挨拶回りとギルドで貰った物
「それじゃあ、お世話になりました」
わざわざ外まで出て見送ってくれたクーヘンやお兄さん一家に手を振り、俺達はクーヘンの店を後にした。
そのまま午前中いっぱいかけてハスフェル達と一緒に、俺達はエルさんから貰った差し入れをくれた人達のリストを参考に、順番にお礼を言って回った。
そして当然、行った先々では買い物もして回り、ついでに俺の食料在庫を充実させていった。
「いやあ、こんなにたくさん買っていただいて、なんだかこっちが申し訳なくなりますよ」
最後に行ったあのパン屋なのに美味しいご飯を売ってるへーゾーの店へ行った俺は、約束していた通りに炊いたご飯をありったけ大量購入させてもらった。これでもう当分の間ご飯は炊かなくて済むくらいの量が余裕で確保されたよ。
しかも、ここはさすがに本場直営店。白ご飯だけじゃなくて様々な具材と一緒に炊いた炊き込みご飯や、餅米で炊かれた赤飯まであって、ちょっと本気で懐かしさのあまり泣きそうになったことは内緒だ。当然それらも大量にお買い上げ。
赤飯にはハスフェル達はほとんど無反応だったので、どうやら知らないみたいだ。なのでこれは俺が全部食べる事にする。
「さてと、これで義理は果たしたかな。もう昼を過ぎちゃったな。この後はどうする?」
へーゾーの店を後に近くの円型交差点まで出て来た俺達は、周り中の注目を集めつつ、顔を寄せてのんびりと話をしていた。
「エルとアルバンが、別荘へ戻る前に一度商人ギルドに顔を出してくれって言ってたぞ」
俺的には、もうこのまま別荘へ行ってのんびり風呂に入って休憩したい気分なんだけど、ハスフェルにそう言われて、確かにギルドには挨拶しておくべきだと思って頷いた。
「確かにそうだな。じゃあ商人ギルドならこっちだな」
周りを見回してそう呟き、そのまま商人ギルドへ向かった。ギルドで挨拶を済ませたら何処かで昼食だな。
「ああ、昨日はお疲れさんだったな」
ちょうど俺達がギルドに顔を出した時、ナイスタイミングでアルバンさんがギルドのカウンターから出てくるところだった。しかも背後には冒険者ギルドのエルさんもいる。
「ああ、ちょうど良かった。昨日はお疲れ様」
両ギルドマスターから笑顔で手を振られて、そのまま奥の応接室へ連れて行かれる。
挨拶だけしてすぐにお暇するつもりだったのに、そこに置いてあったのは、ホテルハンプールの仕出し弁当(?)で、促されて席につき、恐る恐る蓋を開けると、綺麗な重箱みたいな箱の中にはぎっしりと隙間なくご馳走が詰まっていた。
俺達の顔が、もうこれ以上ないくらいの笑顔になる。
「君達には本当に世話になったし、迷惑もかけたからね。こんなものではお返しにもならないだろうけど、アルバンが下手に金銭を贈るより、こっちの方が絶対喜んでもらえるって言うものでね。気持ちだけだけど、どうぞ遠慮なく食べておくれ」
苦笑いしたエルさんの言葉に、俺達は揃って大きく頷いたのだった。
「では、ありがたくいただきます!」
笑顔で手を合わせてから、食べようとして手を止める。
これもせっかくだし、シルヴァ達にもお裾分けする事にした。
こっそりいつもの敷布を取り出し、机に敷いてから重箱をその上に並べる。
「ギルドマスター達の計らいです。ホテルハンプールの仕出し弁当なんだってさ。味は保証するよ。少しだけどどうぞ」
いつもの収めの手が俺を撫でてから料理を嬉しそうに撫でた後、重箱ごと持ち上げるみたいにしてから消えていった。
「気に入ってくれたみたいだな」
小さく笑って敷布を片づけ、今度こそ手を合わせてから食べ始め……る前に、もの凄い勢いでステップを踏んでいるシャムエル様に、一通りの料理をお裾分けしたよ。
三分の一くらいは、余裕で持っていかれた気がするんだけど、一人前の量がハスフェル達仕様だったので、多分、俺にはこれでちょうど良くなったみたいだ。
「何これ、めちゃめちゃ美味いんですけど!」
一口食べて思わずそう叫ぶ。シンプルなおかずの一つ一つが、もうどれも同じ料理とは思えないくらいに美味しい。
さすがはプロ。さすがはホテルハンプールの料理人のお弁当。俺が作る料理とは桁が違うね。
シャムエル様も、燻製肉を齧って奇声を上げた後は、尻尾を倍サイズに膨らませて夢中になって爆食している。もちろんそれを見た俺は、こっそり手を伸ばしてもふもふ尻尾を堪能させてもらったよ。ラッキー!。
その後は言葉も無く、俺達は夢中になって食べまくったのだった。
「ふああ、ご馳走様。いやあ、本当に美味しかったです!」
多いかと思ったけど、気がついたらかけらも残さず綺麗に平らげていた。ハスフェル達も、洗ったみたいにかけらも残さず綺麗に平らげてる。
一緒に食べていたエルさん達も、これまた綺麗に平らげている。小柄なエルさんには、あの量は絶対多いと思ったんだけどなあ……。やっぱりこの世界の人達って、皆、食べる量がおかしい気がする。
「それとね、実はケンさんに貰ってもらいたいものがあるんだ」
食後のお茶をもらって寛いでいた時、何やらエルさんが改まって俺にこう切り出した。
「ええ、何ですか改まって」
慌てて居住まいを正すと、ギルドのスタッフさんと思しき方が、何やら静々とトレーを捧げ持って入って来た。
「これを貰ってもらいたくてね。ギルド連合からの贈り物だよ」
ギルドカードと同じ大きさの金色のカードが、トレーに一枚だけちょこんと置かれている。
「これを俺に?」
差し出されたトレーを見て、その金色のカードを手に取ってみる。
「ギルド連合名誉会員、魔獣使いのケン」
カードの真ん中にはそう刻まれていた。
裏返すと、一番真ん中に大きめに描かれている剣と盾の紋章は、俺のギルドカードにも描かれているのと同じ冒険者ギルドの紋章で、その横にある太陽を背景に、天秤の左右に巾着と麦の穂を乗せた紋章は商人ギルドの紋章だ。それから、雲を背景にした帆船の紋章は見るからに船舶ギルドの紋章だろう。そして、麦の穂と牛の顔が意匠化された紋章は、初めて見るが恐らく農協のマークなのだろう。それから、ダイヤモンドみたいな幾何学模様を背景に、交差する金槌とツルハシの紋章は、ドワーフギルドの紋章らしい。それ以外にも幾つか見た事のない紋章が刻まれていて、聞けば薬師ギルドと服飾ギルドなど、ハンプールの街に支店のある全ギルドの紋章が刻まれていたのだ。
「ええと、名誉会員って……何かするんですか?」
何か役職がつくのはごめんだな。なんて密かに考えながら小さな声で尋ねる。
「ああ、これはいわば名誉職だから、役職の類は一切無いよ。貰ってもらえればそれで良いから」
にっこり笑ってそう言われてしまい、逆になんだかその笑顔が怖い。
しかし、黙って俺を見ていたハスフェルとギイが揃って笑い出した。
「成る程な。そうきたか」
「まあ、確かになあ」
何やら納得している二人を不思議に思って振り返ると、二人は揃って小物入れから同じく金色のカードを取り出して見せてくれた。
「何だ、ハスフェルとギイも持ってるんだ」
何か特別なのかと思ったが、二人も持っているのなら大丈夫なのだろう。
「遠慮せずに貰っておけ。エルが言った通り、貰ったからと言って、特に何かやらなきゃいけない事があるわけじゃないさ」
笑ったハスフェルの言葉に、それならばと貰う事にする。
「わかりました。では頂きます。ありがとうございます」
「良かった受け取ってくれたね」
満面の笑みのエルさんに、思わず手にした金色のカードをマジマジと見つめる。
「それがあれば、何処の街のどのギルドであっても会員と同じ扱いを受ける事が出来るよ。旅をしていて、もしも何か困った事があれば、そこに描かれている紋章のギルドを頼っておくれ。必ず力になるからね」
驚いてハスフェル達を振り返ると、彼らも笑って大きく頷いてくれた。
「ありがとうございます! 大事にします!」
深々と頭を下げた俺を見て、エルさんとアルバンさんは、満足気に何度も頷いていたのだった。