それぞれのテイム
「じゃあ、私はこの子を」
リナさんがそう言って一番手前にいた、フォールが押さえ込んでいたちょっと緑色の部分が濃いグリーンフォックスに向き直る。
そのグリーンフォックスは嫌がるように身をくねらせてもがいているが、巨大なジャガーのフォールに急所である首を後ろから噛みつかれていて完全に押さえ込まれているので、逃げられる訳もない。
「よし!」
リナさんが気合を入れるように自分の顔を両手で叩き、背負っていた収納袋から一振りの短剣を取り出した。
それはバッカスさんが持っていたのよりは小振りだが、大きく湾曲した幅の広い短剣だった。
「とりゃ〜っ!」
一度深呼吸をして息を整えたリナさんは、鞘ごとのそれを構えていきなり大声を上げ、その短剣でグリーンフォックスの額を上から叩きつけるみたいにしてぶん殴ったのだ。
リナさん、見かけは可憐な十代の美少女なのに、相変わらずやることが豪快で雑。
「ウキュウ〜」
突然の攻撃に情けない悲鳴をあげてノックアウトされるグリーンフォックス。
あれって、俺の氷でぶん殴られるよりダメージ大きそう。
フラッフィーのもふもふ巨大尻尾に抱きついたまま、俺は半ば本気で呆れてリナさんがする事を見ていた。
しかも、もう十分ダメージを与えてると思うんだけど、容赦のないリナさんはもう一度振りかぶって、今度はバットを構えるみたいにして横からグリーンフォックスの顔を短剣でぶん殴った。
勢いよくぶん殴られたグリーンフォックスの顎が上がる。もう、あれは完全に抵抗の意思を無くしてされるがままだよ。
「だあ〜! もういいって、それ以上は可哀想だよ!」
鬼気迫る勢いのリナさんが更にもう一度短剣を振りかぶるのを見て、さすがに大声で止めてやった。
もういいって、これ以上やったらイジメです。
噛み付いていたフォールが、俺の声を聞いて離れる。
だけど、解放されたグリーンフォックスはもう逃げる事すら出来ずにいた。
俺の声に我に返ったらしいリナさんが、完全にノックアウトされているグリーンフォックスを見て慌てている。
「ああ、やりすぎた。ごめんね。こんな私だけど、仲間になってくれるかい?」
今更ながら心底申し訳なさそうに謝るリナさんに、怯えるみたいに小さな声で鼻で鳴いたグリーンフォックスは、ここから見ても分かるくらいに、ほっとした顔になった。
「もう殴らないって言うなら貴方に従います」
「殴りません。ごめんなさい、ちょっと大きな子をテイムするのは久し振りだったんで加減が分からなかったの」
もう一度申し訳なさそうに謝るリナさんに、苦笑いしたグリーンフォックスが擦り寄って甘えるようにもう一度鼻で鳴いた。
「分かりました。では貴方に従います」
そう宣言した途端に、大人しく良い子座りになったグリーンフォックスは一回り大きくなる。
おお、俺のフラッフィー程じゃあないけど、あれもかなりの大物だよ。
「紋章はどこに付ける?」
嬉しそうな笑顔になったリナさんの問いに、グリーンフォックスは胸を張ってみせた。
「ここにお願いします!」
「ここだな。お前の名前はララだよ。よろしくね。ララ」
そう言って胸元に右手を当ててぐっと押さえる。
またピカッと光った後にリナさんの紋章が綺麗に刻まれた。そしてララちゃんは先ほどくらいの大きさに戻る。
「ララには、その背中に私を乗せて欲しいんだけど、構わないか?」
先ほどぶん殴った鼻先を申し訳なさそうに撫でてやりながらそう話しかける。
「ええ構いませんよ、ご主人は小さいから、これくらいの大きさでいいですかね? それとももう少し大きくなりますか?」
自分の身体を見ながら首を傾げるララちゃん。可愛い声なので、どうやらあの子も雌みたいだ。
「ああ、それで構わないよ。ちょっと乗ってみるね」
そう言うと、リナさんはララちゃんの首元の毛を一掴みしてそのまま軽々と背中に飛び乗った。
おお、さりげなく乗ったけど、あれも凄いぞ。
密かに内心で拍手していると、ララの背に乗ったリナさんを見たアーケル君が口元を覆って奇妙な声を上げた。
何事かと驚いて振り返ると、アーケル君は目をキラッキラに輝かせてリナさんを見上げていた。
「母さん、めっちゃ格好良い! 俺もテイムする〜〜!」
両手を乙女の如く胸元で握りしめてそう叫んだアーケル君は、ものすごい勢いであと二匹捕まっているグリーンフォックス達を見た。
「親父、どっちが良い?」
真顔で振り返るアーケル君に、アルデアさんは堪える間も無く吹き出した。
「どちらでも構わないよ。お前が先に選べばいい」
「じゃあこっち!」
若干尻尾が大きそうな方を選んだアーケル君は、改めてグリーンフォックスに向き直って深呼吸をした。
「では、参ります!」
そう叫んで石の付いた短剣を抜いた。そのまま短剣を目の前に掲げる。
「風よ、来い!」
先程までのふざけたようの声とは違う、真剣な声に思わず見ていたこっちまで背筋が伸びる。
突然、突風が吹き荒れ思わず顔を腕で覆って目を守る。
しかし、音はしたんだけど何故か風が吹いてこない。
目を瞬いて腕を下げると、そこは局地的暴風が吹き荒れる何とも不思議な光景が広がっていた。
ハスフェルの従魔のレッドクロージャガーのスピカが押さえ込んでいたグリーンフォックスの周りだけが、まるで竜巻のように風が渦巻いていたのだ。
しかも、噛み付いているスピカはごく僅かに風が当たっているだけで、滑らかな毛並みにほとんど変化が無い。
しかし、グリーンフォックスの方はそうはいかなかった。
吹き荒れる暴風に取り込まれて襲われ、完全に戦意を喪失して縮こまっている。
もふもふの毛はもう叩きつける風になぶられて右へ左へあっちこっち。もふもふな尻尾も、洗濯機で回されたみたいになってて、もうそれは悲惨な事になっている。
それに多分、あれはそもそも呼吸困難になるレベルの暴風だ。
「キュウ〜〜〜〜〜〜ン」
まるで降参ですと言わんばかりの悲鳴に、一つため息を吐いたアーケル君が短剣を下ろす。
ピタリと風が止み、スピカがそれを見て咥えていたグリーンフォックスから離れる。
しかし、解放されたグリーンフォックスはその場にへたり込んだまま動けないみたいで、逃げる様子も無い。
そのまま近寄ったアーケル君は、その頭を右手で力一杯押さえつけた。
無抵抗で這いつくばるように地面に伏せるグリーンフォックス。
「俺の仲間になるか?」
静かなアーケル君の問いに、身震いしたグリーンフォックスは小さく頷いた。
「はい、貴方に従います」
一瞬光ったグリーンフォックスが、さっきのララちゃんと同じくらいの大きさになる。
「お前の名前はコットンテイルだよ。よろしくな。コッティーって呼ぶよ」
ううん、欲望に忠実な名前だね。大変よろしい。
嬉しそうにコッティーに抱きつくアーケル君を見て、もふもふ好きの仲間が出来た俺は密かに喜んでいたのだった。
よし、あとでコッティーの尻尾ももふらせてもらおう。