次のテイムの相手って……?
「それで、どこを目指してるんだ?」
マックスの背の上で、少し前を走るハスフェルの背中に向かって質問する。
カルーシュ山脈の急峻な峰を右手に見ながら、俺達一行は現在、それぞれの従魔に乗って西へ向かっている。
リンクスの狩場なのだという草原地帯を抜け、今は巨大な木々が生い茂る森の縁に沿って流して走りながら、ハスフェル達は時折上空を見上げては、お空部隊の向きを確認しながら進む方向を決めているみたいだ。
「ああ、もう少し先だよ。森に入るから、枝には気を付けろよ」
森を指差してそう言ったハスフェルは、そのまま岩場を飛び越えて小川を渡り、そのまま言った通りに森の中へ入って行った。
当然、俺達もその後に続く。
森の中へと続く狭い獣道沿いに走るマックスの上は、あちこちから張り出す小枝や蔓草に引っかかってとても危ない。確かに目でも突いたら洒落にならない。
なので、出来るだけ小さくなるように体を倒して、マックスの首元にしがみつくみたいな体勢になって進んでいる。
今は全力疾走じゃあないから、不安定な鞍の上でこんな姿勢でも落ちる心配は無いけど、いきなり何か襲って来てマックスが全力で走って逃げたら、絶対振り落とされて落っこちる未来しか見えないよ。
「頼むから、落ちないように支えてくれよな」
ハスフェル達は平気そうにしてるし、俺も最初は頑張って踏ん張ってたんだけど、だんだん足や腕が痛くなってきた。
いや、ここまで我慢しなくても俺にはスライム達がいるじゃん。って事で我に返って、途中からは素直にスライム達に助けを求めて、空を飛んでる時みたいに下半身をしっかりホールドしてもらった。
それを見て、リナさん達も同じ様にスライム達に確保してもらってたよ。
うん、スライム達って本当にありがたいよな。
そのまま這いつくばるみたいにしがみついてしばらく進むと、不意に暗かった周囲に日が差し込むのが分かって顔を上げた。
「あれ、急に明るくなったぞ」
そう呟いてマックスの背の上で体を起こして上を見上げた俺は、目に飛び込んで来た光景に言葉もなく見惚れる事しか出来なかった。
そこには、見上げるほどに背の高い巨木が一本だけ、森の中にぽっかりと出来た広場の真ん中に大きくそびえるみたいにしてそこにあったのだ
曲がりくねった枝は、絡み合うみたいにしながら四方に枝を伸ばし、唯一ここだけぽっかりと開いた頭上から差し込む光を優しく遮って、地面に不思議な模様を描いていた。
「……何の木だろう。すげえデカい。しかも木の幹もめちゃめちゃ太い。樹齢何千年だよ、あれ」
まず遥か頭上まで聳える巨木の高さに絶句し、それから視線を落として目の前の巨木の幹の太さにまた絶句する。
実物は見た事無いけど、テレビなんかでよく見た、屋久杉とかレベルだよ。
「これ、このまま木が喋り出しても不思議じゃないよ」
そこにあるだけで圧倒される程のもの凄い存在感に、俺はそう呟いたきり呆然と口を開けたまま木を見つめていた。
「長老の木も、また大きくなってるな」
「確かに。いやあ、しかし何度見ても見事なもんだよ」
「ほほう、これは見事だ」
いつの間にかそれぞれの騎獣から降りたハスフェルとギイの言葉に続き、オンハルトの爺さんもその横で感心したみたいに腕を組んで木を見上げてる。
ハスフェルとギイが二人並んで巨木の側に行くのを見て、俺は思わず目を擦ったよ。
だって、あの巨体二人が並んで立っても小さく見えるって……見える視界の景色の遠近法がバグってるぞ、おい。
俺がマックスの背の上で一人で驚いたり呆れたりしている横で、ランドルさんもダチョウ、じゃなくてカメレオンオーストリッチのビスケットの上で同じように目を白黒させていた。
だけどリナさん一家は、そんな俺達とは全く違った反応を示したのだ。
いきなり全員揃ってグリーンフォックスから飛び降りると、その場に両膝をついて跪いた。
一見美少女と美少年が揃ってその場に跪き、それはそれは真剣な顔で両手を胸元で握りしめて目を閉じ、深々と頭を下げたのだ。
まるで物語の一場面みたいに完成された景色に、俺とランドルさんは、完全に観客気分で目を輝かせて見つめていた。
「まさか、長老の木にお目にかかれる日が来ようとは」
それはそれは真剣な声でリナさんが言う。
「我ら一同望外の喜び」
アルデアさんが、それに続く、こちらも真剣な声だ。
「長老の木をお助けくださった、創造主たるシャムエル様にも心からの感謝を」
そして、別人かと思うくらいに、これまた真剣な声のアーケル君。
「長老の木よ。健やかなれ」
最後は三人揃ってそう言い、もう一度深々と頭を下げた。それはもう、額が地面にくっつきそうな勢いだったよ。
「ええと……」
突然の事にどうしたら良いのか分からず、ランドルさんと鞍上で顔を見合わせた俺達は、無言で頷き合いとにかくその場でそれぞれの従魔から降りた。
しばらく黙って待っていると、振り返ったハスフェルとギイの二人が、まだ跪いたままだったリナさん一家に歩み寄った。
「どうか立ってください」
「そうですよ。次のテイムの現場はここなんですからね」
笑ったハスフェルとギイの言葉に、驚きに目を見張るリナさん達。
その時、まるで彼らの声が聞こえたみたいに、頭上から大きな鳴き声が響き渡った。しかも複数。
その声は、お空部隊の子達とは違っていて、もっと太くて長い鳴き声。多分そもそもの大きさが違うんだろう。
「うわあ、あれって何だ。ええと、鶴かな。それとも鷺? いやコウノトリかな?」
見上げた俺の目に見えたのは、大きな体に長い首と長い嘴、そして長い両足と広げた大きな翼。
そう、俺達の従魔とはそもそもの大きさや体の形が違う、いわゆる鶴みたいなシルエットの巨大な鳥達の群れだったのだ。
「ま、まさか、あれをテイムしろと仰るんですか?」
「無茶言わないでください! あれは、あれは神の僕の鳥です!」
リナさんとアーケル君の悲鳴のような声が響く。
「大丈夫ですよ。ここではただのジェムモンスターです」
「そうですよ。安心してください」
笑ったハスフェルとギイの言葉に、それでも絶句してもう一度頭上を見上げるリナさん達。
「確かに、我らの里以外では、普通の鳥なのかもしれませんが……」
呆然と呟くリナさんの目の前に、その時羽ばたく音とともに一羽の真っ白な鶴みたいな鳥が舞い降りてきた。
無言で見つめ合うリナさんと鳥を見て、俺達は黙ってゆっくりと後ろに下がったのだった。