転移の扉の周りには……?
「おいおい、いったい何処に降りるんだよ」
ファルコの背の上から地上を見下ろした俺は思わず呟いた。
だって見える限り全部、絡まり合った腕ぐらいある太い蔦と棘のある茨が、巨大な木々の隙間をぎっしりと隙間なく埋め尽くしているのだ。
あれではいくら器用に何処にでも降りる俺の従魔達でも、そもそも降りる事すら出来ないだろう。
しかし、転移の扉を示す光の柱へ向かっていく大鷲達にファルコも続く。
転移の扉の場所に到着したものの、当然降りる場所なんて全くない。
どうするのかと思って見ていると、ベリーが手を上げて軽く振り下ろすと一気に竜巻みたいな風が吹き荒れ、丸く削られた地面が見えた。どうやら風の術で茨の茂みを払ってくれたみたいだ。
空いた空間はパッと見た感じ直径5メートルちょいってところ。広そうに見えるが従魔達が降りたらギリギリの広さだ。
感心していると、何故だかハスフェル達が全員真顔になった。
「先に降りるぞ」
ハスフェルがそう言って一番先に降りる。ハスフェルの従魔のシリウス達も後を追って大鷲から降りてくる。
広場の中心には、マンホールみたいな丸い扉が見えていて、そこでしゃがんだハスフェルは、その丸い扉を力一杯引っ張った。
ギギギ……。
錆びた金属が無理やり動いたような軋んだ音がして、ゆっくりと扉が開く。
相変わらずの急な階段が見えて、俺はちょっと遠い目になったよ。
「またあの階段を降りるのか」
小さくあきらめのため息を吐いて、穴の中に消えていくハスフェルと従魔達を見送った。
しばらくして、ハスフェルの頭が穴から顔を出す。
「大丈夫みたいだ。順番に降りて来てくれていいぞ」
その言葉に頷いて、オンハルトの爺さんが降りていく。
「俺が最後に降りるから、オンハルトが穴の中に降りて行ったらケンが先に降りてくれるか。周囲には注意しろよ」
ギイにそう言われて、首を傾げつつも素直に頷く。
ハスフェルもギイも、何故だか妙に警戒しているみたいなんだけど、何に対している警戒なのかが俺には分からない。
だけどまあ、相手は神様だもんな。ここは素直に従っておくよ。
オンハルトの爺さんと従魔達が穴の中に消えてしばらくすると、ハスフェルがまた出て来て手招きをしてくれた。
「じゃあ降りてくれるか、ファルコ」
上空をゆっくりと旋回していたファルコに声を掛けて降りてもらう。
最初にベリーとフランマが飛び降り、何故か辺りを一通り見回してからマックス達を降ろす。それを見た他の従魔達が次々と地面に降り立ったファルコやお空部隊の背から降りていくが、俺は何故かスライム達が下半身を離してくれないので降りる事が出来ない。
マックス達が駆け足で次々に穴の中へ飛び込んでいくのを見てから、ベリーが俺を乗せたまま巨大化していたファルコに声を掛ける。
「スライムちゃん達、彼を降ろしてあげてください」
「はあい」
アクアとサクラの返事が揃った直後、俺の下半身を捕まえていたスライム達が一斉に離れて地面に転がった。そのまま跳ね飛んで穴の中へ飛び込んで行く。
「はあ、やっと解放されたよ。一体なんだって言うんだ?」
首を傾げつつ、ファルコの背から飛び降りる。
「早く入ってください」
立ち止まって周囲を見回していると、焦ったようなベリーに腕を引かれてそう言われてしまい、大人しく穴へ向かう。
ううん、気になるけど一体何なんだ?
その時、不意に誰かに肩を叩かれた。
それは明らかに、なあちょっと。って感じで誰かを呼んだ時みたいな感じで軽く二回。
「へ、誰?」
思わず振り返った瞬間、俺は目を見開いた。
茨の茂みから、太い蔓が一本伸びてきていて、俺の肩を叩いていたのだ。
「いけません走って!」
焦ったベリーの声が聞こえて、訳がわからないまま俺は即座に穴へ向かって全力疾走する。
背後で爆発音が聞こえ、走っていた俺は一気に背後から襲ってきた衝撃波に勢い余って穴まで吹っ飛ばされてしまう。結果として階段に頭から飛び込む形になってしまい、本気で血の気が引いた。
これはまずいって。下手したら階段の下までこのまま転がり落ちて首の骨折って死ぬぞ。
「ご主人確保〜〜!」
しかし咄嗟に頭を腕で庇って丸くなって衝撃に備えた俺は、スライム達に包み込まれてそのままぽよんぽよんとスライムボール状態で、何の問題もなく軽々と階段を転がり落ちて行った。
「無事に到着〜〜!」
そう言ったスライムボールが一瞬でバラけて、俺は呆然と床に座り込んだまま顔を上げた。
ハスフェルとオンハルトの爺さんが、それはもう必死になって笑いを堪えているのと目が合い、直後に三人揃って豪快に吹き出したよ。
「お前は、相変わらず、何か、せずには、おられぬ奴、なのだなあ……」
笑い崩れるオンハルトの爺さんの言葉に、俺もなんだかおかしくなって一緒になって大笑いしたよ。
はあ、死ななくてよかった。いやマジで。
「おい、生きてるか?」
その時、慌ただしい足音とともに、ギイとベリー達が駆け降りてきた。
「おう、スライム達のおかげで傷一つないよ」
振り返って手を振ると、呆れたようにこれまた笑われたよ。
「なあ、今の何?」
立ち上がって服を払った俺が階段の上を指さしてそう尋ねると、ハスフェル達は苦笑いして俺の肩を叩いた。
軽く二回、なあちょっと、って感じに。
「これ、覚えがないか?」
笑いを堪えたハスフェルの言葉に、確かに何やら覚えがあってちょっと考える。
「ああ! 思い出した! 樹海で死にかけたリビングツリーって木の生えた亀?」
「惜しい。だが近い種類のジェムモンスターだよ。ここのは樹海ほどの危険は無いが、あれも、外の世界では相当危険な部類に入るぞ」
「あれは、グリーンテンタクルスと呼ばれるジェムモンスターだよ。しかも危険度の割に落とすジェムはスライム並みに小さくてな。当然素材も無し。はっきり言って実入りのない戦い損な相手だ」
驚く俺に、ギイが小さなジェムを見せてくれる。
確かにスライムのジェムと変わらない大きさだ。って事は、ほぼ用無しレベル。
「しかも、あれは常に群れで行動するので一匹倒したところで次から次へと襲って来る。だから本当にキリがないんだ」
嫌そうなギイの言葉にハスフェル達も苦笑いして頷いている。
「グリーンテンタクルスって事は、緑の触手……うああ捕まらなくて良かった」
触手に絡みつかれる自分の姿を想像して、本気で気が遠くなって頭を抱えてもう一度座り込む。
「ってか、どうしてそんな危険な場所に転移の扉を作ったんだよ」
マックスの頭の上から俺の肩に移動していたシャムエル様をジト目で睨むと、シャムエル様は困ったように首を振った。
「違うよ。元は単なる茨や蔓草が生い茂るだけの深い森の奥地だったの。今回久し振りに来てみたら、何故かかなり昔に絶滅させたはずのグリーンテンタクルスの巣になってて本気で焦ったんだからね」
これまた揃って頷くハスフェル達を見て、俺は閉まった扉を見上げる。
「あれ、放っておいて大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。全部焼き払ってもらったよ」
なんでもない事みたいにギイに言われて、頷きかけた俺はベリーとフランマを見た。
「まあ、あれはさすがに人の近くで出ていいジェムモンスターではありませんからねえ」
「地下茎まで全部焼き払ってきたから、もう出る事は無いわよ。安心してね。ご主人」
フランマの得意げな言葉に、俺はまたしても諦めのため息を吐いた。
「そっか、じゃあもう良い事にしよう。ありがとうなフランマ」
グリーンテンタクルスに関する考えを全部まとめて明後日の方角にぶん投げた俺は、気を取り直してフランマのもふもふな毛を撫でてやった。
「ああ癒される。やっぱ俺にはこのもふもふが無いと駄目だよなあ……」