トラブルもあったんだよ!
『ギイ、六番のトランポリン大に横入りの男性三人発見、女性三人連れと揉めてるみたいだ。悪いけど対処よろしく!』
『おう、了解』
早々に昼食を終えた俺達はまた賑やかな会場へ戻って、張り切るスライム達の様子を見ながら見張りを続けていた。
そうして発見した揉め事を、俺は一番近くにいるギイに念話で伝えて対処をお願いする。
こんな風に見張り専用の踏み台に登って周囲を見回していると、ちょくちょく揉め事が目に入るのだ。
大抵はすぐに収まるんだけど、たまに周囲を巻き込みそうになったり、暴力沙汰に発展しそうな場合がある。
そんな時にはハスフェルやギイ、それからオンハルトの爺さんに出動願っている。
まあ、今のところ彼らが出て行ってにっこり笑って問題の人物を摘み出す。もしくは最後尾へお引き取り願う程度で済んでいる。
早駆け祭りの英雄達は、ここでも大活躍だよ。
時々聞こえるスライム達のヘルプの声にも対応しつつ、また何やら揉め事の気配を察知して俺は踏み台の上から目を凝らした。
少し離れた十匹タイプの大型スライムトランポリンの横で何やら揉め事発生したみたいだ。
念話ですぐ横のスライム達に状況を確認すると、どうやら子連れの女性の前に男性四人組が割り込もうとしたらしく、まだ十代前半の子供がその男達に勇敢にも文句を言って場所を譲らなかったらしい。
慌ててハスフェルに念話で伝えたところで、男の子の大声がここまで聞こえてきて驚いたよ。
周囲の人達も、何事かと一斉にそっちを振り返った。
「お前ら、何するんだよ! ここでは必ず順番に並ぶようにって受付で言われたのを聞いてなかったのかよ!」
女性を背後に庇った男の子が、自分の倍近い体格の男達に向かって、一歩も引かずにそう大声を上げる。
「さあ知らねえなあ。お前聞いたか?」
「いやあ、初耳だよ」
「俺達ちょっと急いでるんだよなあ」
「だから君達がここを代わってくれれば問題は解決するんだよ」
ニヤニヤと明らかに馬鹿にしたような男達の言葉に、少年の背後に庇われた女性が慌てたように少年の肩を叩く。
「ねえ、まだ時間はあるし、構わないから並び直しましょう。危ないわ」
すると、肩を叩かれた少年は顔を真っ赤にしてこう叫んだのだ。
「そんなの駄目だよ。俺はリックの自慢の友達なんだから、目の前で悪い事されて黙って見てるなんてしない! 殴りたいなら殴れよ! だけど俺は絶対譲らないからな!」
一瞬誰の事を言ってるのか考えて思い出した。
早駆け祭りの子供達のレースの時に聞いた、勝者の景品である街一番のお菓子屋さんが作ったお菓子を孤児院の友達に食べさせたくて頑張った少年の名前が、確かリックだったはずだ。
って事は、あの子はそのお菓子をもらった友達の方か。じゃあ後ろの女性は孤児院の関係者かな。
「ちょっと有名になったからって、生意気な口ききやがって!」
一番大柄な男が、少年の襟元を掴んでそう叫んで拳を振り上げる。
悲鳴が上がって周囲から一斉に人が逃げる。
「よく言った、少年。これで君も立派な英雄だよ」
いつもと変わらないハスフェルの声に、俺は安堵のため息を吐いた。
大声と共に振り上げた男の拳は、背後から駆けつけたハスフェルに手首を掴まれて完全に動きが止まってる。
しかも力一杯掴まれた手首から先は、恐らく血が止まってるんだろう。どんどん血の気が引いて真っ白になっていってる。
まあ、明らかに自分よりも弱い相手に対する暴力行為、そりゃあハスフェルだって怒るよ。
「な、何しやがるんでい!」
背後から掴まれた為、自分を取り押さえているのが誰かわからないらしい男が、怒り狂って大声をあげる。
「何しやがるは、こっちのセリフだよ。その少年の言うとおりだ。お前ら、受付で注意事項を聞いてないのかよ。誰であれ、きちんと列に並んで順番に遊べって言われただろうが」
これまた平然とそう言うと、いきなり掴んだ手首を今度は逆手にねじって背中側に押さえつけたのだ。
「痛い痛い! 何しやがる!」
「いいからこっちへ来い。ちょっと本気のお説教だ」
そのままその男を軽々と引きずって下がるハスフェル。
呆気に取られた仲間の男達が何か言おうとした時、笑顔のギイが二人の肩を叩いた。
「お前らも一緒に来い」
有無を言わさずこちらも、肩を掴んだままで引きずって行く。
あれって手首を掴まれるより痛いんじゃね?
残された一人は、何やらモゴモゴと文句を言って逃げようとしたところを、こっちは駆けつけたギルドのスタッフさん達に取り押さえられて、そのまま連行されていった。
男達が強制退場になったところで、あちこちから拍手が沸き起こる。
「いやあ、よく頑張ったな!」
「見ていて胸がスカッとしたよ」
「偉いぞ少年。ほら、おじさんが代わってやろう、前に進みなさい」
少年の前に並んでいた人達が、皆笑顔で少年を褒めて順番を譲ろうとする。
「それは駄目です! ちゃんと並びますから、前に進んでください!」
しかし、騒ぎのおかげで前に出来た空間を見て少年が首を振りながらそう言い、あちこちからまた笑いと拍手が起こって列がゆっくりと前に進んだ。
「へえ、なかなか良い子じゃんか。よし、スライム達に大サービスしてくれるように頼んでおこう」
笑って小さくそう呟き、念話でスライム達にこっそりお願いしておいた。
しばらく並んで順番が来てスライムトランポリンに嬉々として飛び込んだ少年の体は、多分会場の中で一番高い位置まで飛び上がっては落ちるのを繰り返していた。
最初の一回目こそあまりの高さに怖そうな悲鳴をあげていたんだけど、三回目くらいからはもうこれ以上無いくらいの大喜びではしゃぎ続けていたから、どうやら特別サービスは気に入ってもらえたみたいだ。
そんな感じで、ちょっとはトラブルもあったが、表彰式の単なる思いつきで始めたスライムトランポリンだったけど、イベントの大人気確定の出し物認定されたのだった。