おやすみなさい
「お疲れ様。じゃあ、マックス達はここでゆっくり休んでくれよな」
甘えるように鼻を鳴らすマックスの太い首に抱きついてやり、俺はムクムクの抱き心地を堪能していた。
クーヘンの家に到着した俺達だったが、ここで一つ問題が発生した。
なんと外の厩舎に従魔達が全員入れなかったのだ。
何しろもともとこの厩舎には、クーヘンの従魔達とポニーサイズの馬が六頭いる。一頭は荷馬車用の馬らしく他の馬より少し大きい。
そこに、俺達四人分の従魔達が全員加わると、広いと思っていた厩舎は完全に占領されてしまった。しかも、小さくなれない巨大なリンクスの魔獣のカッツェが加わっているから、もう大変だ。
小さくなれる子達は小さくなっているんだが、それでも狭い寝床にぎゅうぎゅうになってる従魔達を見て、俺達は苦笑いして顔を見合わせた。
「少し部屋に連れて行っても良いか?」
「ええ、良いですよ。たまには私も従魔達を部屋に入れて一緒に寝ていますからね」
って事で、一応家主のクーヘンの許可はもらったんだけど、今度はそれを聞いた従魔達が、誰が一緒に部屋に行くかでこれまた大騒ぎだった。
一応、体の大きい魔獣達は厩舎でお留守番って事で、マックスとニニとカッツェは除外。お空部隊は厩舎の屋根の梁の部分に専用のとまり木があるので、そこで既に寛ぎモードだ。
そこで部屋に行きたがったのが、最近テイムしたグリーンフォックスのフラッフィーと、部屋での俺の枕担当を自認するセーブルだ。それから俺の背中担当のうさぎコンビ。
猫族軍団も部屋に行きたがったんだけど、クーヘンの従魔のレッドクロージャガーのシュタルクと、レッドグラスサーバルキャットのグランツが一緒に寝ようと言い出して、ニニとカッツェと一緒に寝る事にしたらしく、どうやら巨大な猫団子が出来上がったみたいだ。
俺との別れを心ゆくまで満喫したマックスも、シリウスや狼達と一緒に仲良くくっついて団子になってる。草食チームもくっついて藁の寝床の上で団子になってる。
「じゃあ、フラッフィーとセーブル、それからうさぎコンビが今夜の俺の寝床担当だな。よろしく」
跳ね飛んできたウサギコンビを交互に抱き上げてやり。大型犬サイズになって甘えて来るセーブルとフラッフィーの頭に一匹ずつ乗せてやる。
そのまま、裏口から俺達専用に用意してくれてある客間へ向かった。
ベリー達幻獣チームは、姿を隠してついてきているので、一緒に部屋で休むみたいだ。まあ、賢者の精霊を厩舎で休ませるのはいくら何でも失礼だよな。
「ううん、改めて見るとこの部屋を俺専用に用意してくれてるって……まじで嬉しいよな」
お休みの挨拶をして部屋に入った俺は、立ち止まって部屋を見回してしみじみとそう呟いた。別荘の部屋ほどは広くないが、こじんまりしたなかなかに住み心地の良さそうな部屋だ。
インテリアは自分で調達したけど、部屋にホコリの一つも落ちていないって事は、いつ来てもいいように定期的に掃除をしてくれてるって事だもんなあ。
ちょっと感動して小さく笑った俺は、鞄を下ろして中に入っていたスライム達を全員出してやった。ソフトボールサイズで床に好きに転がるスライム達。
それを見て和みながら手早く剣帯を外し、防具を脱いでいく。
「これもすっかり体に馴染んでるけど、バイゼンヘ行ったら装備は一新するんだよな。どんな風になるのかちょっと楽しみだよ」
そう呟きながら防具はソファーに置くと、スライム達が一瞬で綺麗にしてくれる。
「ご主人、綺麗にするね〜〜!」
跳ね飛んできたサクラが元気よくそう言って、一瞬で俺を包んでいつものように綺麗にしてくれる。
「ありがとうな」
笑って両手でおにぎりにしてやり、順番に跳ね飛んでくるスライム達も一通りおにぎりにしてやった。
おにぎりにしていてふと思ったんだけど、メタルスライムと普通のスライムの手触りが違う。何となくメタルスライムの方が硬い気がするんだけど、気のせいかね?
例えるなら、普通のスライムがプルンプルンのゼリーだとしたら、メタルスラム達は……あれだ。ところてんか葛餅っぽい。
柔らかくて弾力もあるんだけど、何となくゼリーよりも弾力があって硬さもある感じ。あれにそっくりだ。
「まあ、だからどうって話なんだけどな」
小さく笑ってそう呟いた俺は、ダブルベッドサイズの大きなベッドに倒れ込んだ。
「はあ、こうするとかなり疲れてるのが分かるなあ。ああ、やっぱりこんな時こそ風呂に入りたかったよお……」
枕に抱きついてそう呟いていると、背中を誰かが叩く。
「うん……? ああ、セーブルか。ほらここ、ここ」
枕を横にやってパンパンと叩くと、中型犬サイズになったセーブルが、いそいそとベッドに上がってきてそこに丸くなった。
「じゃあよろしくな」
そう言って、いつもホテルでしていたようにセーブルを枕にして横になる。背中側にいつものうさぎコンビが巨大化してくっついて来る。
タロンとフランマが先を争うようにして俺の腕の中に飛び込んできて、無言の争奪戦の結果、タロンが腕の中をゲットしたらしく得意げに俺の胸元に潜り込んできた。
出遅れたフランマは、ちょっと悔しそうにしつつベリーのところへ行ったみたいだ。
足元には、これも大型犬より大きくなったグリーンフォックスのフラッフィーが丸くなって転がる。
「おお、足元ふかふか!」
素足に接するこのもふもふも、すげえ幸せかも……。
「それじゃあ消しますね」
ベリーの声が聞こえた直後、部屋の明かりが一斉に消える。
「ありがとうな。今日はお疲れ様。ベリー達はどうしてたんだ?」
タロンを撫でてやりながらそう尋ねると、暗闇の中からベリーとフランマとカリディアの笑う声が聞こえた。
「午後から少しだけ見学に行きましたよ。皆さん大喜びでしたね」
「確かに。あそこまでの大人気になるとは思わなかったよ」
タロンの滑らかな背中を撫でながら、小さく笑ってそう呟く。
「まさかスライム達にあのような事が出来るなんて驚きですよ。ましてや、主人と何の関係も無い赤の他人を相手に、一切の危害を加える事なくあそこまで楽しませる事が出来るとは、このような事例は私でも初めて見ます」
感心したようなベリーの声が聞こえて、俺はちょっと笑ってしまったよ。
「へえ、知識の精霊でも知らないことがまだあるんだな」
「ええ、本当にそうですよ。貴方と旅をしていると、毎回驚かされる事ばかりでとても楽しいですね。この旅が終わりたくないと、密かに願ってしまう私がいますよ」
妙に寂しそうにそう言われて、思わず腹筋だけで起き上がる。
確かに、バイゼンヘ行ったら距離的に次の目的地はベリーの住んでいたケンタウロスの谷になるよな。
って事は、そこでベリーと別れる事になるのか?
言われてみればすっかり忘れていたけど、彼を故郷に連れて帰る約束だったんだよな。
突然気づいた別れの事実に呆然としていた俺が何か言うより先に、セーブルの頭の上にいたシャムエル様の声が聞こえた。
「マナ不足はもう落ち着いているんだし、別に急いで帰る必要は無いんでしょう? いいじゃない。気が済むまで一緒にいればいいよ。彼の旅はまだまだ終わらないんだからさ」
「確かにそうですね。ではお言葉に甘えて、まだしばらくご一緒させていただきますね、改めてこれからもよろしく」
笑ったベリーの声に、俺は心底安堵して大きく頷いた。
「ああ、もちろん。こちらこそよろしくな。じゃあもう寝るよ。今度こそおやすみ」
そう言って、改めてセーブルにもたれかかって横になる。
俺が起き上がって動いた従魔達も、それぞれ定位置に収まって丸くなった。
小さな欠伸をした俺は。そのまま目を閉じて眠ろうとして、ある事実に気がついてしまった。
「おう。まさか今のって……俺って創造神様に、永遠に終わらない流離の旅に出るんだって宣言されたわけか?」