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命拾い

「へえ、さすがは亀だな。動きが鈍い」

 手足と頭が出た甲羅に木を生やした亀は、のそのそとこっちに向かって寄って来た。

「だけど、こいつって剣は効くのか? あ、もしかして、ハンマーの方が良かったりする?」

 アクアには、以前、ブラウンハードロックを叩くのにとシャムエル様から貰ったハンマーを預けてある。叩いた方が良いなら、今のうちに武器を交換した方が良いかもしれない。

 しかし、同じく剣を構えているハスフェルは笑って首を振った。

「あの亀は、背中に植わっている木から様々な栄養分を貰っている。あの木を倒せば、呼吸さえも上手く出来なくなり勝手にジェムになるんだ。つまり、倒すのは下の亀じゃ無くて植わっている木の方なんだよ!」

 最後は叫ぶようにして、いきなり先頭の奴に斬りかかっていった。


 彼が剣を振るった直後、木の葉が飛び散り、斬られた小枝が散らばる。

 すると、驚いた事に背中の木が大きく動いたのだ。明らかに、仰け反るように彼から離れようとしている。

 亀もそれに気付いたようで、後ろに慌てたように下がり始めた。

「ええ、動くのかよ、この木!」


 思わず叫んだ俺は、間違ってないよな?


「逃すかよ!」

 そう叫んでハスフェルは剣を水平に払い、何と大きな幹をバッサリと切ったのだ。

 次の瞬間、亀が動きを止め痙攣したかと思うとそのまま巨大なジェムになって転がった。


「ええ。剣であの太さの木って切れるのかよ!」

 俺の腕ぐらいある木の幹を、数本まとめて、彼は文字通り一刀両断してみせたのだ。

 呆気にとられている俺を、ハスフェルは振り返った。

 ……なんかムカつくぞ、そのドヤ顔。


「こいつは、木のように見えるが正確には植物では無い。亀と共生しているリビングツリーと呼ばれる寄生生物さ。少し硬いが、お前の剣なら切れるはずだ。しっかり剣を握って切ってみろ!」

 頷いて前に出た俺は、さっき彼がやったように、まずはこんもりと茂った上側部分の細かい葉や枝を切り落とした。それから、ガラ空きになったその空間に見える数本の木の幹を水平に剣を払って切り落とした。

 確かに、硬い手応えがあったが、切れない程ではない。

 だけどこの硬さは、迂闊に剣を当てれば折れる事だってあるかも知れないから、切るなら一気にやるべきだろう。

 ジェムが転がるのを見て、俺は剣を振りかぶった。


 昨夜のあれやこれやを考えてもやもやしていた色んな考えを、体を動かしてスッキリさせてやる。

 声を上げて、次のタートルツリー目掛けて剣を振り下ろした。

 バッサリと切り落とした木を、今度は横薙ぎに払い、一気に切り倒す。

 半ば八つ当たり状態で、俺は何度も何度も剣を振るった。


「何だ、案外簡単だな。樹海のジェムモンスターだって、外と変わらないぞ」

 その大きな体の割にかなり遅い動きの鈍さと、木を切っただけで簡単にジェム化するのを見て、その時の俺は、迂闊にも目の前のジェムモンスターを完全に舐めてかかっていた。


 マックスやニニ達も、巨大化したセルパン達も、嬉々として木を叩き折りジェムを量産している。

 俺は振り返ってその様子を見て笑った。

「おお、あいつらも楽しそうだな。負けてられないぞ」

 小さく呟き、剣を持ち直した時、誰かに背中を叩かれたのだ。

 それは明らかに、なあちょっと。って感じで、誰かを呼んだ時みたいな感じで軽く二回。

「へ、誰?」

 思わず、俺はそう答えて振り返った。


「馬鹿! 剣を下ろすな!」

 ハスフェルの怒鳴る声と、シャムエル様が何か叫んだのが同時に聞こえ、次の瞬間俺はいきなり足を掴まれて引き倒された。

「げふっ!」

 強かに顔面を打ち付け、一瞬気が遠くなる。


「ご主人!」


 マックスとニニの悲鳴のような声が遠くに聞こえて、目の前が真っ暗になった。

 なんだか柔らかいものに全身を包まれてしまい、完全に身動きが取れない。

 握っていたはずの剣が、スルリと俺の手から抜けるのを感じて、ようやく俺は事態を把握した。


 ええ? これって何かに完全に取り込まれた!


 真っ青になる俺に構わず、柔らかな何かはどんどん俺を締め付け始める。

「く、苦しい……」

 体全体を圧迫されて、一気に息が出来なくなる。


 これって、非常に不味い事態なんじゃないのか?


 何とかしようと手を動かし足も曲げて周りを蹴ってみる。しかし、柔らかなそれは、完全に衝撃を吸収してしまい殴っても手応えがない。

「それなら、これでどうだ!」

 腰の後ろ側に最初から装着していた、ほとんど存在を忘れていたナイフを抜き取り、とにかく俺を締め付ける何かに向かって思いっきり突き立てた。

 明らかに反応があり、締め付けが緩む。

 それからはもう、必死になってナイフをとにかく突き刺しまくった。


「げふっ」

 いきなり、地面に放り出された俺は、またしても顔面を強打して目の前に星が散った。

 何とか起き上がって目を開けた瞬間、俺は悲鳴を上げて転がって逃げた。

 目の前にあったのは、見上げるほどに巨大な苔生した壁と、巨大な木々が生い茂った小山だったのだ。

 今、これが目の前にいたら、正体は何かなんて考えるまでも無い。恐らく、タートルツリーの最上位種か亜種なのだろう。


「大丈夫か!」

 慌てたようなハスフェルの声がして、俺は襟元を引っ掴まれてそのまま引きずられてその場から離れた。

「おお、何とか生きてるよ。油断大敵って言葉の意味を思い知ったよ……」

 今更ながら体が震えてきて、俺は誤魔化すように笑った。

「ご主人!良かった」

「ご主人! ご主人! ご主人!」

 マックスとニニに泣くような声で叫びながら両側から力一杯頬擦りされて、俺は巨大な二匹に揉みくちゃにされた。

「ほら、まだ終わってないぞ。それを持って立つんだ!」

 俺の、落とした剣を放り投げられて、慌てて空中でキャッチする。

「危ねえな、おい。さすがに剣は投げるもんじゃないと思うぞ」

「文句を言う暇があったら、こいつらを倒すのに協力しろ!」

 笑いながら怒鳴り返すハスフェルと、背中合わせになって剣を構える。

 一番巨大なタートルツリーは、恐らく二階建ての住宅ぐらいはあるだろう。

 その周りで俺たちを取り囲んでいるのも、かなり大きな個体で、今までのが軽自動車ぐらいだとしたら、こいつらはちょっとしたトラックぐらいはある。


 攻めあぐねていると、マックスとニニが囲みを突破してくれトラックサイズの奴を二匹倒してくれた。そこから俺達も一気に反撃に出た。

 とにかく、巨大な亀の甲羅に飛び乗り、端っこに植わった背中の木を斬りつけた。

 ある程度木が減ると突然亀が動かなくなるので、そうなるともうこっちのものだ。一気に木を切り倒してやれば終わりだ。


 ハスフェルが一番大きな奴に斬りかかり、背中に駆け上がる。

「手伝うぞ!」

 そう叫んで駆け寄ると、木の隙間から触手のようなものが出て来て俺を捕まえようとするのが見えた。


 こいつか! さっき俺を叩いて油断させたのは!


「させるかよ!」

 剣を払って触手を切り落とし、甲羅に飛び上がって端から枝を切り落としていく。

 触手に気を付けつつ、かなりの木を切り落とした頃、甲羅の上に上がっていたハスフェルがトドメの一撃を放ったらしい。

 ようやく動きが止まり、恐ろしく巨大なジェムになった。


 周りにいたタートルツリーも、倒した残りは逃げていったようでいなくなり、ようやく落ち着いてジェムを拾えるようになった。

 相当な大きさのジェムをアクアとサクラがせっせと集めているのを見て、俺はハスフェルを振り返った。

「なあ、ハスフェルの分のジェムはどうするんだ? あのままだと全部集めちまうからさ。半分渡せば良いか?」

 足元に転がっていたジェムを拾った彼は、顔を上げて笑って首を振った。

「ああ、それなら全部集めたら数を確認しよう。それで半分もらうよ。それから、こいつはお前さんにやるから持っていけ。食われかけた記念のジェムだ」

 そう言って叩いたのは、俺の家にあったパソコン机よりも大きそうな超巨大なジェムだった。

「それってもしかして……」

「ああ、今日一番の大物だったな。良かったな、食われなくて」

「うわあ。それって、触手が出ていた奴だよな。あれって人を食うのかよ」

 呆れたような俺の言葉に、彼は笑って首を振った。

「食ったと言うよりも、捕まえてペットの芋虫に喰わせるつもりだったんじゃないか?」

「……芋虫って?」

 嫌な予感にそう尋ねると、彼はニンマリと笑って足元を指差した。

「タートルツリーに寄生している、黒い毛虫は、ブラックキルワームって言ってな。昼間は大人しいんだが、日が暮れた途端に活動を始めるんだ。その名の通り、口に入れば何でも食べる。植物だけでなく。普通の昆虫や小動物、鳥も喰う。そして今みたいにタートルツリーの背中にいるリビングツリーが確保した生き餌も喰う。日が暮れてもタートルツリーが安全なのは、ブラックキルワームがいるからなんだよ」


 生き餌……俺、芋虫の生き餌にされるところだったのかよ!

「なあ、もうこんな所嫌だよ、頼むから早くここを出よう!」

 全身鳥肌になって叫んだ俺を見て。ハスフェルは笑って頷いている。

「そうだな、じゃあもう行こうか」

 綺麗になった地面を見てそう言うと、彼はシリウスに飛び乗った。

 俺も、剣を収めて慌ててマックスの背中に飛び乗る。


 走り出したシリウスを追いかけて、俺達は樹海の外に出るまで足を止めることはなかった。

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