ベースキャンプの設置と夕食の準備
「この辺りで良いんじゃあないか」
境界線に到着した俺達は、ベースキャンプを張る場所を探して少し移動して、良さそうな平らな場所を見つけてそこで止まった。
念の為ハスフェル達が周囲の安全を確認してくれて、獣道が近くに無い事を確認してからベースキャンプを設置することにした。
それぞれに大きなテントを取り出す俺達を見て、リナさん達は顔を見合わせて何やら真剣に相談を始める。
「そうか。従魔達が増える事を考えたら、雨の時なんかに従魔達が避難出来るように大きめのテントを買っとくべきだな。だけど今はどうする?」
アーケル君の言葉に、リナさんとアルデアさんも真剣な顔で頷いている。
「俺は少し大きめのテントも持っているけど、二人用だからそれほどの大きさじゃ無い」
「私も持ってるのは二人用だけだね。普段から広めのこれを使ってるけど、従魔達が小さくなってくれたら、なんとか中に一緒に入れるかな」
「ええ、俺は一人用しか持ってないって! それに俺は大きいコッティーと一緒に寝たいんだよ! いい、俺はテントはやめて野宿するよ」
「気持ちは分かるがそれはやめておけ。もうこの気温なら郊外での夜はテント無しはきついぞ。風邪をひいても知らんからな」
「やめなさい。風邪をひいたら祭りに行けないぞ。スライムトランポリンで遊ぶんだろうが」
欲望に忠実なアーケル君の宣言だったが、真顔の二人に止められてる。
「うああ、そうだった。ええ、じゃあどうするんだよ」
「今回は仕方がないから、従魔達にはテントの外で寝てもらうか、犬くらいの大きさになってもらって中で寝るかのどちらかだな」
リナさんの言葉に打ちひしがれるアーケル君。
「ええ、そんなあ。巨大でもっふもふなコッティーと一緒に寝るのを楽しみにしてたのに〜〜!」
側にいた大きなコッティーにしがみつくアーケル君の叫びに、二人は苦笑いしている。
そんな彼らを見て、俺達も揃って吹き出した。
「従魔達と一緒に寝るなら大きなテントは必須だぞ。一応、俺は予備も持ってる。貸してやるから今回はこれを使えばいいよ。街へ戻ったら大きなテントを買わないとな」
以前破いてしまい修理した方の予備のテントを出して、アーケル君に渡してやる。
ランドルさんも俺達と変わらないくらいの大きなテントを買っているので、ハスフェルとギイも予備のテントを出してリナさんとアルデアさんに渡してやる。
「ああ、何から何まですみません。ありがとうございます」
リナさんとアルデアさんが、慌てたようにそう言ってテントを受け取る。
「ありがとうございます。じゃあしばらくお借りします。街へ戻ったら大きなテントをすぐに買います」
アーケル君も、俺が渡したテントを抱えて嬉しそうにそう言うと、周りを見て少し離れた場所にテントを設置し始めた。
それを見たリナさん達も、その横に並んでテントを設置し始めた。
俺のテントは、いつものように支柱の位置を俺が決めただけで、あとは全部スライム達がやってくれた。
俺のスライム達があっという間に協力してテントを設置するのを見て、リナさん達は揃って目を見開いて固まっていた。当然ハスフェル達のテントも、スライム達がほとんど設置している。
「すっげえ、スライムにあんな事が出来るんだ。俺も絶対集めて教えよう」
「すごい……あんな事が出来るなんて考えてみた事も無かった。だけど確かに、スライムは器用に鍵くらい開けてしまうから、教えればあれくらい出来るのかも……」
半ば呆然と呟いたリナさんは、自分のスライム達を見た。
「……出来る?」
「出来るよ〜〜!」
「教えてくれたらやるよ〜〜!」
次々にリナさんのスライム達だけで無く、アーケル君がテイムした子達までが、揃って出来る出来ると騒ぎ出した。
「じゃあ一緒にやるから、テントを立てるやり方を覚えてくれるか」
リナさんの嬉しそうの声に、スライム達が揃って返事をする。
見ていると、三人が手伝って、順番に全員のテントを一緒に組み立て始めた。
時々説明しながら親子で仲良くテントを張る様子を見て、俺はハスフェルと顔を見合わせて頷き合った。
どうやらもう本当にリナさんは立ち直ったみたいだ。
「じゃあ、俺は肉を焼くとするか」
テントの横の垂れ幕部分を端から綺麗に巻き上げて備え付けの紐で結べば、屋根の部分だけになって風通しが良くなる。こうしておけば料理の匂いがテントの中にこもる事もないからな。
小さく笑って跳ね飛んできたサクラを受け止めてやり、机の上に置いて調理道具を取り出しながらサイドメニューを考える。
「肉を焼くなら温野菜が良いな。ブロッコリーとにんじんとじゃがいもなら茹でたのがあるからそれを使うか。あとはフライドポテトだな。それから付け合わせの小鉢におからサラダと味噌汁があれば良かろう。でもって、デザートに果物と一緒にホールケーキを出そう。よし、それで行くぞ」
メニューが決まればあとは作るだけだ。
メインの肉は、グラスランドブラウンブルの熟成肉だ。
巨大な塊を取り出して切ろうとしたところで、リナさん達がそれに気付いて駆け寄ってくる。
「ケ……ケンさん。それって牛肉みたいだけどちょっと違いますよね?」
不思議そうなアーケル君の質問に、一切れ切った分厚い肉を見せてやる。
「おう、これはグラスランドブラウンブルの熟成肉だよ。今夜はこれでステーキにするからな。魔獣使いリナさんの復活祝いと、新しいテイマーアーケル君の誕生祝いだ」
「グラスランドブラウンブルの熟成肉だって〜〜〜!」
リナさん一家の叫ぶ声が揃う。
「超高級野生肉じゃん、すっげえ、俺、見るのも食うの初めてだ」
「あ、ハイランドチキンと、グラスランドチキンもあるけど、こっちも食えるなら焼いてやるぞ」
ハスフェル達は、焼いたら間違いなく食うだろうし、リナさん達も見かけによらずよく食べるから、両方焼いても余裕だろう。ランドルさんもガッツリ食ってたもんな。
笑った俺は、さりげなく椅子に置いた鞄に入ってくれたサクラから、ハイランドチキンとグラスランドチキンのもも肉を取り出して並べた。
「お願いします〜〜! 俺、それも食った事無いです!」
無邪気なアーケル君の叫びに、リナさんとアルデアさんが慌てている。
「おう、じゃあこれも焼く事にするよ。塩焼きでいいよな。サクラ、これも両方八人分ずつ切ってくれるか」
わざと彼らの目の前でサクラに肉を切ってもらう。
塊を取り込んで、切った肉を吐き出すサクラを見て、またしても揃って目がまん丸になる。そんな三人を見て、俺は笑って肉用のスパイスを振りかけていった。
「スライム達って、教えれば教えるだけ賢くなりますよ。頑張って色々教えてあげてください。火は怖がるから調理そのものは駄目だけど、こんな風に下拵えなんかは、かなり覚えて手伝ってくれますよ」
揃ってコクコクと頷くリナさんとアーケル君を横目に、俺は並べたコンロに順番に火を付けていったのだった。
さて、ちょっと大変だけど、一気に八人分の肉を焼くぞ!