目指せバイゼン!
『それじゃあ、この辺りに降りてあとは地上を行くか』
眼下に広がる草原を指差したハスフェルの念話が届く。
『いいんじゃないか。見たところ危険はなさそうだからな』
ギイの声が届くと同時に降下し始める大鷲達。
「ファルコ、じゃあ降りてくれるか」
掴んでいた首の辺りを軽く叩くと、まるで了解と言わんばかりに甲高い声で鳴いたファルコもゆっくりと地面に向かって降下していく。
「ああ、せっかくバイゼンの街が見えていたのに、降りたら見えなくなっちゃったよ」
草原に降り立ちはるか先の地平線を見るが、残念ながら空からは見えていた街の影はここからは確認する事は出来なかった。
「じゃあよろしくな、マックス」
横に来てくれたマックスの背に飛び乗る。
従魔達は皆いつものサイズになって、草食チームも定位置に収まっていて全員準備万端だ。
「それじゃあ今度こそ、バイゼン目指して出発だ〜〜〜!」
「いざ、バイゼンへ出発だ〜〜〜!」
最近の移動時のお気に入り、マックスの頭の上を陣取ったシャムエル様も楽しそうに一緒になってそう言って前方を小さな手で指差す。
ひと声吠えたマックスとシリウスが弾かれたように走り出し、ギイの乗るブラックラプトルのデネブとオンハルトの爺さんの乗るエルクのエラフィも遅れじと一斉に走り出す。ベリー達は姿を隠したまますぐ後ろをついてきている。
当然のように他の従魔達も嬉々として走り出し、俺達は歓声を上げながら何もないなだらかな草原を地平線に向かって疾走して行ったのだった。
「あれが街道かな?」
しばらく走り続けて日が傾きかけた頃、前方に一定間隔で木が植わっているのが見えて来た。今までの経験から言って街道に突き当たったので間違いないだろう。
「さて、バイゼンではどんな騒ぎになるのやら」
これだけの従魔を引き連れて新しい街へ行った時の街の人達の騒ぎを思って、ちょっと遠い目になる俺だったよ。
「うああ、やっぱり予想通りだ〜〜」
街道に近寄った途端、あちこちから悲鳴が上がり転がるように一斉に走って逃げ出す一般の人達。そして冒険者と思しき人達は、ほぼ全員が一斉に武器を抜いてこっちに向かって来たのだ。
「だあ〜〜待った待った! これは全部俺の従魔達です! だから武器をしまえ〜〜!」
武器を手に街道から飛び出して草原を走ってくる冒険者達に向かって、俺は思いっきり両手を広げて振り回しながらできる限りの大声でそう叫んだ。
「まさか、ハンプールの早駆け祭りに出ていた魔獣使いか?」
先頭の馬に乗って厳つい槍を手にしていた大柄な冒険者らしき人が、思いっきり不審そうに俺を見ながらそう尋ねる。
当然武器は構えたままだ。
「そうだよ! だからその物騒な武器をしまえって。ほら、首輪をしてるし、鞍を乗せてるだろうが!」
マックスの手綱を軽く上げて見せてやる。
「確かに首輪をしてるな。成る程、噂を聞いて幾ら何でも話を盛り過ぎだと思ってたが、まさか現実は噂以上だったとはなあ」
呆れたようにそう呟いて槍を下げてくれたその人は、少し離れたところで固まってこっちを伺っていた他の冒険者達に向かって手を振った。
「大丈夫のようだよ。ここまで近づいても誰も攻撃して来ないぞ」
笑ったその冒険者の言葉に、残りの冒険者達は明らかにホッとしたように見えた。
「失礼した。ここへ来たって事は、バイゼンヘ行くつもりか?」
先程の馬に乗った冒険者の言葉に、成り行き上一番近くにいた俺が返事をする。
「ああ、そうだよ。出来れば日が暮れるまでに街へ行きたいんだけど、もう行ってもいいかな?」
いつまでもここで立ち話をしていては、日が暮れるまでにバイゼンに行けなくなる。
ここまで来て、野宿は出来れば勘弁してもらいたいからな。
「そうだな。行ってくれ。ああ、まだ名乗っていなかったな。バイゼンで上位冒険者をやってるアッカーだよ。よろしくな魔獣使い」
「ケンだよ。よろしく」
少し離れているので、軽く手を挙げただけで握手は無しだ。
ハスフェル達も順に名乗り合い、アッカーさんも一緒に街道へ向かう。
そして当然他の冒険者達も俺達の後をぞろぞろとついて来ているので、ちょっとした団体様ご一行状態だ。
「まあ、行き先が一緒なんだから仕方がないけど、何だか護送されている気分だ」
俺の呟きが聞こえたらしいハスフェル達も小さく笑いながら頷いているので、恐らく気分は同じなのだろう。
「バイゼンって初めて行くんだけど、どんな街なんだ?」
間が持たず、少し前を進むアッカーさんに話しかける。
「おや、そうなのか。それならきっと驚く事がいっぱいあると思うぞ。楽しみにしているといい」
振り返ったアッカーさんの言葉に、ハスフェル達も同意するみたいに頷いてる。
ああ、気になる、一体何があるって言うんだろう。
そして街道に入っても、俺達は冒険者の人達と一緒に団体様御一行のまま進み続けた。
先頭にアッカーさんがいると、周りの一般人は俺の従魔達を見て怯える様子は見せるものの、先程のように悲鳴を上げたり走って逃げたりするわけではない。
どうやらアッカーさんはバイゼンの街では名の知れた冒険者みたいだ。
「上位冒険者って言ってたもんな。案外良い人と知り合えたのかも」
小さくそう呟き、マックスの頭の上でうんうんと頷いているシャムエル様の尻尾をそっと突っついてやった。
そしてすっかり傾いた夕陽の影が長くなる頃、俺達はようやく巨大な城壁に囲まれたバイゼンの街に到着したのだった。