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雨の日の釣り三昧

 昼過ぎになって、ようやく雨は小降りになってきた。

 まだ、雨が完全に止んだ訳では無いが、これくらいならもう大丈夫だろうとの事で、昼食を済ませた俺達は手早くテントを畳んでその場を撤収した。


 俺の乗るマックスとハスフェルの乗ったシリウスは、仲良く並んで草原を駆け抜けていった。

 このレインコートは、何の素材か判らないがツルツルとした革のようで、フードを被った頭と上半身は全く濡れていない。しかし、マックスの背中に跨っている為に、足の膝辺りから下はかなり濡れて水が染みてきている。

シャムエル様は、俺のフードの隙間に器用に潜り込んでる。おかげで、俺の右の頬はずっとさっきから、もふもふを堪能している。

「確かに、これを着ていたら体は大丈夫だけど足が濡れるな」

 俺の言葉に、ハスフェルも苦笑いしている。

「な、言っただろう? だけど、こいつらのおかげで雨の日でも楽に移動が出来るんだから、感謝しないとな」

「それで、どこへ向かってるんだ? レスタムに行くなら、そっちじゃ無いだろう?」

 時々、林や深い茂みの中を取り抜けながら、例の見覚えのある急峻な山並みからは、少しずれた方向に向かっているのだ。

「言っただろう。ジェムモンスターじゃ無いが、雨の日にしかお目にかかれないのがいるから、まずはそこへ向かってるんだ」

「成る程、じゃあ期待してるよ」

 俺の言葉にハスフェルは笑っていた。



 しばらく走って、小さな小川を飛び越えて森の中に入って行き、ようやく止まったのは、ポツンと林の側に出来た小さな池だった。

 池の周りの地面はドーナッツ状に泥のようになっていて、あそこに迂闊に足を踏み入れたらズブズブと沈んでいきそうだ。うん、嫌な予感しかしないよ。


「お前さん、釣りはするか?」

 突然、振り返った彼にそんな事を聞かれて、思わず考える。

「疑似餌を使うフライフィッシングなら、やった事あるよ」

 釣竿を投げる振りをしながらそう言うと、彼は満足そうに頷いた。

「それなら出来るな。竿はこいつを使え」

 シリウスから降りたハスフェルは、自分の収納している荷物から、長い釣竿を取り出して手渡してくれた。

 慌てて俺もマックスから降りる。

 受け取った釣竿は、簡単なリールのついたもので、しっかりとした硬い釣り糸の先には、四方に広がるようになった十字型の大きな釣り針が付いていた。その針の先には曲がった内側に返しが付いていて、引っかかるようになっている。


「魚を釣るのか? わざわざ雨の日に?」

 受け取った釣竿を確認しながらそう聞くと、彼は笑って池を指差した。

 そっちを見て気が付いた。池の周りの泥の海で、何か動いているのだ。


 今、俺達が立っている足元はぬかるむ泥ではなく、しっかりとした芝生のような短い草がびっしりと生えた場所だ。一段下がって泥の海になっている。

「あの泥の場所は、雨の日にしかああならない。普段はカチカチに見える土の地面なんだ。それで、泥になった雨の日だけ中から出て来る魚がいるんだ。まあ見ていろ」

 そう言って、ハスフェルは釣竿を大きく振りかぶって投げた。大きな針が、長い糸をひいて勢い良く泥の中に落ちる。

「落ちたらこうやって引き戻す」

 リールを巻くと、当然だが長くなった糸が巻かれて針が戻って来る。しかし途中で止まった。

「獲物が引っかかったら、こうやって上げろ」

 リールを巻きながら、竿を勢いをつけて大きく後ろに引っ張る。

 勢い良く、針の先に引っかかった大きな塊がこっちに向かって吹っ飛んできた。

 地面に落ちた泥まみれのそれは、50センチ近くある丸々とした鯉のような魚だった。前の左右のヒレが妙に大きく尾びれも大きい。針は背びれに引っかかっていたようだ。

「泥から上げたらすぐに息が出来なくなって死ぬんだ。そのまま動かなくなるから、放っておいても大丈夫だぞ」

「これ、食うのか?」

「このまま持って行ってギルドに引き取ってもらう。一番高値が付くのは鱗で、肉はまあ、高値は付かないが買ってくれるぞ。干物にして酒の肴にするんだけど、案外美味いぞ」

「へえ、本体じゃなくて鱗に値がつくんだ」

 泥で汚れていてよく見えないが、確かに数度跳ねたっきり大人しくなった。


 投げる時にハスフェルの糸と絡まらないように少し離れて、俺もやってみる事にした。


 しかし、案外綺麗に投げるのは難しく、数回失敗して手前に落としてしまった。だけど、何度かやっているうちにだんだん思い出してきた。

「えいっと」

 思った位置に綺麗に針が落ちる。ゆっくりとリールを回すと、戻ってきた針が目標の動く物体を綺麗に引っ掛けた。

「今だ!」

 反動をつけて一気に引き戻すと、針の先に引っかかった大きな魚が見事に吹っ飛んできた。

 草地に落ちてしばらくすると動かなくなったその魚を、アクアが飲み込んでくれた。

「ちゃんと、誰が釣ったか数えてるから心配しないでね!」

 少し伸び上がってそんな事を言うアクアに、俺達は同時に吹き出した。

「じゃあ頼むよ。釣った魚は別々に確保してくれよな」

「了解だよー!頑張っていっぱい釣ってね」

 笑って振り返ると、マックスやニニ達は、背後にある大きな木の根本で雨宿りをしている。

 雨の中でも元気に動き回っているのはアクアとサクラだけで、シャムエル様も含めて、それ以外は全員木の下に避難しているようだ。

 小雨になったとは言え、びしょ濡れになるここは、うちのもふもふ達にとっては余り快適とは言い難い環境だったみたいだ。

「じゃあ、終わるまでそこに避難していてくれよな」

 笑って手を振ると、俺は釣りを再開した。


 慣れれば、泥の中に針を落とすのは簡単だったし、鑑識眼のおかげで泥の中で動く魚も見えるから、引っ掛けるのも簡単だった。

 魚はいくらでもいたし、釣った泥だらけの魚は、自分で集めなくてもアクアが全部集めてくれるから、俺は本当に引っかけて放り出すだけだ。

 何この楽な釣りは。

 何かデカいのが出たりしたら怖いなあ。なんて考えていたけれど、今回は、俺が酷い目にあったり痛い目にあったりするような、そう言った事件も特に無く、結局、日が暮れるまで俺達はそこで平和な釣りを楽しんだのだった。


 ちょうど日が暮れる頃に雨も止み、ハスフェルの一声で釣りは終了になった。

「何匹釣れた?」

 途中から数えていないが、かなり釣った気がする。

 釣竿をハスフェルに返しながら、足元にいるアクアに尋ねた。

「えっとね、ご主人が79匹で、ハスフェルが96匹だよ」

「負けた!」

 俺が笑いながらそう言うと、隣でハスフェルが手を叩いて喜んでいる。

「勝った!」

 俺達は顔を見合わせて笑いあった。


「あ、ほら見てみろよ」

 ランタンを取り出して火をつけていると、肩を叩かれた。

 振り返って池を見て驚いた。

 さっきまであんなに泥だらけだった池の周りが、もう乾き始めているのだ。部分的に白くなり始めている箇所もある。

「ええ? 雨が止んだ途端に乾くのか?」

「そうだよ。もうああなると、ブラウンマッドフィッシュは動けなくなる。固まった泥の中で、次回の雨を仮死状態で待つんだよ」

「へえ、面白いな。もう今ならあそこに立っても大丈夫なのか?」

 固まっていく地面を見ながら何気なくそう聞いたら、恐ろしい事を言われた。

「いや、あの砂は乾燥していても底無しだよ。固そうに見えるが、サラサラで引っかかりが全く無いんだ。知らずに迂闊に足を踏み入れたら、砂に足を取られて動けなくなる。で、雨が降った瞬間、ブラウンマッドフィッシュと入れ替わりに泥の中に沈んで終わりだ」

「何それ、怖い!」

 本気で怯える俺に、ハスフェルは鼻で笑った。

「だから今教えてやっただろうが。池の周りに、あのように一見固そうな砂地があっても、決して安易に近寄るなよ。と言うか、この世界で森の中に不自然にポツンとあるような小さな池は、大抵危険な生物やジェムモンスターがいるからな」

「肝に銘じます!」

 思わず直立して答えたよ。やっぱり異世界だね。俺の知る世界とはかなり違うみたいだ。


「危険な砂場かどうかを確認する方法は、こうだ」

 ハスフェルが、周りを見回して、林の中から握り拳よりも大きいくらいの石を一つ持ってきた。

「見ていろよ」

 そう言って、大きく振りかぶって砂場めがけてその石を投げたのだ。

 綺麗なアーチを描いて石が砂場に落ちる。

 その瞬間、落ちた石を中心に、まるで地面が割れたみたいに見事にヒビだらけになり、その次の瞬間、投げたはずの石はもうどこにも無かった。そして、すぐに砂場は何事も無かったかのように平らに戻ってしまったのだ。

「な、あんな風に地面がひび割れてすぐに戻る時は立ち入り禁止だ。普通の砂地なら石が落ちてもあんな風にはならないだろう?」

俺は言葉も無く、何度も何度も頷いた。

次から池のほとりに砂地を見つけたら、絶対に確認しようと心に誓っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん?死んでも身体がそのまま残ってるって事はジェムモンスターじゃ無くて魔獣じゃ無いの?
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