夕食と風呂場のお披露目!
「ううん、久々の麻婆丼。自分で作って言うのも何だがかなり美味しいぞ」
白ご飯は大量にあるので、一食分にするにはやや少な目の麻婆豆腐は丼にすることにして、それ以外の作り置きでちょこっとずつ残ってるのをありったけ取り出して並べた。
俺は普通に一人前、ハスフェル達にはいつもの大きなお椀にたっぷりと大盛り麻婆丼を作ってやったら、麻婆豆腐の在庫は綺麗に無くなったよ。
ハスフェル達が気に入ってくれてるみたいだから、麻婆豆腐もまたたくさん作り置きしておこう。
自分の分の麻婆丼を食べながら、バイゼンヘ行ったらまた料理する時間を取らないとな。なんてのんびり考えていた。
いつものお椀に入れてやった麻婆丼に、例の如く頭を突っ込んで爆食しているシャムエル様の尻尾をこっそり突っついて遊んでいると、不意に、こんな風に仲間達と一緒に過ごす平和で満ち足りた日々がいつまでも続けば良いのにと思ってしまい、何故だか鼻の奥がツーンとなった。
だけどこれは、麻婆丼がちょっと辛かったからだって事にしておく。
「バイゼンにも、冗談抜きでここみたいな大きな庭付き一軒家があれば良いのにな。まるまる一冬をバイゼンで過ごすんだから、人の目を気にせずゆっくり出来る家があったら最高じゃん」
誤魔化すように小さくそう言った俺の呟きが聞こえたらしく、ハスフェル達も食べていた手を止めて顔を上げた。
「確かに、こんな風に他人の目を気にせずゆっくり寛げる場所があるってのは良いな」
「確かにその通りだな。それなら、バイゼンの商人ギルドの紹介状を貰ってるんだろう? せっかくだから、商人ギルドに繋ぎを取って聞いてみれば良い。予算は潤沢にあるんだから、絶対大喜びで探してくれるさ」
笑ったハスフェルとギイの言葉に、俺がここに家を買いたいって話を最初にした時のマーサさんとエルさんとアルバンさんのもの凄い食いつきっぷりを思い出して、ちょっと遠い目になる俺だったよ。
その後は、ハスフェルが出してくれたウイスキーの水割りを少しだけ貰ってのんびりと過ごした。
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ」
残ってた水割りを飲み干して立ち上がった俺に、ハスフェル達が驚いて揃って振り返る。
「何だ、何処か具合でも悪いのか?」
「いや、別にどこも悪くないけどどうしてだよ?」
急にそんなことを聞かれて俺の方が驚いて振り返る。
「いや、部屋に戻るのがずいぶんと早いなと思ってさ」
ギイの言葉に、俺は小さく笑って石鹸を取り出して見せた。
「今泊まってる部屋に、大きな湯室があるんだよ」
「ああ、俺の部屋にもあるなあ。貴族の屋敷なんかでたまに見る程度だから、俺も見たのは久し振りだ」
ハスフェルの言葉にギイも苦笑いしながら頷いている。
「俺の元いた世界では、風呂って言って、たっぷりのお湯に肩まで浸かって疲れを取る習慣があってね。その時にこの石鹸で体も洗うんだ。以前ここで泊まった時に入ってみたら、ちょっと湯船は浅いけど俺の知ってる風呂とほぼ同じだったんだよ。だから俺は今から部屋に戻ってのんびり風呂に入るんだよ」
ちょっとドヤ顔でそう言うと、三人は揃って呆気に取られたみたいな顔になった。
「湯に浸かる?」
「しかも肩まで?」
「おいおい、無茶を言うでない。あの熱湯に肩まで使ったら其方の身体は煮えてしまうぞ」
最後の真顔のオンハルトの爺さんの言葉に、俺はとうとう笑うのを我慢出来なくなる。
「確かに出てきたのは熱湯に近かったよな。だから、俺の氷でちょうど良い温度まで冷ますんだよ。体温より少しだけ上くらいが良いんだ。指先まで温まって血の巡りが良くなるんだぞ」
これだけ説明しても意味が分からないと言いたげな三人に、俺は立ち上がって廊下を示した。
「じゃあ、俺は今から部屋に戻って風呂の準備をするけど、よかったら見てみるか?」
揃って頷く三人を引き連れて、俺は臨時の自分の部屋へ向かった。
「屋根裏を俺用の部屋にするつもりだったんだけどさ。それに近い湯室付きの客室を一つ、俺専用の風呂用に確保しておくつもりなんだ」
「ほう、そこまでして入りたいのか」
感心するようなオンハルトの爺さんの呟きに、俺は真顔で頷く。
「もちろんだよ。この世界での俺の唯一の不満が、この世界には風呂が無いって事だったんだよ。だけど、ここに来れば確実に入れるって場所が確保されたんだから、俺的にはもうそれだけで、この家買って良かったって本気で思ってるくらいなんだ」
「へえ、そんなに良いものなのか?」
興味津々のギイの声に、俺は振り返って首を傾げる。
「どうだろうな。俺は湯に浸かるのを快適だと感じるけど、お前らがそう思うかどうかは俺には分からないよ。良かったらお湯を冷ます為の氷くらい用意してやるから、一度入ってみればいい」
ちょうど部屋に到着したので、そう言いながら部屋に入る。
部屋の明かりを付けて、話題の風呂場へ向かう。
湯室じゃないよ。俺が使う部屋にあるこれは、誰が何と言おうと風呂場なんだって。
一応、念のためスライム達に湯船を綺麗にしてもらってから、壁の小さな扉を開けてバルブを回す。
壁面からお湯が一気に流れてくるのを見て、ハスフェルが納得したように湯船を見る。
「なるほど、ここ一杯までお湯を入れる訳か」
「そうそう。本当はもう少し深い方が嬉しいんだけど、これでも充分に暖まれるよ」
そう言いながら、前回と同じ数だけ氷の塊を作って湯船にどんどん放り込んでいく。それから湯船の横の洗い場に、背もたれの無い椅子と収納してあったさっきの固形石鹸を取り出す。
「しまった、石鹸皿が無い。ええと、サクラ、これが入りそうな小さめの木のお皿を一枚出してくれるか」
「これで良いですか?」
やや深めの小皿を出してくれたので、そこに石鹸を置いておく。
「使った後の水切りは必須だな」
小さく笑ってそう呟き、立ち上がって少し離れて見ていたハスフェル達を振り返る。
もう風呂場は、お湯から出た蒸気で真っ白になってる。
「確かにこれは気持ちが良さそうだな。お前が使った後で良いから、俺達も試しにここを使わせてもらっても良いか?」
ハスフェルの提案に、俺は少し考えて逆にこう提案した。
「それなら、もうこの部屋は風呂専門の部屋にしよう。俺はこの隣の部屋を寝る部屋にするからさ」
そう言いながら街で見つけた衝立や、濡れても大丈夫な大きめの竹もどきの絨毯を取り出して風呂場の扉の外に置いた。
「ああそうだ。手桶と椅子も買ってたんだ」
元あった椅子は、やや足が長いので風呂で使うには高すぎる気がする。なので、街の雑貨屋さんで買った足の短い丸椅子も手桶と一緒に風呂場に置いた。
「よし、準備完了だ。じゃあ俺が上がったら声を掛けるから、さっきの部屋で待っててくれるか」
取り出した脱衣籠を足元に置きながらそう言うと、笑って頷いたハスフェル達は揃ってリビングへ戻っていった。
「さて、やっと念願の風呂タイムだ〜〜!」
扉を閉めた俺は嬉々としてそう叫び、いそいそと着ていた服を脱いだのだった。