まずは夕食を食べよう
「うわあ、危ない!」
振り返って椅子から立ち上がろうとしたが、腰が抜けていたらしいアーケル君がまるで糸の切れた操り人形みたいに椅子から転がり落ちる。
「ご主人危な〜い!」
俺の叫ぶ声とほぼ同時に、アーケル君がテイムしたスライムとメタルスライム達が一斉に跳ね飛んで来て、これまた一瞬でくっつきあって床に広がり、椅子から転がり落ちたアーケル君をしっかりと確保した。
「ご主人確保〜〜!」
得意気なスライム達の声に、俺達だけでなく神官長まで揃って吹き出しまたしても大爆笑になった。
「いやあ、時々気絶なさる方がおられますが、まさかここまで驚かれるとは。それにしても優秀なスライム達ですね」
俺達と一緒になって笑っていた神官長が、ようやく落ち着いてそう言ったので、俺達はまた大爆笑になったよ。そうそう、クーヘンも気絶してカチカチに固まってたもんなあ。
ちなみに、アーケル君はまだスライムベッドで気持ち良く気絶したまま転がってる。
なぜ、気絶してるのに気持ちよさそうか分かるかって?
だって、もう彼の表情はこれ以上ないくらいに笑み崩れたまま気絶してるんだから、気持ち良くって認識で間違っていないだろう。
俺達は気絶しているアーケル君をそのままに、神官長を見送ってから夕食の準備を始めた。
ここでの調理は禁止だけど、作り置きも色々あるから大丈夫さ。
って事で適当に揚げ物各種を取り出して並べ、サラダや味噌汁も一緒に並べる。ランドルさんが、串焼きや惣菜パンみたいなのを色々出してくれたので、ありがたくそれも一緒に並べてもらう。
「俺はおにぎりが食べたい」
味噌汁を出したら無性に米が食べたくなったので、おにぎり各種も並べ、だし巻き卵の最後の一つはそのまま自分のお皿に乗せる。
それから少し考えて、ホテルハンプール特製の料理の数々も豪快に並べる。
飲み物は、麦茶と各種ジュースだ。一応ここは神殿の敷地内だからアルコールは遠慮して……ハスフェル達の目の前に何本もの酒瓶が並んでいるのを見て、遠い目になる。
そして、何故かアルバンさんとエルさんまでが一緒に並んで座っている。しかも視線はハスフェルが出したウイスキーの瓶にそろって釘付けだし。
良いのかギルドマスター。祭り前日に酒盛りなんか……いや、よく考えたら俺の地元の祭りの時だって、皆普通に飲んでたな。って事で、もう気にせず自分のおにぎりやサラダ、それから惣菜を山盛りにいろいろ取って、味噌汁と麦茶も確保する。
あとはもう好きに食え。
戻って席に座りかけて思い止まり、スライム達に手伝ってもらって大急ぎで簡易祭壇を用意する。
俺の分を一通り並べてから手を合わせた。
「無事にハンプールに帰ったよ。料理は作り置きでごめんなさい、ここは火を使っちゃ駄目なんだってさ。明日はお祭りでスライムトランポリンをするんだ。事故が無いようにお守りください」
一応神様なんだし、このお願いは間違ってないだろう。
いつもの収めの手がいつも以上に優しく何度も俺の頭を撫でてくれた。それから、嬉しそうにおにぎりや料理を撫でては持ち上げる収めの手を見て小さく笑う。最後にお味噌汁をしっかり撫でてから、収めの手は手を振って消えていった。
「作り置きばっかりだったけど、喜んでくれたみたいだな」
肩に座って一緒に見送ってくれたシャムエル様に小さな声でそう言ってから、自分のお皿を席に戻して座った。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
椅子に座った瞬間、机の上にワープしたシャムエル様が、大きなお皿を手に踊り始める。
久々に見る、シャムエル様の味見ダンスの華麗なるステップだ。そして当然のように、隣に並んで全く同じステップを踏むカリディア。いやあ、相変わらず二人ともすごいねえ。
最後は揃って決めのポーズで止まる。
「お見事でした。で、何がいいんだ?」
「全部半分ずつお願いします!」
キラッキラの目でそう叫ばれ、俺は笑いを堪えつつ、山盛りの料理を順番に半分こにしていったよ。
うんめっちゃ減ったので、後でもう少し取ってこよう。
「それで、明日の予定ってどうなってるんですか?」
追加のおにぎりを持って来た俺は、同じく山盛りの料理を嬉々として平らげているアルバンさんにそう尋ねる。
「おう、食ったら説明するけど、今夜はお前らもここに泊まってくれ。部屋は確保してあるからな」
それを聞いて、俺は心の中で絶叫したよ。
俺の癒しの風呂タイムが〜〜〜〜! ってね。
「で、明日は夜明け前から設営準備の続きに入る。まあ、スライムトランポリンの設置は一瞬だろうけど、一応一緒に来てくれ。場所の説明や、入場の方法なんかを説明するからな」
俺の内心の叫びなど当然知らず、説明を続けてくれるアルバンさん。
うう、ちょっと泣いてもいいですか?
おにぎりを食べつつ一人で黄昏ていると、背後から怪しげなうめき声が聞こえてきた。
「どうやらお目覚めのようだな」
ハスフェルの声に笑って振り返ると、スライムベッドの上で天井を見上げたまま呆然と固まってるアーケル君が見えてまた俺達が吹き出す。
「うああ、びっくりしたあ〜」
そう言いながら起き上がったアーケル君は、黙って右手を見つめていたが、不意に顔を上げて俺達を振り返った。
「絶対安全って、こういう意味だったんですね! 皆、知ってて黙ってるなんて酷い!」
大声で文句を言っているが、その顔は完全に笑っているので説得力ゼロ。
そのままもう一度スライムベッドに仰向けに転がったアーケル君は、顔を覆って嬉しそうな声を上げた。
「やった〜〜! 紋章をもらったぞ!」
両手を頭上に上げてそう叫んだアーケル君は、そのままの勢いで腹筋だけで起き上がってスライムベッドから飛び降りる。
「ケンさん、俺も腹減りました〜〜!」
「おう、まだまだあるから好きに食え!」
そう言って追加の揚げ物と屋台で買った串焼きの肉なんかを出してやると、嬉しそうな声を上げて嬉々として料理を取りに駆け出して行った。
「食べたらまずは紋章の付与だな」
ランドルさんと顔を見合わせた俺は。そう言ってにっこりと笑ってお互いの拳を突き合わせた。
まあ色々あったけど、無事に新たな魔獣使いが誕生したんだもんな。
紋章の付与が終われば、皆で乾杯かな?