水遊びとリナさんの隠れた才能!
収納してあったマックスの鞍を取り出して振り返った俺は、目に入った光景に思わず吹き出したよ。
だって、俺のテントの撤収を終えて勢揃いしたスライム達が、すごく残念そうに水が消えた岩をそろって見つめていたんだからさ。
「あの、リナさん、アルデアさん、非常に申し訳ないんですが、もう一回水を呼んで頂くことって出来たりします?」
スライム達の、そのあまりに残念そうな様子を見かねて俺がお願いすると、あちこちからスライム達が一斉に転がって集まってきた。そして全員がリナさんとアルデアさんを見つめる。
吹き出したアーケル君が、驚いて声もないリナさんの肩を叩いた。
「母さん、スライム達が水遊びがしたいんだって、俺も手伝うからもうちょい大きな水場を呼んでやってくれよ」
ようやく状況を理解した二人も揃って吹き出し何度も頷く。
「そ、そうだったね。スライム達は水遊びが大好きだったね。じゃあ、お前も手伝っとくれ」
リナさんが笑いながらそう言うと、三人がかりでさっきの岩場の横の砂利を寄せて穴を掘り始めた。
「あの、手伝います。これを退ければ良いんですよね」
慌てて駆け寄り穴を覗き込むと、顔を上げたリナさんが笑って首を振った。
「もうこれで良いですから大丈夫ですよ。じゃあ改めて呼びますね」
穴から上がって来た三人が、穴の周りに等間隔に立つ。直径2メートル、深さ1メートルくらいのお椀状の穴だ。
「よし、来い!」
リナさんの呼ぶ声と同時に、穴の底からみるみる水が吹き出し始めた。
「もっと来い!」
アーケル君の声にさらに水流が強くなる。最後には中央部分から1メートルくらい噴き上がる見事な噴水が出来上がった。
「いいですか? ご主人!」
目があるわけじゃないのに、キラキラさせてるのが分かるって面白い。
俺を見上げるみたいに伸び上がったアクアの声に、笑って頷いてやるとあちこちからスライム達が一斉に噴水目掛けて飛び込んでいった。
「うわあ〜〜〜〜い!」
上がる水流に噴き上げられて上空にふっ飛ぶスライム達。水飛沫を上げて水盤に落ちると、そのまままた噴水に噴き上げられて落っこちてくる。
呆気に取られる俺達に構わず、大はしゃぎするスライム達。乱れ飛んでいるけど、ゴールドスライムにはなってないから、あいつらなりに一応気はつかってるみたいだ。
「ご主人、私達もいいよね!」
お空部隊が羽ばたく音と共に集まってくる。当然、ハスフェル達の鳥達も全員集合だし、その後ろにはマックスとシリウスを先頭にした犬族軍団も全員尻尾が扇風機状態で待ち構えている。
そうだよな。水遊び大好きなお前らが、こんなもの目の前に出されて我慢しろって方が無理な注文だってな。
「おう良いぞ。せっかく作ってもらった時間限定の水場だ。心置きなく遊んでこい!」
笑った俺の声と同時に、全員が水場に殺到する。
「噴水攻撃〜〜!」
アクアの声と同時に、あちこちからランダムに水が吹き上がり駆け寄って来たマックス達がびしょ濡れになる。大喜びの鳴き声が上がる。そこへお空部隊が突っ込んでいった。
水盤近くでバシャバシャと羽ばたき、これまた水を撒き散らかす。そこ目掛けてスライム噴水が炸裂する。
それを見て吹き出すリナさん達。
ランダムに吹き上がるスライム噴水に大はしゃぎする犬族軍団とお空部隊。そこへ今度はセーブルが乱入した。
「私も混ぜてくださ〜い!」
そう叫びながらスライム噴水に頭から突っ込んで行くセーブル。
「そっか、熊は水は平気なんだ」
大はしゃぎで走って行ったセーブルを呆れた顔で見ている猫族軍団は、ニニをはじめこちらは誰も水に近寄ろうともしない。
「あぁあ、行っちゃったわね」
「あんなの、何が楽しいのかしら」
「大事な毛皮が濡れちゃうのにねえ」
猫族軍団の呟きに、ラパンとコニーをはじめとしたウサギ軍団や草食チームがうんうんと揃って頷いている。キツネ達も嫌そうに噴水を見てるから、どうやら水浴びは好きじゃないらしい。
普段は猫族軍団に加入しているセーブルだけど、こと水遊びに関しては、どうやら意見の不一致を見たみたいだ。
「楽しそうですね」
笑ったリナさんの声に、俺も振り返って噴水を見る。
「水遊びが好きだからなあ。こんなのどこでも作ってもらえるとなったら、あいつら毎日でも遊びたがりますよ」
「良いじゃないですか。スライムちゃん達ってすごくよく働いてくれてるんだし、ご褒美になるならこれくらい安いものですよ」
そう言いながら笑っているリナさんは、とても優しい顔をしている。
「お世話かけます」
一番遊ばせてもらってるのは、俺の従魔達だからそう言って頭を下げるとリナさんに背中を叩かれた。
「何言ってるんですか。そんな事言ったら私達毎回お食事をお世話になるんですよ。こんなのお礼にもなりませんって。それに私たちの従魔達も一緒に遊んでるんだから、気にしないでください」
そう言って、今度は思い切り背中を叩かれた。
「痛い! リナさん、凄え力!」
情けない悲鳴をあげて仰反る俺を見て、アルデアさんとアーケル君が揃って吹き出す。
「ケンさん。言っときますけど、母さんと腕相撲したら俺と親父と二人がかりでないと勝てないんですからね」
目を剥いて振り返ると、苦笑いしたリナさんが右腕を上げて力瘤を作る。だけど……どう見ても華奢な女性の腕だ。
「ええ、冗談でしょう?」
振り返ってアーケル君を見ると、にんまり笑って背負っていた収納鞄から組み立て式の小さな机を取り出した。
「じゃあひと勝負どうぞ。俺は止めないよ」
驚く俺の腕をがっしりと掴むと、リナさんは嬉々として俺を引っ張って机の前までやってきた。
「ほら!」
右腕を立てて嬉々として俺を呼ぶリナさん。
「ええ、本気ですか?」
全く本気にしていない俺は、苦笑いしつつリナさんの小さな手を握った。
おう、シルヴァ達以来の華奢な女性の手だ。一見美少女だけど、肝っ玉母さんで五人の子持ちなんだけどね。
「よし、じゃあ双方よろしいですか!」
嬉々として審判役を務めるアーケル君。
アルデアさんは、ハスフェル達と一緒に完全に観客気分だ。
「おう、よし来い!」
そう言った瞬間、ものすごい勢いで俺の腕が倒される。
「ええ〜〜! ちょっ! ちょっと待った〜〜!」
一切の抵抗も出来ないまま、一瞬で勝負が決まる。
「よし勝った!」
手を離して大喜びする横で、俺は自分の右手を見たまま、ただただ絶句するしか無かったのだった。
「……何だよあれ、冗談みたいな力だったぞ。なあハスフェル。ちょっとやってみてくれよ」
笑ったアルデアさんが、ハスフェルの腕を掴んで引っ張ってくる。
「ええ、幾ら何でも俺の相手は無茶じゃ無いか?」
しばらく押し問答をしていたが、結局、渋々といった感じで、張り切って構えていたリナさんの手をハスフェルが握る。
「よし、では双方よろしいですか!」
またしてもアーケル君の声と同時にリナさんが一気に勝負に出る。
しかしさすがに神様。そう簡単には負けないよ。
「くっ……」
顔をしかめて必死で攻勢をかけるリナさんだが、さすがにハスフェルのあの腕は伊達じゃなかった。
双方全く動かずしばらく時が過ぎる。
「はあ、降参です。さすがですね」
大きなため息とともにリナさんがそう言って左手を挙げた。どうやら降参らしい。
その瞬間、手を離したハスフェルが笑いだした。
「いやあ、女性でこれは凄い。冗談抜きで貴女は最強ですね、恐れ入りましたよ」
これ以上無いくらいの笑みで手を叩く彼の言葉に、負けたとはいえリナさんは得意気に胸を張り、俺とギイとオンハルトの爺さんは、揃って呆気に取られたままぽかんと口を開いて笑う二人を見ていた。
「ご主人、すっごく楽しかったからもういいよ〜〜!」
跳ね飛んできたアクアの声にも、しかしすぐには反応出来ないくらいに俺達は驚きのまま目を見開いて固まっていたのだった。
いやあ、草原エルフ怖い!