフェルにそう伝えると、苦笑いして頷き軽く手を上げてくれた。
要するに俺に任せろって事ですね。はいはい、お願いしますよ。
カウンターに来たハスフェルにさり気なく場所を譲ろうとしたんだけど、なぜか肩をがっしりと掴んでそのまま固定された。
要するにここにいろって事らしい。
諦めてそのまま大人しく座っていると、笑ったハスフェルはガンスさんに少し顔を寄せてから口を開いた。
「おそらく俺達以外、そう簡単には入れない飛び地とカルーシュ山脈の奥地、それから新しく発見した地下迷宮で確保した大量の珍しいジェムと素材を持ってるよ。ただし、まだ整理が出来ていないから後日改めてでも構わないか?」
「おお、それは素晴らしい。もちろん構わないさ。好きなだけ精査してくれ」
笑ってバンバンとハスフェルの太い腕を叩いたガンスさんは、満面の笑みで俺を見た。
「期待してるよ。いつでも言ってくれたまえ」
「って事だから、先に商人ギルドへ行って来よう」
肩を叩かれて俺も一礼して立ち上がる。
「それじゃあ、ジェムと素材はまた改めて持って来ますね」
「期待してるよ」
もう一度満面の笑みでそう言われてしまい、もう笑うしかない俺だったね。
だけど、あの飛び地と地下迷宮で集めたきりお蔵入りしている大量のジェムと素材の数を思い出して、ちょっと気が遠くなる俺だった。
だけど、あそこで集めたあれやこれやはバイゼンでなら絶対に大喜びされるって聞いたもんな。
うん、餅は餅屋だよ。あれ、ちょっと違うかな?