街へ戻ろう
「うああ、ようやく街へ帰れるぞ。うう、風呂に入れるぞ〜〜ヒャッホイ!」
街へ向かって全力疾走するマックスの背に揺られながら、俺は今夜こそ入れるであろう準備万端整った別荘の風呂を思って、一人密かにご機嫌になっていた。
「サクラが綺麗にしてくれるから、汚れが酷いわけじゃあないんだけど、やっぱり湯にはつかりたいよな」
そう呟いて一人で笑み崩れていると、不意にマックスの頭の上にシャムエル様が現れた。
「あれ、久し振り。そういえば今日は朝以来見かけなかったな。どこかへ行ってたのか?」
さっきの昼食の時、珍しくシャムエル様が姿を表さなくて、俺はわざわざ二個取ったタマゴサンドを一つ残して、自分で収納したんだよ。
「まあね、たまには他の様子も見ておかないとさ。これでもいろいろ忙しいんだよね」
「ああ、そりゃあご苦労様。なあ、それより聞いてくれるか。もう大騒ぎだったんだからさ」
走るマックスの頭の上で、器用にバランスをとりつつ尻尾のお手入れを始めたシャムエル様を見て、俺はさっきのメタルスライムにまつわる大騒ぎの一部始終を報告した。
「ああ、無事にクリスタルスライムにも気がついたんだね。ふふ、メタルマスターがこんなに大勢現れてくれて、私は嬉しいねえ」
満足そうにそう言うと、嬉しそうに頬を膨らませて今度は顔のお手入れを始める。
「街へ戻ったら、きっと大騒ぎになるだろうね」
「これだけの大所帯だものなあ。一応、祭り当日まで、メタルスライムは見せない予定なんだけど、祭りの当日、メタルスライムのトランポリンも一つは用意しようと思ってさ。どう思う? それでいいよな?」
「クリスタルスライムは、ゴールドと同じく内緒にするんでしょう?」
「そのつもりだけど?」
「それなら良いんじゃない。あそこは別に閉鎖空間なわけじゃあないし、あそこへ行けるだけの力量のある冒険者なら、メタルスライムのジェムを確保するのも、テイマーや魔獣使いがいたらメタルスライムをテイムする事だって可能だからね」
「だな、じゃあやっぱりそれで行くよ。それより、昼はいなかったけど腹は減ってないのか?」
タマゴサンドを乗せたお皿を取り出した瞬間、シャムエル様はものすごい勢いで振り返った。
「さすがは我が心の友だね。私が何を欲しがってるかよく分かってくれているね」
両手を広げて、不安定なマックスの頭の上でステップを踏み始めるシャムエル様。
「おいおい、危ないからそこで踊るのはやめてくれ。見ているこっちが怖いって」
苦笑いしながらそう言って、タマゴサンドのお皿を差し出してやる。
「わあい、いっただっきま〜す!」
タマゴサンドを両手で掴んだシャムエル様は、ご機嫌にそう言うとタマゴサンドの真ん中に頭から突っ込んでいった。
「相変わらず豪快なこって」
お皿を収納して、笑ってシャムエル様の口元からこぼれた玉子のかけらを咄嗟に拾ってやると、一瞬だけ俺の手に現れたシャムエル様が、そのかけらを口に入れてすぐにマックスの頭に戻った。
「ありがとうね。大事なタマゴサンドの具を落とすなんて有り得ないからさ」
タマゴサンドをもぐもぐしながらそんなことを言われて、俺は笑いながらふかふかの尻尾を突っついてやった。
速度を保ったまま、俺達は一路街を目指して草原を突っ切り、森の中を通り抜けて走り続けた。
岩場のあるやや高低差のある草原を走っていた時、不意に傍らに揺らぎが見えて驚いて横を見た。
『おかえりなさい。おやおや、これまたずいぶんと大所帯になったんですね』
『おかえりなさい。また仲間が増えてるじゃない。戻ったら紹介してね〜!』
笑ったベリーとフランマの声に、俺も笑顔になる。
「おう、そうなんだよ。リナさんも無事に立ち直ってくれたし、新しくアーケル君も従魔を多数テイムして、魔獣使いになれたんだよ」
『そのようですね。それは何よりです』
笑ったベリーの言葉に頷きつつ、周りを見回すがまだ街も街道も見えない。こんな場所にベリー達がいる意味が分からなくて、俺は首を傾げる。
「ご主人おかえり〜〜!」
口を開こうとしたその時、アルファとベータとゼータが、どこからか跳ね飛んで来て、俺のすぐ前、マックスの首の辺りに並んで留まった。それからシャムエル様と同じ姿のパルウム・スキウルスのカリディアも、飛び上がって来て俺の右肩に上手に座った。
スライム達はソフトボールサイズになってるし、カリディアが来たのも一瞬だったので多分リナさん達には気付かれてない。ちらっとリナさん達を見て変化が無いのを確認して安堵した俺は、カリディアのお腹を指先でそっと突っついてやった。
「おう、ただいま。収穫作業ご苦労さん。それで、収穫の成果はどうだったんだ?」
すると、カリディアが嬉しそうに胸を張った。
「はい、皆で頑張りましたよ。別荘横の崖では青銀草だけでも相当量の収穫がありました。それ以外にも、万能薬の材料になる薬草が複数見つかり、ありったけ収穫しました。その後はまだご主人達が戻って来るまで時間があったので、郊外へ出て、冒険者でも入れないような奥地を中心に、珍しい薬草を探して収穫をしていたんです。そろそろ時間なので街へ戻っている途中にご主人の気配を感じたので、少しまわり道をしてこっちへ来たんです。会えて良かった」
俺の頬に頬擦りするカリディアを撫でてやりながら、ようやく見えて来た街道沿いに植えられた見覚えのある街路樹になんだか嬉しくなってきた。
「じゃあまずは、戻ったらギルドで全員の従魔登録だな。それが終わればアーケル君の紋章を授けてもらってから別荘に戻って夕食かな。今夜は豪快に肉でも焼くか」
俺の呟きにシャムエル様が大喜びし、またマックスの頭の上でステップを踏み始めた。
それを見たカリディアが横にすっ飛んで行って一緒にステップを踏むのを見て、本気で落ちるんじゃあないかと肝を冷やした。
だけどそんな俺の心配をよそに、楽しそうにステップを踏み交わす二人。
いやあ、シャムエル様もすごいけど、そのシャムエル様とタイマン張れるカリディアもすごいよ。
ボックスステップもろくに踏めないダンス音痴な俺は、狭いマックスの頭の上でご機嫌で踊る二人を見て、こっそり拍手をしたのだった。