リンクスをテイムする
「ケ、ケンさん……まさか、これほどの大きさが来るとは……」
リナさんが、顔面蒼白で視線は目の前のリンクスに注がれたまま呻くようにそう呟く。
「いやあ、俺も正直言って驚きました。でもせっかく従魔達が頑張ってくれたんだし、俺はやりますよ」
何とか深呼吸して息を整えながらも、俺の視線もセーブルとニニが取り押さえてくれた巨大なリンクスから動かない。いや、動けなかったと言った方がいいだろう。
「じゃあ、あの大きいのはまたケンさんにお願いします。私とアーケルは……が、頑張ります」
視線はリンクスに固定したまま、俺は無言で頷く。
よし、せっかくニニ達が文字通り体を張って捕らえてくれた貴重なリンクスだ。
是非ともテイムさせていただこう。
ゆっくりと息をしながらマックスの背から降りる。
リナさん達用のリンクスを押さえつけていたジャガー達と狼達が、俺がマックスの背から降りたのを見てリンクスを咥えたまま下がってくれた。おかげで広い場所が確保されたよ。
近づく俺を睨んで歯をむき出しにする巨大なリンクス。
こいつが雄なのか雌なのかは分からないけど、せっかく取り押さえてくれたんだから何が何でもテイムしてやる。
大いなる決意を秘めて、リンクスにギリギリ近いところまで進んで止まる。
やり方はいつもと同じだ。
ワンパターンだけど、これが俺に出来る最強の攻撃兼防御なんだから、仕方がない。
先程から頭の中で必死になってイメージしていた大きなバレーボールサイズの氷。
掲げた右手にそれが現れる。
唸りながら俺を睨みつけるリンクスと、正面から睨み合う。
ゆっくりと大きく息を吸った俺は、右手の氷を大きく振りかぶる。
その瞬間、リンクスは大きく口を開けて俺の足に噛みつきに来た。
「こいつを待ってたんだよ!」
叫んだ俺は、手にしていたバレーボールサイズの氷を力一杯リンクスの口にねじ込んだ。
咄嗟に氷に噛み付くリンクス。
しかし、氷が砕けるような事は無く、硬い鉱物同士がぶち当たるような甲高い金属音がして、リンクスは情けない悲鳴を上げた。
分かるよ、今のはあれだ。うっかり思い切り噛んだら、スプーンがまだ口の中にあったって感じだろう。いや、アルミホイルの塊を奥歯で噛んだ感じの方が近いかもしれない。多分、脳天までまともに電気が来たみたいになったんだと思う。
とにかく、衝撃のあまり放心しているリンクスの頭を俺は力一杯上から押さえつけた。
俺の手が小さく見えるくらいにリンクスの頭はデカい。これは間違いなく雄の頭の大きさだ。
氷の隙間からダラダラと涎を垂らしながらも、まだ闘争心は失っていないらしく、押さえつけられたリンクスは低く唸りながら俺の手を押し返そうとしている。
大きく息を吸った俺は、両手でリンクスの頭を全体重をかけて更に押さえつける。
それを見て少しだけセーブルが押さえつける力を加えてくれたらしく、踏ん張っていた体が更に全体に地面に押し付けられるみたいになる。
それでも抵抗しようとするリンクスを見て、俺は右手をゆっくりと抜き取りまた氷を作り出した。
それを見せつけるようにわざとリンクスの目の前に持っていく。
氷を見て明らかにリンクスが怯むのがわかった。
「とりゃ〜〜!」
大きく振りかぶった俺は、持っていた氷をリンクスの鼻先に力一杯叩きつけた。
鈍い音がするのと同時に、またリンクスの悲鳴が上がる。
「ふみゃん!」
思わず吹き出しそうになったけど必死で堪えたよ。何だよ今の悲鳴、まるで普通の猫みたいな可愛い声だったぞ、おい。
苦笑いしながらもう一度氷を作り出して見せてやると、明らかに降参したかのように耳がペシャンコになり、自ら地面に腹這いになった。
両前足を地面に投げ出すみたいにして、頭をその間に挟んだ状態で顎を地面につける。口にはまだ氷の塊を咥えたままだ。
そして俺は、もう完全にリンクスを全体重をかけて押さえつけているような状態だ。
どうやらこれで完全に確保出来たみたいだ。
小さく呼吸をして口の中の氷を砕いてやる。それを見て、ニニとセーブルが離れる。しかし、もう完全に大人しくなったリンクスが噛み付いてくる事は無かった。
「俺の仲間になるか?」
手は離さないまま、ゆっくりと、声に力を込めてそう尋ねる。
「はい、参りました。あなたに従います」
はっきりと答えたその声は、明らかに若い雄の声だ。
おお、冗談抜きでニニのお婿さん候補になるかも。
内心で俺がガッツポーズを取って手を離した直後、ぴかっと光ったリンクスは起き上がって目の前で座り直した。
「うわあ、ニニよりふたまわりはデカいんじゃね?」
驚く俺を見て、リンクスが得意そうに顔を上げる。
いわゆる両前脚を揃えて尻尾を巻き込んで座る良い子座りになったけど、見上げるくらいに頭の位置が高い。
「紋章は何処に付ける?」
手袋を外しながら聞いてやると、嬉しそうに胸を反らせて見せた。
「ここにお願いします!」
ニニと同じ位置だ。
「分かった。お前の名前はカッツェだよ。よろしくな、カッツェ」
まんま、ドイツ語で猫って意味だ。虎猫って意味の、ティーガーカッツェ、でも良かったんだけど何となく語呂が悪いのでそのままカッツェにしたよ。
右手で胸元を押さえながら名前を言ってやると、また光った。いつもならこの後小さくなるんだけど、ジェムモンスターと違って魔獣は大きさは変わらないからそのままだ。
「よろしくな、カッツェ。ニニと仲良くしてくれよ」
そう言って鼻先を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らし始めた。
ニニよりも低いその喉の音に、俺は笑って両手で大きな頭をそっと抱きしめてやった。
拍手の音に振り返ると、完全に観客状態だったハスフェル達とランドルさんが揃って拍手してくれていた。
「いやあ見事だったな。いざとなったら手伝うつもりで見ていたんだが、完全に独壇場だったな」
「全くだ。ほんに見事だったよ」
ハスフェルとオンハルトの爺さんの言葉に、ギイとランドルさんも笑って頷いている。
「あはは、ありがとうな。なんとかテイム出来たよ」
手を離してカッツェから離れた俺は、まだ呆然とグリーンフォックスに乗ったままこっちを見ているリナさん達を振り返った。
「じゃあ次はお二人の番ですよ。はいどうぞ」
にっこり笑ってそう言ってやると、親子揃って壊れたおもちゃみたいに何度も頷いた二人は、顔を見合わせてグリーンフォックスから降りてきた。
「では、まずは私がやってみます」
リナさんが唾を飲み込んでそう言ってからゆっくりと進み出るのを見て、俺達は後ろに下がって広い場所を譲ったのだった。