長老の木と神のしもべ
「なあ、神の僕って、どういう意味? ってか、リナさん達の様子を見るに、あの木って何か意味がある木なんだよな?」
巨木を前に、何やら急に神妙になってしまったリナさん一家。そして、降りてきた白い鳥と無言で見つめ合うリナさん。
なんだか質問出来る雰囲気では無いので、ここは神様本人に聞くのが一番だろう。そう思って、マックスの頭に座っていたシャムエル様に小さな声で質問する。
嬉しそうにリナさん一家を見つめていたシャムエル様は、俺の言葉に我に返ったみたいに何度か瞬きしてからこっちを振り返った。
「うん。あの長老の木は大昔、草原エルフの住んでいた場所の近くの森にあった木でね。彼らの自然信仰の象徴であるいわば神木だったんだ」
もう一度、ゆっくりと木を見上げたシャムエル様は、ちょっと目を細めて静かな声で語り始めた。
「ある時、急に幹が傷んで枯れ始めた。それはこの世界を作った最初の頃で、まだいろんな事が完全には安定していなかった。それで酷く地脈が乱れた時期があってさ。その影響で幹の一部が腐り始めていたんだ。それを見た草原エルフの里では、そりゃあもうこの世の終わりだってくらいの大騒ぎになったんだよ。それで、急遽レオ達に頼んで、地脈の安定していたここまで木を移動させて守らせたんだ」
「木を移動させるって……掘り起こして運んだわけ?」
それしか思いつかなくてそう聞いたんだけど、返ってきた答えに俺はまたしても絶句する事になった。
「違うよ。木の精霊を同化させて、歩いて移動させたんだ」
おう、いきなりの木の精霊の登場かよ。
それに木が歩くって……某ファンタジー映画にあったなあ。怒り狂った木が移動する場面が。
遠い目になってそんな事を考えている俺に気付かず、小さくため息を吐いたシャムエル様は木を見上げて苦笑いしている。
「草原エルフ達には、代わりの木を新たに植えさせてそれを守らせた。今ではもうその木もすごく大きな巨木に育ってるよ。だからもう最初の木の事なんてすっかり忘れられていると思っていたのに。初めて見る彼らでさえ、それだと分かるんだね。凄いや……」
その声がちょっと感動に震えているのを見て、俺はなんとも言えない気持ちになった。
俺自身は、完全に無宗教派だ。
こうやって日々神様達と一緒にいるけど、じゃあ彼らに対して熱心な信仰心があるのかと聞かれると……正直言って微妙だ。感謝はしてるし尊敬もしてるけど、信仰心とは違う気がする。
俺自身は、一神教の盲目的な信仰心は怖いと感じるくらいで、もっとゆるい宗教観で十分だとも思ってる。
でもこれはあくまでも俺自身の考え方だから、敬虔な信者を貶めるつもりはない。まあ、同じだけの信仰心を求められたら逃げるよ。頼むから、俺とは関わりの無いところで好きなだけ祈っててください。って感じだ。
だけど、今リナさん達が長老の木に祈っているのは、素直に素敵だと思えた。
シャムエル様が感動するのは当然だろうな。
「それで、神の僕ってのは何なわけ?」
ちょっと落ち着いたみたいなので、改めてそう聞くと、シャムエル様は小さく笑って飛んでいる鳥達を見上げた。
「まあ、まだ世界が始まってすぐの頃は、私もあちこちに顔を出して、人前に姿を表して様子を見たり、場合によってはお告げみたいな形で声を届けたりもしていたんだよね。まだ主な街が村くらいの大きさで、人の子も数えるくらいしかいなかった頃だね。その時の仮の姿として使ってたのがあの白鷺だったわけ。翼があると長距離の移動も容易だし、真っ白の体が気に入ってたんだ。竜の姿を見せたのは、もっと後になってからだよ」
納得して俺も上空を見上げる。
大きな声で鳴きながら旋回している姿は、確かに真っ白で綺麗だ。
「だけど、実際にはあれはただのジェムモンスターなんだよな?」
「もちろんそうだよ。今の草原エルフの故郷の長老の木にも、白鷺達が出てくる地脈の吹き出し口があってね。だけど神の僕だとか言って誰も狩らないもんだから、無駄に周りの草原に広がるだけなんだよね。まあ一部は遠征して来た冒険者が狩る事も無い訳じゃあないけど、ほとんどが消滅して地脈に戻ってるんだ。勿体無いよね。せっかくなんだから草原エルフ達も、神の恵みとか言って定期的に狩ってくれれば良いのに」
「あれ、狩って良いんだ」
「もちろん良いに決まってるじゃん。そもそも、ジェムモンスターを今の形にしたのは、人の生活に必要なジェムを確実に人の手に届けさせるための方法だったんだからね」
「成る程なあ。俺の世界の石油が、この世界のジェムだもんな。だから、確かに確実に人の手に渡る方法は必要だよな」
うんうんと頷き、まだ白鷺と見つめ合ってるリナさんの後ろ姿を見る。
「ちなみにあれって、何てジェムモンスターなんだ?」
「オーロライーグレット。草原エルフの里の森にある長老の木に出現するのは、単なるイーグレット。まあ、あそこは亜種が多いんだけどね」
「ああそうか、鳥には基本的に色の名前が付いてないって言ってたな」
以前ハスフェル達から聞いたジェムモンスターの説明を思い出す。
「そうだね。一部の地域限定のオーロラ種とカメレオンカラー種以外は、あまり色の名前がついてる鳥はいなかったと思うよ……多分」
「今の間と、多分って」
思わず笑って突っ込むと、シャムエル様は困ったように肩を竦めた。
「だってさ、この世界にどれだけの生物や魔獣、それにジェムモンスターの種類があると思ってるんだよ。一番最初に作ったスライム以外、はっきり言って覚えてません!」
「おう。創造主様に、覚えて無いって断言されたよ」
態とらしく顔を覆って悲しそうにそう言ってやると、分かり易くシャムエル様が慌てている。ここは揶揄っては駄目なところだったみたいだ。
「あはは、ごめんごめん、気にしないでくれ。それより、ちょっとした提案があるんだけどさ」
誤魔化すように笑って顔を上げた俺は、背伸びしてそう言いながらシャムエル様の目の前に手を伸ばした。それに気付いて、頭の上にシャムエル様を乗せていたマックスが、頭を下げてくれる。
「ありがとうな」
笑ってマックスを撫でてから、俺の手の上に乗ってきたシャムエル様を見る。
「何? 提案って」
不思議そうなシャムエル様を見て、俺はもう一度リナさんの後ろ姿を振り返った。
「この際だから、草原エルフ達の思い込みを無くしてやろうと思ってさ。せっかく神様が目の前にいるんだもの。神の御意向を伝えるのも、心の友の役目かと思ってさ」
俺の言葉にシャムエル様が目を輝かせる。
って事で、ここからは念話のトークルームを全開状態にして、ハスフェル達も巻き込んで俺が考えている方法を説明した。
『それは良いなあ』
『ああ、是非ともやってやろうじゃないか』
『もちろん協力するぞ』
嬉々とした三人の答えが返ってきた所で、俺は深呼吸をしてリナさんに呼びかけた。
「じゃあ、せっかくだからそのイーグレットと戦ってテイムしてみましょうよ」ってね。