バッカスさんの店にて
「それじゃあ本当にありがとうございました。大事に食べますね」
台所でまた料理の続きを始めたネルケさんにもう一度お礼を言ってからクーヘンと一緒に厩舎へ行き、待っていてくれた従魔達と合流した俺はクーヘンの店を後にした。
店の外まで出て見送ってくれたクーヘンに手を振り返し、マックスの首元を撫でながら歩いている俺は、もう込み上げてくる笑顔を止められなかった。
「いやあ、まさかあの美味しいソーセージをあんなに沢山いただけるとはねえ。料理をするのが楽しみだよ」
思っても見なかったプレゼントに嬉しくてたまらずそう呟くと、右肩にいたシャムエル様がいきなり膨らんだ尻尾を俺の頬に叩きつけた。
「ポ、ト、フ! ポ、ト、フ! 早く食べたいポトフっふ〜〜!」
謎の即席ポトフの歌を歌いながら、ご機嫌で俺の肩の上で飛び跳ねて踊り始める。
「はいはい、だけどまずは俺の予備の武器を探しにバッカスさんの店へ行くんだからな。ポトフはまた今度な」
「ええ、今日は作ってくれないの〜〜」
踊るのをやめたシャムエル様が、ちっこい手で俺の耳たぶを引っ張る。
「痛い痛い、やめてください。今夜はリクエストのカレーを仕込むから駄目です」
「ああ、それなら許す。私はカツカレー全部乗せをお願いします!」
何故かドヤ顔のシャムエル様の言葉に、俺は呆れたように笑いつつ頷いた。
「了解。まあ楽しみにしててくれよな」
手を伸ばしてもふもふ尻尾を突っついてから、バッカスさんの店へ向かった。
「おう、遅かったな。何かあったか」
バッカスさんの店に到着して、勝手に従魔達を厩舎に連れて行きそこで待っていてもらった俺は、またスライム達だけを鞄に入れて店へ入った。
今のところは行列は無く、店内にはそれなりに人はいるがそれほどの混雑ってわけでは無いみたいだ。
先に来ていたハスフェル達が、俺が店に入ったのに気付いて揃って振り返る。
「いや、大丈夫だよ。食材の買い出しはこれで多分完璧だと思うぞ」
「何だ、そっちか。それなら問題ないな」
笑ったギイの言葉に俺も頷き、カウンターから笑顔でこっちを見ているバッカスさんに俺も笑って一礼した。
「どう、良さそうなのはあったか?」
正直言って、武器の目利きなんて俺にはさっぱりなので、もう彼らに丸投げする気満々だ。
「ああ、それじゃあまずは短剣からだな」
オンハルトの爺さんが、そう言いながら俺を武器の在庫が並んだところへ連れて行ってくれる。
「短剣は、剣帯のここに装着出来るようになっている……何だ、短いのを持ってるじゃないか」
そう言われて、腰に装備したっきりすっかり忘れていた短剣を取り外して見る。
そうだよ。完全に存在を忘れていたけど、確かクーヘンと初めて出会って彼の装備を買った時に、俺も一本石付きの短剣を買ってたんだよな。
だけど改めて見てみると、刃渡りはかなり短くてちょっと物を切るのに使うナイフと変わらないくらいしかないし、手を守るガードも無いタイプだ。
オンハルトの爺さんによると、良い出来ではあるがこれは武器じゃなくて、いわゆる術の発動補助の為の杖として使うものらしい。
確かにクーヘンが買った短剣よりも俺の方が短かったな。
「まあ、お前さんは何もなくてもあれだけの術を使えるんだから、今更石の補助は要らんさ」
からかうように言われて笑った俺は、取り外した石付きの短剣をそのまま一旦収納した。
「それでお前さんが持つ短剣ならこの辺りだな。扱いには少し慣れが必要だが室内のように狭い場所では絶対に必要な武器だ。最低でも予備を含めて二本は持っておけ。何なら扱い方はまた改めて旅の間に教えてやるよ」
真顔でそう言われて素直に頷いた俺は、分からないなりにも順番に見ていった。
ちなみに今、俺が使っているのはシャムエル様から貰った二本目の剣で、これは総ミスリル製の高級品らしい。軽くてよく切れるし手入れもほとんどいらない優れものだ。出来れば同じようなミスリル製の短剣が欲しくて聞いてみたんだけど、さすがに短剣の店頭在庫品では、高級品である総ミスリル製は置いていないらしい。
欲しければ別注になるなとオンハルトの爺さんに言われて、俺はとりあえずは在庫品で充分だと言って顔の前で手を振ったよ。
色々オンハルトの爺さんに見てもらって、手入れがほとんど要らないのだというミスリルと鋼の合金製の短剣を二本選んだ。
そのうちの一本の柄の部分には、小さいが青い石が嵌っていてアクアマリンだと言われて笑っちゃったね。アクアマリンなら以前買った石と同じだよ。
革製の鞘の先には金属の当てがしてあってしっかりと補強されている。
聞くと、鞘は別に選ぶ事も出来るらしいけど構わないのでそのままもらう事にしたんだが、ここで問題が発生した。
鞘の根元には金具がついていて、長剣と一緒に装備する事が出来るらしい。
だけど確認の為に取り付けさせてもらったら、案外邪魔になるみたいだ。
まあ慣れもあるのかもしれないが、何となくだけどどうにも拭えない違和感を感じてしまって戸惑っていると、それならやめた方が良いとオンハルトの爺さんに真顔で止められた。
どうやら武器同士の相性みたいなのがごく僅かだが確実にあるらしく、無理に取り付けると咄嗟の時に動きが邪魔される可能性があるから駄目だと言われた。
ええ、そんなの今初めて知ったぞ。
それで相談の結果、二本とも以前と同じく腰のベルトの後ろ側に横向きに取り付ける事が出来る別の鞘に変えてもらった。
「じゃあ次は長剣の予備だな」
選んだ短剣はそのまま取り置いてもらい、ハスフェルが見ている隣の長剣が並んでいるコーナーへ、オンハルトの爺さんと一緒に移動して行った。
ううん、武器選びもちょっと楽しいかも。
バイゼンヘ行ったら、コレクションとして気に入った武器を集めてみるのもいいかもしれないな。
そんな事をのんびり考えている俺だったよ。