新たなるもふもふ
「うわあ、怒ってる怒ってる」
意気込んで前に進み出たのはいいが、俺が近付くなりグリーンフォックスは、歯を剥き出してこれまたものすごい声を上げて唸り始めた。
「ご主人。グリーンフォックスの噛む力は相当ですから、牙には気を付けてください」
マックスの言葉に、俺は真剣な顔で頷いた。
そして、改めて近くへ来てグリーンフォックスを観察してちょっと困ってしまった。
俺は以前ティグをテイムした時みたいに、カチカチに凍らせた氷の塊を口に押し込み、テイムするに当たって一番危険な噛みつき攻撃を封じるつもりだったのだ。
しかし、キツネというだけあってグリーンフォックスの顔は猫科の猛獣よりも遥かに鼻面は細く尖っていて、ティグのように顎が横に張り出すように大きいわけではない。それどころかほっそりとしたその口は、塊の氷を無理に押し込んでもそのまま横からこぼれ落ちてしまいそうだ。
「ううん、これはどうするべきだ?」
中途半端な位置で立ち止まって少し考える。
「うわっと!」
低い声でずっと唸っていたグリーンフォックスが、いきなり何の前触れもなく大きく頭を振り俺に向かって襲いかかってきた。
しかし当然身体は完全に押さえ込まれているので、顔を動かすくらいしか出来ないんだけどね。
だけど、あわや噛みつかれそうな距離まで一気に近寄られて慌てて下がる。
それを見ていたらしいリナさん達から小さく悲鳴が上がる。
どうやらリナさん達は、自分のをテイムする前に俺がどうやるのか見ているみたいだ。ううん、ちょっと焦るぞこれは。
「このやろう。よし、ちょっと痛い目見せてやる」
小さくそう呟いた俺は、予定を変更して別のやり方でチャレンジしてみる事にした。
深呼吸をして改めてグリーンフォックスに向き直った俺は、右手の平を上に向けてゆっくりとソフトボールサイズの氷の塊を作り出した。
当然、しっかりとガッチガチに固めてキンキンに冷えた氷の塊だ。野球の硬球より硬いよ。
俺の氷は、オンハルトの爺さんの炎にも負けなかったくらいに硬くて強いんだよ。ティグの咬合力でも噛み砕けなかった最強の氷だ。
だけど、今回の使い方は咥えさせるんじゃあない。
「これなら絶対痛いだろう、ってな!」
そう言って大きく振りかぶった俺は、持っていた氷の塊をグリーンフォックスの顔めがけて力一杯投げつけたのだ。
見事なコントロールでグリーンフォックスの鼻っ柱に氷の塊が命中する。
「キャウン!」
氷をまともに食らったグリーンフォックスは、情けない悲鳴を上げて逃げようともがく。
しかし、ティグ達に押さえ込まれていて当たり前だが逃げられる訳もない。
「もういっちょう!」
続けてもう一度、同じくソフトボールサイズの氷を作り出して力一杯投げつける。
鈍い音がして、今度は眉間のあたりに命中した。
「ウキュゥ〜」
これまた情けない声を上げたグリーンフォクスは、わずかに自由になる前脚で鼻先を押さえるみたいにして大人しくなった。
しかし、ここで油断してはいけない。もう一度氷の塊を作り出した俺は鼻先を押さえている前足の関節部分、人間でいう手首の辺り目掛けて氷を投げつけた。
これまた鈍い音がして、また悲鳴のような鳴き声を上げたグリーンフォックスは、顔を隠すようにしていた脚を離して完全に抵抗を放棄した。
その様子を見たニニとティグとセーブルが、噛み付いていた口をゆっくりと離した。しかし、それ以上離れずいつでも噛み付ける位置で待機している。
だが、もう完全にグリーンフォックスに抵抗する気力は残っていなかったらしく、地面に転がったまま、仰向けの状態で腹を俺に見せて固まっている。
犬科の完全服従のポーズだよ、あれ。
ゆっくりと近寄った俺は右手で仰向けになっているグリーンフォックスの顎を押さえつけた。
柔らかな喉元が無防備にさらされる。
「俺の仲間になるか?」
力を込めた声で、ゆっくりと押さえる腕に力を込めてそう言う。
「はい、貴方に従います」
これまた可愛らしい声で答えたグリーンフォックスは、押さえていた手を緩めてやると、一度もがいた後、ゆっくりと起き上がった。
どうやらこの子も雌だったったらしい。ううん、また俺の従魔の女子率が上がったよ。
直後にピカッと光ってまだ大きくなる。
「うわあ、これは凄い」
後ろからアーケル君の声が聞こえて、俺は笑み崩れそうになるのを辛うじて堪えた。だって、目の前のもふもふ尻尾の巨大さと来たらもう……。
あ、いかん、よだれが……。
「紋章はどこにつける?」
気を取り直して手袋を外しながらそう聞いてやると、両前脚を綺麗に揃えて良い子座りしたグリーンフォックスは、胸をつき出すみたいにして顎を上げた。
「ここ、胸元にお願いします!」
嬉しそうな巨大尻尾が、良い子座りしている前足部分まで巻き込まれていてパタパタと動いている。
ああ、早くあの尻尾に抱きつきたい……。
脳内の妄想を必死で振り払った俺は、深呼吸をしてからグリーンフォックスの胸元に右手を押し当てた。
「お前の名前はフラッフィーだよ。よろしくな、フラッフィー」
もふもふとか、ふわふわって意味だ、だって、あの尻尾を見たらもうそれ以外の名前が出てこなかったんだよ。
もう一度光ったフラッフィーは、今度はどんどん小さくなっていつものフランマくらいの大きさになった。おお、フランマと良い勝負するレベルの尻尾のもふり具合だ。
「わあい、名前貰った〜!」
嬉しそうにそう言うと、大型犬サイズになったフラッフィーはその場でぴょんと飛び上がった。
予備動作無しで余裕3メートル。
ううん、やっぱりうちの従魔達の運動能力はちょっとおかしいレベルだって。
「ほらおいで」
笑って両手を広げてやると、そのままもう一度飛び跳ねて俺の胸の中へ飛び込んで来た。
支えきれずにそのまま後ろに押し倒される。
「あはは、これは最高だぞ」
覆い被さるみたいにして、全身で甘えてくるフラッフィーを思い切り抱きしめてやり。もふもふな尻尾を両手で撫でさする。
「何、私の尻尾が好き?」
得意気にそう言ったフラッフィーは、起き上がって尻尾の先で俺の顔をポフポフと叩き、それからくるっと身をくねらせて少し離れた。
「ええ、もう終わりか?」
笑いながらそう言って起き上がると、また擦り寄って来てもふもふ尻尾を俺の鼻先で揺らす。
何これ、俺、もしかして尻尾でじゃらされてる?
思わず掴もうとすると、スルリスルリと逃げていく。
「尻尾を追いかけるから逃げられるんであって、胴体を捕まえれば必然的に尻尾はついてくるんだよ!」
そう叫んだ俺は、両手を広げてフラッフィーの上から抱きついてやった。
「きゃ〜捕まっちゃった〜!」
わざとらしい悲鳴を上げるフラッフィーの尻尾に手を伸ばし、俺はもふもふの尻尾を心ゆくまで堪能させて貰ったのだった。
「楽しそうだな」
「そうだね、すごく楽しそうだね」
アーケル君とリナさんが、テイムしたフラッフィーと戯れる俺を見て揃って呆れたようにそう言い、ジャガー達が確保している三匹のグリーンフォックスを振り返った。
「とにかく俺達もテイムしよう」
「そうだな。まずはテイムするべきだな。感想はそれからにしよう」
二人は頷き合ってしみじみとそう言うと、一つ深呼吸をしてからそれぞれグリーンフォクスと向き直ったのだった。