新技! スライムタクシー?
「おはよう、それじゃあ揃ったし行くとするか」
俺が鞄を背負って部屋を出ると、もう俺以外の全員が廊下に出ていた。
「おはようって、俺が最後か。悪い、お待たせしました!」
若干焦りながらそう言って謝る。
「いや、俺達も今出てきたところだって」
笑ったハスフェルにそう言われて背中を叩かれる。
「じゃあ行こうか。準備にどれくらいかかるか分からないものな」
「だな、そろそろ外も明るくなってきてるからな」
鞄を持ち直してのんびりそう言いながら、不意に我に返って慌てる。
「おいおい、夜明け前には会場になる公園に来いって言われてたのに、駄目じゃん! しかも俺達、今日は歩きだぞ!」
お互いの顔を見合い、揃って無言になる。
「大鷲を呼ぼう」
真顔のハスフェルに俺の方が慌てる。
「いや待て、それは不味い。街の中をあんなでかいのが飛んだら絶対騒ぎになる」
「じゃあどうするんだよ」
ギイの言葉に俺は叫んだ。
「今こそ、その無駄に鍛えた筋肉の出番だろうが! 走れ〜〜〜!」
そう叫んでいきなり走り出す俺。
後ろでハスフェル達とランドルさんの吹き出す声が聞こえて一気に賑やかな足音が迫ってくる。
宿泊所から出て、ほとんど人がいない噴水通りを走り抜ける。
「待て待て待て〜〜〜!」
何故かハスフェルが笑いながらそう叫んで背後から追いかけて来る。
「待てと言われて、待つ馬鹿はいない!」
全力の俺の叫びにまた後ろから吹き出す声が聞こえる。
「言っとくけど、俺、足は速いぞ、持久力は無いけどな!」
そう叫ぶと、また吹き出す声が聞こえて俺も走りながら笑っていた。
って事で、俺とハスフェルとギイ、それにオンハルトの爺さんにランドルさんまで加わって、今にも明けそうな白み始めた空の下、まるで子供みたいに笑い合いながら目的地である外環横の公園まで広い大通りを全力疾走したのだった。
時折すれ違う人は何事かって感じに驚いて振り返っていたけど、俺達が走りながら笑ってるのを見てあちこちから笑う声と共に、頑張れ!って声が掛かってたよ。
「だあ〜〜〜! 駄目だ。追いつかれる〜〜〜!」
途中までトップを爆走していた俺だったが、残念ながら自分でも言った通り、俺に持久力は無い。
予想よりもかなり早くどんどん距離を詰められ、街を出て外環へと続く街道まで来たところで、ついに俺はハスフェルとギイに追い越されてしまった。
「よっしゃ! 追い越したぞ!」
嬉しそうな二人の声が揃い、更にまだ加速して一気に引き離される。
しかも、後ろには残り二人の足音が迫って来ている。
「く、屈辱の最下位……」
そう呟くがどうにもならない。走りながら、すでに俺は息が上がり始めている。
「ご主人を〜お助けしま〜〜す!」
突然、アクアとサクラの声が聞こえ、直後に鞄から飛び出した二匹が一気に大きくなってくっつき何故か直径3メートルくらいの巨大なスライムになった。
「乗ってくださ〜〜い!」
「いや待て。いきなり止まれるかって〜〜!」
焦って叫ぶ俺の目の前に広がったスライムに、勢い余ってそのまま突っ込む。
ポヨン。
受け止められた柔らかい反動の直後、一気にスライムに包まれる俺。しかし、走っていた時の勢いは一切止まっていない。それどころか加速したように感じる。
俺を体半分くらいまで包み込んで持ち上げたアクアとサクラは、ポヨンポヨンと小刻みに跳ね飛びながら街道を進み続け、あっという間に前を走っていたハスフェル達に肉薄する。
「二人も捕まえた〜〜!」
アクアののんびりした声と共に、ハスフェルとギイも背後から迫ってきたアクアとサクラの合体スライムに一息に飲み込まれる。
声にならない悲鳴をあげてもがく二人の体は、一瞬でスライム達の上側へ運ばれ、俺と同じように下半身はスライムの中、上半身だけが外に出てきた状態で並んで止まった。
「おいおい、どうなってるんだ?」
下半身は完全にスライムに包まれたままの二人が揃って俺を見る。
「いやあ、俺にもよく分からないけど、どうやらアクアとサクラがまた新たな技を編み出したみたいだな。題してスライムタクシーってところか?」
最後は小さな声で呟き、込み上げる笑いを必死で堪えつつ後ろを振り返る。
走りながら驚きの表情でこっちを見ているオンハルトの爺さんと目が合う。ランドルさんも息を切らせつつ、呆然と俺達を見ている。
「アクア、サクラ、オンハルトの爺さんとランドルさんも乗せてくれるか?」
「いいよ〜〜!」
呑気な返事の直後、いきなり跳ねるのをやめて急停止するアクアとサクラ。
「うおお、危ねえ!……おう、スライムに守られてるからセーフだな」
思わず、慣性の法則で乗っている俺達が吹っ飛ぶかと身構えたが、下半身をがっちりホールドされているので問題無かったよ。
当然後ろから走ってきていた二人が、さっきの俺のように巨大化したスライムに頭から突っ込む。
「全員捕まえたので、アルファとベータも参加しま〜〜す!」
これまたのんびりした声と共に、半分開いたままだった鞄からアルファとベータが出てきてアクアとサクラにくっつく。
直径5メートルくらいになった四匹合体スライムに捕まったまま走り続け、俺達は外環横にある公園へ無事に到着したのだった。
「おいおい、朝からこれまた凄い登場の仕方だなあ」
一気に跳ねて公園に飛び込んで来た巨大スライムを見て、公園にテントの設営を始めていた人達が一斉に振り返る。
呆れたようなアルバンさんの笑う声に、あちこちからも笑い声が聞こえる。
「ちょっと遅刻かな。遅くなるといけないからスライム達に送ってもらいました〜〜!」
誤魔化すように笑って足元を叩く。
「ありがとうな。降ろしてくれるか?」
「はあい、じゃあ降ろしま〜〜す!」
そのままゆっくりと小さくなり、俺達の足が地面についたところでバラけていつものバレーボールサイズになる。
「全くお前は、本当に見ていて飽きないな」
苦笑いしたアルバンさんにそう言って思い切り背中を叩かれる。
無言で悶絶する俺を見て、またあちこちから吹き出す声が聞こえた。
「スライムトランポリンは、そっちの線から向こう側を全部使ってくれていいぞ。どう配置する?」
広い公園を見渡していると、アルバンさんとエルさんが駆け寄ってきて公園の奥側を指差す。
「ううん、これは広い。六台くらいは余裕じゃね?」
何もない広場は、ちょうどギルドの裏にあった運動場と同じくらいかそれより広いくらいはありそうだ。
パッと見た感じ、奥行き150メートル、幅は100メートルってとこか。サッカー場は余裕で入るサイズだな。
「ええと、ロープってあったかな?」
「これでいいか? 何に使うんだ?」
隣にいたギイが、束になったロープを出してくれる。
「ああ、ありがとう。じゃあ、これで約5メートルとちょっと」
両手を広げて三回計りそこで止める。
「ええと、棒……これで良いな」
ハスフェルから譲ってもらった鉄の槍を取り出し、穂先を上にして紐の先に括る。
「ああ成る程。それで地面に円を描いてスライムトランポリンの場所を決めるんだな」
俺のやりたいことが分かってくれたらしいギイの言葉に、俺は振り返って紐付きの槍を渡す。
「分かったら協力よろしく。適当に間隔を開け六個の円を描いてみるからさ」
「了解だ。じゃあハスフェルとオンハルト、場所を見てくれ」
ロープの残りを肩にかけ、俺もギイと並んで公園の奥へ歩いて行こうとしたら、エルさんに呼び止められた。
「おおい、それならまだ時間はあるから先に食事をしてからすればいい。こっちに置いてあるよ。一人一皿だからね」
振り返ると、すでに設置してあったテントに置かれた机には、いかにもな屋台飯が適当に取り分けてあるお皿が所狭しと並べられていた。その隣にはコーヒーとジュースも並んでいる。
「確かに先にまずは食うべきだな。じゃあ遠慮なく」
顔を見合わせた俺達は笑顔でそう言うと、早足で食事が置かれたテントへ駆け寄って行ったのだった。