差し入れと人の気持ち
「おいおい、どれだけ差し入れてくれたんだよ」
エルさんの案内で急いで本部のテントに行った俺は、並んだ机の上に山積みになっている差し入れの数々に思わずそう呟いてしまった。
だって、聞いていたパン屋なのにご飯の販売もやってて、俺に大量のおにぎりの差し入れをしてくれたヘーゾーって名前のパン屋さんからは、さっきエルさんから渡されたのと同じ大きさの木箱があと二つも積み上がっていたのだ。
しかもその隣に並んでいるのは、俺がいつも串焼きを大量買いする串焼きの店の親父さんかららしく、いつもの串焼き各種が大皿に山積みになって机の上に並べられていた。
その隣にあるのは、これも俺がいつも買っているコーヒー屋の屋台の爺さんかららしく、陶器製の大きな蓋付きのピッチャーには並々とコーヒーが入って並べられていた。
他にも、朝市でよく果物を買ってる八百屋のおばさんからは、秋の味覚を詰め合わせた大きな籠が可愛らしいリボンまでかけられて並べられていた。
他にも、ホットドッグの屋台からは、シンプルソーセージに刻んだ玉ねぎをトッピングしたホットドッグが、これまた油紙で包まれていくつも並んでいるし、クーヘンの店の近くの広場にあるパン屋さんからも、大量のバーガーとお惣菜系のパンが届けられていたし、その奥にもいくつもの木箱や大きなカゴが積み上がっているのが見えるのは気のせいではないだろう。
「ええと、これって……」
「だから言っただろう。さっさと収納して場所を開けてくれないと、ギルドが注文したお弁当を置く場所が無いんだってば」
「いやあ、でも俺一人でこんなに貰うわけにはいきませんよ。どうすればいいですかね?」
割と本気で相談したんだが、エルさんは俺の顔を見てまた笑っている。
「愛されてるねえ。同じ早駆け祭りの英雄でも、以前の九連覇した大馬鹿野郎達とは全然違うね」
何か言いたげなそのエルさんの視線の意味を考える。
「九連覇した馬鹿って、あの早駆け祭りの馬鹿二人の事……ですよね?」
すると、エルさんは大きなため息を吐いて頷いた。
「あいつらは、貢いでもらって当然だと思ってた。街の屋台や店で金も払わずに飲み食いして、そのまま知らん顔して立ち去ろうとして店の主人と揉めた事が何度もあるよ、挙句に金を払えと文句を言えば、当時あの馬鹿達の後援会の筆頭だったヴァレー商会って悪徳業者が出て来て、裏で暴力まがいの脅しをかけて屋台や店の人達を黙らせていたらしい。本当にどいつもこいつも度し難い愚か者だらけだったんだよ」
「うわあ、それは駄目だろうが。単なる食い逃げ犯だけじゃなく、裏で恐喝までやっていたとはねえ。そりゃあもう、これ以上無い最低の馬鹿確定だな。いなくなって平和になりましたね」
呆れたような俺の言葉に、苦笑いしたエルさんが何度も頷いている。
「本当にそうだよね。なんであれ苦労して作った店に並んでいる売り物を、タダで食わせてもらえると思う方が間違ってるよね」
俺が真顔で大きく頷くのを見て、エルさんは面白そうに笑った。
「それなのに、新しい早駆け祭りの英雄さんは、二連覇した後も全く増長するところがなくて、それどころかいつも通りに気さくに朝市や屋台に顔を出しては当然のようにお金を払って大量買いしてくれるんだもの。君の評判は、もうハンプールの街では悪く言う人を聞いた事がないくらいに上がりまくってるよ」
驚く俺に、エルさんはもう堪えきれないとばかりに吹き出して大笑いしていた。
「知らぬは本人ばかりなり、ってね。まあ、別に悪く言われてるわけじゃ無いんだから気にしなくていいんじゃない? 差し入れは人気に比例するんだよ。いいから遠慮なくもらっておくといい。気になるなら次に店に行った時に、お礼を言ってまた大量買いしてあげればいいよ」
「そんなものなんですか?」
「そうだよ。だから早く収納して! 背後に並んでるんだからさ」
笑ったエルさんの声に慌てて振り返ると、大きな台車におそらく弁当箱なのだろう、小さな木箱をいくつも積み上げた業者さんらしき人達が、苦笑いしながら揃って俺を見ていたのだ。
「うわあ、失礼しました。すぐ片付けますのでちょっとだけ待ってください!」
「はい、これがギルドが受け付けた差し入れ業者の一覧だよ。何処の店かわからなければ、聞いてくれれば教えてあげるからね」
二つ折りになった紙を渡されて、お礼を言って受け取った俺は、とにかく大急ぎで机の上に並んだお皿や木箱を必死になって収納していった。
スライム達が全員いなくてちょっと焦ってたんだけど、いつの間にか俺の収納も相当量が入るようになってたみたいで、なんとか全部収納する事が出来たよ。
「お見事。食事をするならそっちの机で食べてくれていいよ」
エルさんに言われてお礼を言った俺は、早足で言われた場所にあった椅子に座り、ありがたく差し入れのおにぎりと串焼きを適当に取り出し、いつの間にか現れて右肩に座っていたシャムエル様に時折齧らせてやりつつ、大急ぎで完食したのだった。
鞄に入れてあった水筒の水を飲んだ俺は、エルさんに許可をもらって差し入れの料理の数々を適当に取り出してお皿に盛り合わせた。
そして大急ぎで、まだまだ人が途切れずに大行列しているスライムトランポリンの現場へ戻ったのだった。
「お先、ギルドの本部に差し入れの料理を置いて来たから、交代で食事に行ってくれよ」
定位置の、見張り用の踏み台の上に立って周りを見回しているハスフェルの背後から声をかける。
「おう、了解だ。留守番中は特に何も問題は無かったぞ」
「何故だろう。安心するはずのセリフなのに、その笑顔で言われたら逆に不安になるぞ」
からかうように言ってやると、小さく笑ってスライムトランポリンを指差した。
「まあ、順番抜かしをしようとした馬鹿を何人か穏便に捕まえて最後尾へ連れて行ったくらい、かな?」
「そこで疑問符がつくところが不安なんだよ。まあいいから食って来てくれ。街のあちこちの店や屋台から山ほど差し入れを貰ってるんだ。後でお礼を言いに回らないとな」
「人気者は辛いな」
「他人事みたいに言うんじゃねえよ。言っとくけど、代表して全部俺が受け取ってるけど、エルさんからもらったリストには、お前ら宛ての差し入れも山ほどあったんだからな。後で確認してお礼を言っておけよ」
驚くハスフェルの背中を叩いて押しやり場所を交代した俺は、知らん顔で周りを見回してスライムトランポリンの様子を確認していった。
「そっか、じゃあ後で詳しく教えてくれよな」
苦笑いしたハスフェルの言葉は、ちょっと照れくさそうにしつつも嬉しそうだったよ。
手を振って本部へ向かうハスフェルを見送り、相変わらずあちこちから聞こえる賑やかな笑い声や悲鳴を聞きつつ、俺は専用の踏み台の上に座ってのんびりと見張りを続けたのだった。