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バッカスさんからの贈り物

 次に、長剣と呼ばれる俺が普段装備しているくらいの長さの剣が並んだコーナーへ行く。

「ケンならこの辺りかな」

 そこにいたハスフェルが、一本の剣を取り出して見せてくれた。

「ああ、これって最初に使ってた剣くらいの重さだな」

 鞘からは抜かずにそのまま持って構えてみると、今使っているのよりも少し重いくらいでほとんど変わりない。これなら問題なく使えそうだ。

「少々値段は張るが、使われている素材がこれもミスリルの合金だよ。手入れも簡単だから良い剣だな。予備にするのは勿体無いくらいだよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあこれにするよ。それと悪いけど、後で念の為手入れの仕方も一通り教えてくれるか」

 小さな声でそう言うと、一瞬驚いたように俺を見たハスフェルは、苦笑いしつつ頷いてくれた。

「そうか、そこからか」

 呆れたように呟いて、うんうんと頷きつつそのまま一緒に別の棚へ向かう。

 素直に俺もついて行くと、そこには武器の手入れをする為の細々とした道具が色々と並んでいた。

「クロスはこれを使え。赤鹿の革が一番良い。今の武器なら砥石はこれとこれがあれば充分だな。あとは錆止め用のオイルだな」

 そう言って、クロスは束になったのをまとめて取り、砥石とオイルの入った瓶も取り出して籠に入れた。

「それならこっちを買っておけ。オイルよりも扱いが簡単だからな」

 ギイがそう言って、横の棚に並んでいたハンドクリームみたいな入れ物を一つ取って俺に見せる。

「それは何? 塗り薬っぽいけど」

 蓋を開けてみると、白っぽいクリームが縁ギリギリまで入っている。

「オイルに粉末の磨き粉を練り込んでクリーム状になるまで泡立てた手入れ専用のオイルクリームだよ。俺も時間が無い時なんかには使っているが、オイルよりも簡単に扱えて楽だぞ」

「ああ、確かにそうだな。じゃあそれも買っておくと良い」

 ハスフェルもそう言ってくれたので、素直に頷き蓋を閉めたそれも籠に入れておく。

 選んだ武器は、オンハルトの爺さんがカウンターへ持って行ってくれているので、手入れ道具の入った籠を持ってカウンターへ向かった。



「じゃあ、これだけかな。お願いします。おお、良い音だ」

 会計をしてもらう為に、カウンターにいたバッカスさんのところへ行く。

 ここからは見えないけど、カウンターの奥にある工房からは賑やかな金属を打つ音がひっきりなしに聞こえている。

 聞くと奥の工房では、今まさにヘラクレスオオカブトの剣を作るための錬成の作業が始まっているらしく、ドワーフギルドからの応援の人達と交代しながら三日がかりの作業の真っ最中らしい。

「アーケル君の剣ですね。他人事だけど、俺も出来るのを楽しみにしてますよ。頑張ってください。奥で作業をしてるのにここにいるって事は、今はバッカスさんが店番なんですね」

 店の外のワゴンに一人と店内にもう一人、作業着みたいなのを着た見慣れないドワーフの人がいるから、どうやら店番もドワーフギルドから応援要員をもらっているみたいだ。

「そうなんです。さすがに応援の人だけに店を任せる訳にはいかないんでね。一応誰かが一人は店に出ているようにしてるんですよ。でも奥が気になって仕方がなくてね。こっそり見に行っては叱られていますよ」

 照れたようにそう言って笑うバッカスさんは、だけどとても良い笑顔だ。



「ああそうだ、ケンさん。ちょっと待ってください」

 バッカスさんがそう言って、会計する前に何かを取りに奥へ下がった。

「何だ?」

 ハスフェルと顔を見合わせて待っていると、バッカスさんは綺麗な細工の入った革製の鞘に入ったナイフを何本か持って出て来た。

「実は、これを皆さんに貰っていただこうと思いまして。ケンさんにはこれを」

 そう言って差し出されたのは、そのうちの一本だった。

「いやいや、それなら一緒に買いますよ」

 そう言って受け取ろうとしたんだが、バッカスさんは笑って首を振った。

「これは、ケンさんも見ていただいた一番最初に炉に火を入れた際に作った片刃のナイフです。革製の鞘は、ブライが張り切って作ってくれましたよ」

 見事な細工の入ったそれは、実用品と言うよりはコレクションアイテムとして置いておきたくなるくらいに見事な出来栄えだ。

「こちらも良ければお好きなのを選んでください。二度目の火入れで作ったナイフです」

 そう言ってハスフェル達に残りのナイフを見せる。

 これも、どれも見事な細工の入った革製の鞘に収まっている。柄の部分は、俺のもそうだったが恐らく何かの角のようで、綺麗に磨かれた表面には細かな波紋のような模様が見えている。

「よろしいのですか?」

 ハスフェルの言葉にバッカスさんはこれ以上ない笑顔で頷く。

「飛び地では本当に世話になりました。あれだけの素材を手に入れられたなんて感謝しかありません。こんなものではとてもお返しにもなりませんが、どうかお持ちください」

 顔を見合わせた三人は、揃って嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございます。では遠慮なく頂きます」

 笑顔で嬉しそうに選び始めた三人を見て、俺もバッカスさんから貰ったナイフをそっと撫でた。

「ありがとうございます、ではこれは遠慮無くいただきます。でもこんなに綺麗だと勿体無くて使えなさそう」

 誤魔化すようにそう言って笑うと、バッカスさんだけで無く店にいたドワーフの人達が全員揃って振り返った。

「いえいえ、道具は使わなければ意味がありませんよ。どうぞ遠慮なく使ってどんどん汚してください。手入れの相談にもいつでも乗りますし、研ぎ直しも受け付けますからね」

「確かにそうですね。じゃあ遠慮なく使わせてもらいます」

 真顔でそう言われて俺も笑顔で頷いたよ。うん、確かにその通りだ。道具は使ってこその値打ちだもんな。

 って事で、剣帯についていた胸元の小さな金具にもらったナイフを取り付けてみた。

「おお、いい感じだ」

 小振りのそのナイフは、剣帯に馴染んで全く不自然さが無い。まるで誂えたみたいだ。

「じゃあこれはこのまま付けて行きますね。本当にありがとうございました」

「ええ、よくお似合いですよ」

 バッカスさんに嬉しそうにそう言われて、がっしりと握手を交わした俺達だった。




 買った剣と手入れの道具一式を自分で収納したところで、ちょうどリナさん一家が店に入って来た。

「ああ、あの音って、そうなんですよね!」

 店に入るなり聞こえて来る金属音に反応したアーケル君が、目を輝かせてカウンターに駆け寄って来る。

「はい、そうです。今中盤に差し掛かった辺りですね。皆久々の大仕事に張り切っておりますから、どうぞ出来上がりを楽しみにしていてください」

「はい、よろしくお願いします!」

 ぶんぶんと音がしそうなくらいに何度も頷いたアーケル君は、そのままの勢いで俺を振り返った。

「おおう、びっくりした」

 笑ってそう言ってやると、照れたように笑ったアーケル君はちょっと様子を伺うみたいに俺の手元を見た。

「それで、ケンさんの用はもう済んだんですか?」

「ああ今終わったところだよ。じゃあもう行くかい?」

「よろしくお願いします!」

 これまた嬉しそうにそう言われて、俺はハスフェルと顔を見合わせて小さく吹き出した。

「じゃあお邪魔しました。頑張ってくださいね」

 バッカスさんにそう言って、俺達は揃って店を後にしたのだった。

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