グリーンフォックスの森
スライムの巣を後にしてしばらく従魔達を走らせた俺達は、カルーシュ山脈に近い場所までやって来ていた。
「あの向こうの森を超えると、もう境界線の安全地帯だよ。だからグリーンフォックスをテイムしたらそのまま境界線へ移動してそこで一泊だ」
「ああ、なるほど。了解だ。で、そのグリーンフォックスがいるのって……もしかしてあの森?」
そう言いながら指差したのは、目の前に立ちはだかる、雑草が深く生い茂るかなり鬱蒼とした森だ。
ううん、大柄な俺達の従魔で入るにはかなりキツそうだけど大丈夫かな?
不安そうに眺めていると、大型犬サイズになったソレイユとフォールをはじめとした全員の猫族軍団が次々と集まり、ランドルさんの猫科の従魔のクグロフとモンブランまで集まって何やら相談を始めた。ちなみに猫族軍団のリーダーはニニのもよう。
「じゃあそれで行くわね。皆よろしく〜! ファイン達はご主人達をしっかり守っててね」
ニニの声に、どうやら留守番を言いつけられたらしいオオカミ軍団が次々に吠えて返事をする。
そのまま猫族軍団は二手に分かれて森に飛び込んでいってしまった。
ちなみに、セーブルも大型犬サイズのままで一緒に行ったよ。
「なあ、もしかしてあれってグリーンフォックスを探しに行ってくれたのか?」
苦笑いしながらマックスの首のあたりを撫でながら質問する。
「ええそうですよ。ああいった死角が多い場所は我々よりニニ達の方が狩りは上手いですからね。ここは任せておいて良いと思いますよ」
「おお、そりゃあ頼もしいな。じゃあ俺達はここで待ってれば良いんだな?」
「ええ、そうですね。でもそれならもう少し下がって、こっちの草地の辺りにいた方がいいですね。ニニ達が森から飛び出して来たら、ここではまともに鉢合わせしますよ」
どうやら獣道らしき隙間が草の間から見えるので、多分ここから飛び出してくるんだろうと思われた。
どんな風に追い込んでくれるのか分からないので、ここはマックスの言う事を聞いておくべきだろう。
笑って頷いた俺が、何が何だか状況が分からず置いていかれて困っているハスフェルやリナさん達を振り返った。
「ええと、マックスによると、猫族軍団達が森の中でグリーンフォックスを探してくれるそうですよ。で、ここは森から近過ぎるので、そっちの草地で待ってて欲しいそうです」
「あはは、そりゃあありがたい。じゃあぜひお願いするとしよう」
笑ったハスフェルが、つまらなさそうにしていたシリウスを撫でて俺が言った草地へ向かわせる。ギイとオンハルトの爺さんも続くのを見て、皆もそれに続いた。
リナさんとアーケル君は、ニニとセーブルの背から降りた後はそのまま地面に立っている。
少し考えて、俺の従魔のオーロラグレイウルフのファインにリナさんを乗せ、ランドルさんの従魔のグリーングラスランドウルフのマフィンにアーケル君を乗せてもらった。
従魔に乗ってるだけで危険度はぐっと下がるからね。
ここは安全第一で行こう。
「じゃあ、まずはリナさん。二匹目がいたらアーケル君がテイムかな。余裕があったら俺もテイムさせてもらうよ。狐はまだ一匹も仲間にいないから、ぜひともテイムしたい」
顔を見合わせたリナさんとアーケル君は、揃って頷きアルデアさんを振り返った。
「親父はどうするんだ? 騎獣が欲しいなら四番目で良ければテイムしてやるぞ」
あ、そっか。リナさんとアーケル君が従魔に乗るのなら、一緒に旅をしているアルデアさんにも騎獣は必要だよな。
苦笑いしたアルデアさんは、アーケル君の問いかけに頷いた。
「そうだな。じゃあお願いしようかな。俺だけ歩きってのも癪だしな」
「おう、任せろ」
笑って胸を張るアーケル君を見て、リナさんはさっきからずっと笑っている。
もう、すっかり立ち直ったらしい彼女の吹っ切れた笑顔を見て、俺まで嬉しくなってきたよ。
思いだすに出会いは最悪だったけど、今となってはこの家族との縁にも感謝だね。
「今度の春の早駆け祭りが大変な事になりそうだな。リナさん一家も絶対参加するだろう?」
単なる思いつきで何も考えずにそう言ったら、ハスフェル達がいきなり笑い出した。
「確かにこれだけ強い従魔に乗る魔獣使いが増えればそりゃあ大変だな。よし、街へ戻ったらエルに言っておいてやろう。一緒に走らせるにしても、馬と従魔は別枠でオッズを組まないと、もう絶対馬では勝てなくなるぞってな」
「確かに、何ならあと二、三周くらい余裕なんだから従魔達にはそれくらい走らせてやってもいいかもな」
笑ったギイの言葉に、ランドルさんとリナさん達まで揃って吹き出したあとに大喜びで手を叩き始めた。
「それ良い。絶対参加する。春までにもっと足の早そうな従魔をテイムするぞ!」
いきなりやる気満々のアーケル君を見て、俺は必死になってマックスにしがみついて全力疾走した、あの最後のゴール前のホームストレッチの光景を思い出してちょっと泣きそうになったよ。
ううん、テイマー仲間が増えるのは大いに嬉しいんだけど、そろそろ打ち止めにしてくれないと、俺の三連覇の夢が露と消えそうだ。
のんびりとそんな事を従魔に乗ったまま話していると、森の中からいきなりものすごい咆哮が響き渡り、俺たちは揃って飛び上がった。
「おお、今のはティグの声だな。じゃあそろそろ来るかな」
草地を取り囲むみたいにして広がった俺達は、それぞれの従魔に乗ったままで黙って待った。
もう一度ティグの吠える声が聞こえた後、応えるみたいなセーブルの咆哮も聞こえてちょっと心配になってきた。
「なあ、グリーンフォクスってどれくらいの大きさなんだ?」
すぐ隣にいたハスフェルに、小さな声でそう尋ねる。
「そうだな。普段の大きさは……シリウスより一回り小さいくらいだぞ、かなり獰猛だし強い」
その予想以上の大きさに、俺は思わず目を見開いた。
シリウスはマックスとほとんど変わらないくらいの大きさで、マックスよりも毛が滑らかなのでちょっと細身に見える程度で、体の大きさ自体はほとんど変わらない。
そのシリウスよりも一回り小さいくらい?
それの尻尾って……もしかしなくても滅茶苦茶デカイんじゃね?
脳内で俺の知るキツネを想像して、その体に対しての尻尾の大きさを考え、それをそのまま巨大化させる。
ナニソレ、どう考えても超もふもふパラダイスじゃんか。
ああ……俺、その尻尾に抱きついたら幸せのあまり昇天するかも。
密かに笑み崩れた俺は、もう絶対にテイムしてやると心に誓っていたのだった。