雨の日の朝
ナイトメアのテリトリーを抜けたところで、夜が明けるまで一旦休む事にした。
テントを張ったのは、なだらかな草地で周りには雑木林が点在している。
「この辺りには、危険なジェムモンスターもいないし、魔獣の類もいないからな。水場から遠いから、普通ならこんな所では野営しないけどな」
つまり、水の心配の無い俺達にとっては安全な場所って事だ。
机の上に置いたランタンに火を灯すと、一気に周りが明るくなった。
もう寝ようかと思ったが、流石に腹が減ってたまらない。だけど、疲れたので今から作るのは嫌だ。そうだよ。こういう時の為の作り置きだよな。
って事で、作り置きのチーズトンカツを出してやり、適当に洗った野菜も取り出す。マヨネーズの瓶とゆで卵も取り出して並べ、柔らかめの食パンっぽいのを何枚か切って並べておく。
「あ、フライドポテトも出しておこう」
そう呟いて、フライドポテトも取り出しておいた。
なんだか、軽く食べるつもりが豪華になったよ
「ハスフェル。好きに挟んで食べてくれて良いぞ。足りなかったら、まだ有るから言ってくれよな」
タロンにいつもの鶏肉を出してやり、ベリーはまだいらないと言うので、適当に寛いでてもらう。
その間にお湯を沸かして、たっぷりの紅茶を濃いめに淹れておく。
「ああ、こりゃあ良い。好きに挟んで食べる訳か」
自分のテントを張り終わったハスフェルが、こっちへ来て嬉しそうに椅子に座る。彼のカップに紅茶を注ぎ、自分のカップを持って俺も椅子に座った。
「お疲れさん。まあこれも経験だ。また別の夜型ジェムモンスターがいたら教えてやるよ」
豪快にチーズカツを挟んで食べながら、彼が笑う。
まだ当分一緒にいてくれるみたいだから、出来る限り教えてもらおう。
「頼りにしてるよ、よろしくな」
笑って、手にした紅茶のカップで乾杯した。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
笑って手を出すシャムエル様に、チーズカツサンドとゆで卵の黄身のところを少しずつ切ってやり、いつものお皿に並べて、レタスっぽい葉っぱを小さくちぎり、フライドポテトも小さく切って横に並べてやった。
毎回思うが、子供のおままごとみたいだな、これ。
嬉しそうに、千切ったレタスもどきを齧るシャムエル様を見て和んでいると、二個目のカツサンドを食べていたハスフェルが、顔を上げてこっちを見た。
「言っていたように、明日は雨になりそうだ。どうする? 進むか?」
そう聞かれて、テントの外を見ながら俺は少し考える。
「普段なら、雨が降ったらハスフェルはどうするんだ?」
「嵐が来るのでもなければ、普通なら、雨の日は無理に動かずそのままテントで寝ているな」
「つまり、雨なら進まない?」
「先を急ぐ旅ならば別だろうが、俺は別に急がない旅だからな。だが、雨の日にしか出ないジェムモンスターもいる。出来れば一通りは教えておきたいな」
「そう言う事なら、是非お願いします」
「了解だ。まあ撤収したテントがびしょ濡れになるとか、従魔が濡れるから、レインコートを着ていてもあまり意味が無いとか、色々鬱陶しいんだけどな。せっかくだから、行くとしよう。これも経験だ」
苦笑いする彼に、俺は改めて頭を下げたのだった。
「お世話かけます」
自分のテントへ戻る彼を見送り、いつもなら出しっ放しの机と椅子も全部片付けた。
そして、広くなったテントの中を見た。
地面はむき出しのままで、俺はいつも、草地にそのまま寝ているニニのお腹で寝ているけど、これってもしかして、雨が降ったら濡れるんじゃね?
若干不安になって考えたが、手持ちに敷物は無い。
「あ、一人用のテントを敷けば良いんだよな」
一応、やや大きめの普通のドーム型みたいなテントも、買ってあったのを思い出した。
取り出してみると、骨を入れずにそのまま敷いても使えそうだし、ひろげてみると少し狭いが、ニニとマックスが並んで転がっても大丈夫そうだ。
「じゃあ、今夜はこれの上で寝よう」
ランタンの灯りを落として、いつものニニとマックスの間に潜り込む。タロンとラパンもくっついて来た。
「ああ、俺の元気の元……もふもふパラダイス空間だよ……」
タロンを撫でながら、俺はあっという間に眠りの国へ旅立っていった。
翌朝、確かにハスフェルの言った通りで、朝から雨が降り始めた。
最初のうちは小雨だったのだが、段々雨は酷くなり、俺が起きた時には、いわゆる滝のような大雨になっていた。
せっかく敷いたテントだったが、流れてくる水ですっかり水浸しになり、寝ていた足が濡れる不快感で目を覚ましたのだった。
「うわあ……すげえ雨。これはちょっと出掛けるのを躊躇するなあ」
見上げたテントの天井は、雨が叩く音でかなり賑やかだ。
アクアが敷いていた濡れたテントをあっと言う間に綺麗にしてくれて、サクラに渡してくれている。ついでに、俺の濡れた服も綺麗にしてもらった。寝ていて濡れた、マックスとニニも、ひとまずサクラとアクアが綺麗にしてくれた。
「お前らって、雨でも平気なのか?」
マックスに聞いてみると、全員揃って当たり前だと言わんばかりに俺を見る。
「そりゃあ、快適とは言いませんが、濡れても平気ですよ。行けと言われれば雨でも進めます」
「でも、もしそうじゃなければ、やっぱり出掛けないか?」
俺の言葉に、マックスとニニは顔を見合わせている。
「まあそうですね、普通は野生の狩りをする生き物は、雨の日は無理には外に出ません。臭いの跡も消えるし、視界も悪くなりますからね、余程飢えているのでなければ、巣穴や安全な場所に篭ってお天気の回復を待ちますよ」
「やっぱりそうだよな。これは無理に出掛けない方が良いかもな。後でハスフェルに相談だな」
小さくため息を吐いて、サクラに色々と出してもらった。
「おい、起きているか?」
小さい方の机と椅子を出していると外から声が聞こえて、返事をした俺はとにかく彼を中に入れた。
びしょ濡れのレインコートを着た彼が入ってくる。
「思った以上に酷い雨だ。さすがにこれで無理に動くのは危険だから、しばらくこの場で待つ事にしよう」
「やっぱりそうなるよな。俺もさすがにこの雨で出かけるのは嫌だよ」
顔を見合わせて、苦笑いして、軽くサンドイッチと作り置きのコーヒーで食事にした。
「それじゃあ、今のうちに集めたジェムを渡しておくよ」
食後の果物を取り出し、ベリーも一緒に食べながらそう言うと、ハスフェルも思い出したようで、笑って頷いていた。
「ええと、タートルツリーと、ナイトメアのジェムだよな。それより以前のジェムはどうする?」
出会った最初の頃、ブラウンフライってハエみたいなのと、グリーンリトルフロッグってカエルのジェムモンスターを一緒にやっつけている。
「ああ、その二つだけで良いぞ。あとはお前さんに進呈するから、街へ行ったら売ると良い」
お礼を言って、まずは数を確認する。
「ええと、まずはタートルツリーだな。ジェムの数は?」
俺の質問に、アクアとサクラが嬉々として答えてくれる。
「368個と亜種が65個だよー」
「サクラは359個と亜種が59個、それからご主人を食べようとした亜種の最上位種が一つだよ」
「あれ?これはどっちが勝ちかな?」
「どっちだろうね?」
勝った負けたと、二匹が仲良く騒いでいる。毎回、ジェムの集めた数を競っているらしい。
「おお、結構あったのだな」
笑った彼がそう言って、サクラを撫でている。
「じゃあ、普通のが300個と、亜種を50個貰えば良いぞ」
「駄目だって、半分だって言っただろうが」
慌ててそう言ったが、彼は笑って首を振った。
「細かいのまで数えるのは面倒だからな」
そう言って、サクラから勝手に受け取ってしまった。
「良いのか?」
「ああ、これで十分だ」
彼も収納を持っているので、受け取ったジェムの山は、あっという間に消えて無くなった。
「じゃあナイトメアは?」
「692個だよ!」
「サクラの方は586個だよ」
「勝ったー!」
「負けちゃったよ」
「あれ、今度は亜種は無しなんだな」
考えてみたら、大きさもさほど変わらなかったような気がする。
「ナイトメアに亜種は発見されていないな。いるのかもしれんが、俺も見た事はないぞ」
「へえ、そうなんだ。大体いつも亜種がいたから、逆にいないと不思議な気がするな」
「じゃあこれも500個もらうぞ」
サクラからまた受け取って、あっという間に消えて無くなる。残りのジェムをアクアに渡すのを見ながら、ジェムの在庫が凄い事になって来たな。なんて、のんびり考えていた。
「ジェムを売るなら、レスタムの街でも良いし、次の目的地のチェスターでも良いぞ。樹海のジェムは、遠く離れた方が高く売れるから、金に困っていなければ、すぐに全部売る必要は無いぞ」
「ギルドマスターが、また喜びそうだな」
笑った俺に、ハスフェルは首を振った。
「レスタムの街なら、もうそろそろ、腕の良い冒険者達が、山のようにジェムを集めてギルドに持ち込んでいるだろよ」
「値崩れを起こしたりする?」
「そこまでではなかろう。辺境地域の方が、当然だが地脈の吹き出し口は多い。集められた大量のジェムは、ギルドを通じて各街へ流通するんだ。そろそろ、王都やその周辺でもジェムがかなり流通しだしているらしいからな」
「俺、色々かなり持ってるんだけど、出した方が良いかな?」
ちょっと考えてそう尋ねる。
「以前教えたように、ジェムにも種類があるからな。長旅をするなら、ブラウンロックトードが良いと言われている。だがお前さんはブラウングラスホッパーのジェムを持っているんだろう? それとブラウンハードロックがあれば、まあ普通に考えてそれ以外は必要無いぞ。だが、言ったように金に困っていないのなら、慌てて全部売る必要もなかろう。バイゼンまで行く予定だと言っていたな。それならキラーマンティスの鎌や、ゴールドバタフライの羽根なんかは喜ばれるだろうな。まあ、各地のギルドの様子を見て、ジェム不足で困っていたら大量に売り捌いて、そうで無いなら、適当でいいと思うぞ。もし手持ちが少なくなっても、お前さんの腕なら、各地の街の周りにある森の中で、いくらでも狩りが出来るだろうさ」
「じゃあ、レスタムの街へ行ったら、新しいジェムは少し売る事にするよ」
苦笑いしながらそう言った。
そんな話をしていて思い出した。
俺って、子供の頃からゲームで手に入れたアイテムを使い切れない奴だったんだよ。
特に貴重なレアアイテム程使い所がわからなくて、結局最後の最後まで持ったままゲームが終わってしまい、友達に笑われた事が何度も有る。
ボス戦でも、全回復のアイテムとか使うの、毎回躊躇ってたもんな。
もうこれは性格なんだろう。俺の心の平安のためにも、ある程度のアイテムは手元に残しつつ旅をする事にしよう。