豪華デザート!
これ以上無いくらいに、綺麗に平らげてくれたお皿を片付けつつ、新しいお酒の瓶を取り出すハスフェル達を見ながら、俺はどのケーキを出すか悩んでいた。
「ううん、俺的には果物だけでも良いくらいなんだけど……」
そう呟いた瞬間、リナさん達には見えない位置から、収めの手が現れて俺の前髪を引っ張った。
「痛い! 分かった分かった。どれが良いんだ?」
小さな声で聞いてやると、収めの手が丸い形の後に、何やらふわふわと指先で形を取って見せる。
「んん? どれの事だ?」
しばし考えて、普通の生クリームのデコレーションケーキを取り出して机の上に置く。
「もしかしてこれ?」
収めの手は頷くように上下に動いた後、何やら丸めて棒状の形を何度も形作って訴えている。
「棒状の……? あ、もしかしてこれか?」
シャムエル様お気に入りの、全部乗せ巻きの入ったバットを取り出して見せると、またしても上下に動く収めの手。
「了解です。じゃあこれで行こう」
神様にリクエストされたら、拒否出来る訳がない。
って事でデザートが決まったところで、俺は念話でシャムエル様に呼びかけた。
『なあ、シルヴァ達からリクエストで、あのシャムエル様がお気に入りの全部乗せ巻きが食べたいって言われたんだけど、出してやってもいいよな?』
『ああ、今彼女からもお願いされたよ。貰って良いかって。もちろん出してあげて良いよ。どうする?一人一本?』
真顔で聞かれて、俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
『いやいや、幾ら何でもそんな無茶しないって。輪切りにして、一切れか二切れぐらいをケーキと一緒に飾る程度だよ。まあ、シャムエル様は食えるんなら一本でも二本でも食ってくれて良いけど?』
『ケーキはそれを切るの?』
机の上に取り出したデコレーションケーキに、シャムエル様の視線は釘付けだ。
『おう、これを切るよ。ちょうど八人いるから、これを八等分すれば一人前くらいの量になるだろうからさ』
『じゃあケーキはそれでお願いします! 全部乗せ巻きは一本食べます!』
嬉々としたシャムエル様の答えに苦笑いしつつ、俺は全部乗せ巻きを二本取り出してまな板の上に並べた。
一本はそのままお皿に乗せて下げておき、もう一本を巻き寿司を切るみたいに八等分に切り分ける。
「おお、良い感じにロールケーキを切ったみたいになったぞ」
切ってみた感じもロールケーキとは違って、薄いクレープ生地なのであまり分厚い感じはしない。
渦巻き状になったたっぷりのクリームとカスタードクリームの間に、果物やカットしたスポンジ生地が散りばめられている。それ以外にも、ナッツやチョコやクッキーの砕いたのも散りばめられてて確かに美味しそうだ。
笑って深呼吸を一つした俺は、丸ごとのデコレーションケーキと全部乗せ巻きを一本乗せたお皿をそのまま簡易祭壇に並べてお供えした。
「ご希望のデコレーションケーキと全部乗せ巻きだよ。丸ごとお供えするから、喧嘩せずに食べてくれよな」
小さくそう呟き、俺の頭を何度も撫でた収めの手が嬉々としてケーキを撫でまくり、最後には両方のお皿を持ち上げてから消えていくのを俺は笑いを堪えながら見ていたのだった。
「ええと、デザートにはこれを出そうと思うんだけど、食べられるかな?」
大きなデコレーションケーキを見せながら尋ねると、なぜだか全員から拍手された。どうやら大丈夫みたいだ。
って事で、大きめの刃の長いナイフを取り出してケーキを切っていく。
もちろん、師匠に教えてもらった通りに、お湯を沸かして毎回ナイフを温めながら切っていったよ。なるほど、確かにこれなら生クリームたっぷりのケーキでもきれいにカット出来たよ。
大きめのお皿の真ん中にカットしたケーキを置き、その横にカットした全部乗せ巻きを並べ、その隣に適当にサイコロ状にカットしてあった果物を盛り合わせる。
ちょっと考えて、アイスクリームもスプーンで掬ってその横に飾りつけた。
「はいどうぞ、これは店で買ったケーキだから、俺が作ったのはアイスクリームだけだな」
「いやいや、それを作れるだけでも凄いですって」
目を輝かせるアーケル君の前には、何となく大きめのケーキを置いてやった。
そのまま席に着こうとしたら、今度は後頭部の髪を引っ張られる。
無言で振り返ると、収めの手がまた現れて自己主張していた。
「何、これも欲しいのか?」
小さな声でそう尋ねると、頷くように上下する収めの手。
「さっき丸ごとお供えしたんだけどなあ」
苦笑いしつつ、俺の分のお皿をもう一度簡易祭壇に置く。飲み物はハスフェルがコーヒーを入れて渡してくれたので、それを一緒に並べた。
「では、一人前サイズですけど、これもどうぞ」
小さく笑って手を合わせると、また俺を撫でてから収めの手がケーキを順番に撫でてから消えていった。
「この切った全部乗せ巻きとケーキは一口だけもらうから、あとはお好きにどうぞ」
ひとまず、シャムエル様の前には全部乗せ巻きを丸ごと一本置いておき、俺はデコレーションケーキの先の方を少しだけカットする。あまりクリームのついてない部分だけど、食後なら俺はこれで充分です。
お皿をもう一枚取り出して、全部乗せ巻き一切れと自分の分にと小さく切ったケーキをそこに置いて、カットした果物は、収納してあった残りの在庫分からたっぷり取り出して盛り付けた。ついでにアイスも取り出して適当に掬って並べれば俺の分は完成だ。
「これ、全部もらって良いの?」
目を輝かせるシャムエル様に、俺は笑って頷く。
「どうぞ、俺はこれだけあれば充分だよ」
「うわあい、では遠慮なく、いっただっきま〜す!」
嬉々としてそう叫んだシャムエル様は、そのまま頭からデコレーションケーキに飛び込んでいった。
「相変わらず豪快だなあ」
苦笑いする俺に構わず、夢中になってデコレーションケーキに埋もれていたシャムエル様は、生クリームまみれの顔を上げて振り返った。
「これふっわふわですごく美味しい。デコレーションケーキ最高〜〜!」
もう大興奮状態のシャムエル様は、いつもの三倍くらいに膨れた尻尾をブンブンと振り回しつつあっという間にデコレーションケーキを平らげてしまった。
そのまま果物とアイスを一気に完食し、隣のお皿に並べてあった全部乗せ巻きに齧り付いた。
「いやあ、やっぱりこれが俺のデザートだよ」
左手でもっふもふに膨れたシャムエル様の尻尾を楽しみつつ、俺も自分用の少なめのデザートを美味しくいただいたよ。
甘いものも好きだったらしいアーケル君が、もうそれはそれは大喜びでケーキを食べているのを見たアルデアさんが、黙って俺と同じように半分ほど先の部分を自分用に取って残りを彼のお皿に乗せるのを見て、何だかちょっと羨ましかったのは内緒だ。
アーケル君、愛されてるんだねえ。
「ううん、しかし本当にこれは美味しい。何もかもが俺が作る素人ケーキとは違うよ」
全部乗せ巻きの滑らかなカスタードクリームを味わいつつ、俺はひたすら感心しながらそう呟いていたのだった。
全部乗せ巻きを完食したシャムエル様は、生クリームまみれになった自分をあっという間に綺麗にすると、今度はせっせと尻尾のお手入れを始めた。
もうこうなってしまっては、残念だが尻尾を触らせてもらえない。
諦めてのんびりと残りのコーヒーを飲みながら、やっぱプロってすごいなあと改めて感心していたのだった。




