セーブルとヤミーの事
「大好きな前のご主人を……忘れさせる事なく、新たな主人がその上に重ねて紋章を刻む。そんな事が出来るなんて、考えても見なかったわ」
半ば呆然と涙目のまま呟くリナさんの目は、大型犬サイズに戻ったセーブルに釘付けのままだ。
リナさんと目を合わせたセーブルが、甘えたように目を細めて声の無い鳴き真似をする。ううん、これも声の無いにゃーと言って良いのだろうか? いや、そもそもセーブルはニャーとは鳴かないよな?
そんな事を考えつつ、手を伸ばしてセーブルを撫でてやる。
「この子をこんな形でテイム出来たのは、仲間達の協力があったからこそです。文字通り体を張って俺とランドルさんとバッカスさんを上空に逃して、無謀とも言えるほどの戦力差でありながら戦ってくれたハスフェル達と従魔達のおかげで、その戦いの合間に、セーブルが叫んだ魂の叫びとも言える声を俺が何とか拾い聞く事が出来たんです。そのおかげでセーブルの置かれていた状況が分かって何とかテイムしたんです……まあ、ちょっと今から思えば無謀なやり方でしたけどね。結果オーライです」
誤魔化すように笑って肩を竦めると、何故かハスフェル達三人から一斉に頭を叩かれた。
「痛い! 何で叩くんだよ!」
「あれがちょっと無謀?」
「寝言は寝てから言え」
「全くだぞ。見ていたこっちの心臓が止まる所だったぞ」
「すみませ〜ん」
真顔の三人に突っ込まれて、反射的に謝る俺。
「……一体、何をやったんですか?」
リナさんに思い切り不審そうに聞かれて、振り返った俺は誤魔化すようにもう一度笑って肩を竦める。
「セーブルが現れた直後に、巨大化したファルコとローザが協力して俺をローザの背中に乗せてくれて、そのまま上空を旋回して待機していたんです。ランドルさんとバッカスさんも同じように鳥の従魔の背中に乗せてもらっていました」
「そ、それは当然でしょう。こう言っては何ですが、ただの人間にどうにか出来るジェムモンスターでは有りませんよ。ハスフェルさん達は、よくあの巨大なオーロラグリズリーを相手に戦えましたね」
「まあ、我々はちょっと色々と特別なんでね」
こちらも誤魔化すようにそう言ったハスフェルが笑って首を振る。
それはこれ以上聞くなと言っているかのようで、即座に言葉の裏を理解したアルデアさんが俺を見る。
誤魔化すように目を逸らした俺は、擦り寄ってくるセーブルを撫でてやりながら小さく笑ってセーブルの首の後ろを叩いた。
「上空から、ここへ飛び降りたんです。見事に着地しましたよ。それで、首に突き刺さっていたハスフェルの剣を抜いて落とし、そのまま首にしがみついて目を塞いだんです」
リナさん一家の目が、これ以上ないくらいに見開かれる。
「うわあ、それ絶対死んでるよ」
「そうよね。普通じゃないわ」
アーケル君の呟きに、リナさんがそう言ってコクコクと頷いてる。
「そうか。見かけは人間だけど、ケンさんは人間じゃあ無かったんですね。いったい何の種族ですか? それとも、もしや樹海独自の進化を遂げた新たな人間の亜種なのでしょうか?」
目を輝かせたアルデアさんが、何やらとんでもない事を聞いてくる。
そこ、良い事聞いた! みたいな顔で手を打つんじゃねえよ。シャムエル様!
脳内で思いっきり突っ込みつつ顔の前で必死に手を振る。
「いやいやただの人ですって。だけどあの時はちょっと頭に血が上ってましてね。何と言うか、俺なら絶対出来るぜ! って感じで勢いつけてやっちゃったんですよね。まあ、我ながら無謀な事したなあ、とは思いましたけどね」
「しかし、目を塞いだだけでは確保したとは言い難いでしょうに。一体どうやってその状態でテイムしたんですか?」
真顔のリナさんの質問に、俺はセーブルを両手で抱きしめてやった。
「説得したんですよ。耳元に口を寄せてこう言ってやりました。俺が引き受けてやる、だから俺の従魔になれ。ってね」
「ど、どうなったんですか?」
アーケル君が、まるで珍獣を見るみたいな目で俺を見ながら質問する。
「嫌だ、忘れたくない。セーブルはこう叫んだんです。だから俺は言ってやりました。大丈夫だ、忘れなくていい。全部持ったままでいい。ってね」
「全部、持ったままで……」
「はい、それでマックスとニニに前のご主人の事を話してもらったんです。ああ、だけど今から考えたら、俺の従魔であるマックスとニニとセーブルは話が出来たんだから、もしかして、あの時点でもう俺の従魔になってたんじゃないか?」
笑った俺の言葉に、セーブルがまた目を細めて笑うみたいな顔になる。
「おそらくそうだったんでしょうね。あの時点で、私はもうご主人の支配下にあったんだと思います。実はあの時、体の中が不思議なくらいにポカポカと、まるでお日様に当たっている時みたいに暖かくなっていたんです。あれがご主人の暖かさだと気がついたのは、紋章を授けて頂いた後だったんですけれどね」
甘えるみたいにそう言って、セーブルが俺の腕の中に頭を突っ込んで来る。
「上手くいって良かったよ。そして、こっちも大騒ぎだったのがヤミーだよな。ちょっと元の大きさに戻ってくれるか」
笑ってセーブルの側にいた雪豹のヤミーを撫でてやる。
一気に巨大化するヤミーを見てリナさん達が絶句する。
まあ、ヤミーもセーブルほどじゃあないけど、かなり大きいもんなあ。
しかし、そんな彼女達の驚きなどどこ吹く風で、ヤミーは俺に甘えながらご機嫌で太い尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「まだ、まだ何かあるんですか?」
リナさんの叫ぶような声に、俺とハスフェル達が揃って吹き出す。
「そうなんですよ、これがまたとんでもなくてね」
笑いを堪える俺に、ヤミーが力一杯頭突きしてくる。
「ご主人、笑わないで!」
「ああ、ごめんごめん」
笑いながら謝って、大きくなった頭を抱きしめてやる。
「何がどう、とんでもなかったんですか?」
リナさんの言葉に、俺はヤミーの顔を捕まえてリナさんの方に向けた。
「セーブルは、俺が引き受けてやるって説得してテイムしたんですけれどね。こいつは何と、自分からテイムしてくれって俺に言って来たんですよ」
「はあ? 何ですか、それは! 自分からテイム志願して来たですって?」
もう、その時のリナさんの驚き顔は、ちょっとした見ものだったね。