セーブルの事
「セーブル、おいで」
俺の声にセーブルが嬉しそうに駆け寄って来る。しかも、声の無い鳴き真似をしながらだ。
「何だよそれ。可愛いじゃないか、この野郎〜!」
笑ってそう言いながら飛びついてきたセーブルの大きな顔を抱きしめてやると、額を俺の胸元に押し付けるみたいにしてぶつけてきた。
最近のセーブルは猫族軍団といつも一緒にいる為か、時々甘える仕草とかが猫っぽい気がする。
甘えて嬉しそうにしながら唸るセーブルに驚いて顔を上げると、急に俺が顔を上げたもんだからセーブルも驚いて唸るのをやめて顔を上げる。
しかもその顔は、ええ、どうしたの? と言わんばかりにキョトンとしているので、思わず無言で見つめ合ったよ。
「そっか、セーブルは熊だから、残念ながら他の子達みたいに喉は鳴らせないから代わりに唸るんだな」
「いけませんか?」
恐る恐るって感じに聞いてくるセーブルを俺はもう一度笑ってしっかりと抱きしめてやった。
「全然大丈夫だぞ。怒ったり警戒してる時の唸り声とは全然違ってるから分かるよ」
「良かった。ご主人を怖がらせたんじゃないかとちょっと心配しました」
甘えるようにそう言ってまた頭を擦り付けるセーブルを撫でながら、俺はリナさんを振り返った。
「このセーブルは、巨大化すると四つ足でいてもこの部屋の天井まで届きますよ」
俺の言葉に、リナさん一家が無言で天井を見上げる。
この世界の普通の家は知らないけど、少なくとも冒険者ギルドの宿泊所の屋根より余裕で高いこの部屋の天井。
だけど、一番巨大化したセーブルなら余裕で頭がつっかえるであろう高さだ。
何しろ、今まで俺の従魔達の中では一番大きかったマックスやオーロラグリーンタイガーのティグよりも余裕でデカいんだからな。
俺は、あのセーブルと初めて会った時の最強さを思い出して苦笑いする。
「セーブルは、カルーシュ山脈の麓でテイムした子です。ちなみにオーロラグリーンタイガーのティグと、オーロラグレイウルフのテンペストとファイン、それからオーロラブラウンカラカルのマロン。それにオーロラホワイトスノウレオパードのヤミーも、そこでテイムしたんですよ」
目が点になってるリナさん一家に笑いかけ、俺は順番に紹介してやる。
「最強の魔獣使いの名は伊達ではありませんね。まさかオーロラカラーのジェムモンスターを、これほど複数テイムされていたとは」
「特に苦労したのが、こいつだったんですよ。セーブル、ちょっとこの部屋にいられる上限まで大きくなって見せてくれるか」
額を撫でてやって、軽い口調でそう言ってやる。
「良いですよ。じゃあちょっと離れますね」
得意気にそう言い、離れるセーブル。
それを見て、寛いでいた他の従魔達が部屋の隅へ移動する。
「では大きくなりますね」
そう言って、まるで風船がふくらむみたいにどんどん大きくなるセーブル。
おお、改めて見るとやっぱりデカいなあ。
「ええ、有り得ない……あんな大きさ、絶対あり得ない……」
目を見開いたまま震えたリナさんが、そう呟いたきり天井スレスレまで巨大化したセーブルを見上げて絶句している。
アルデアさんとアーケル君は、本当の子供みたいに互いに手を取り合って見上げたままブルブルと震えている。
まあそうだろうな。あのハスフェル達でさえ巨大化したセーブル相手に苦戦したんだからな。いくら腕が立つとは言え小柄なリナさん一家からすれば、そりゃあ今のセーブルは悪夢そのものだろう。
「こんな見かけだけど、セーブルの主食は果物や昆虫なんですよ。まあ肉もあげれば食いますが、肉食チームみたいに定期的に狩りに行かせる必要が無いので、俺としては有難い子なんですよね」
一応フォローのつもりでそう言ってみたんだけど、リナさん一家は固まったままだ。
「いや、ケンさん……この大きさは、草食とか肉食とか言う段階の話じゃありませんよ」
「だよな。絶対おかしい。一体どうやったらこんな大きなジェムモンスターが生まれるんですか」
リナさんの呟きとアーケル君の叫びに、アルデアさんが何度も頷く。
「さすがはジェムモンスターに詳しいですね」
俺なんかより、って言葉を飲み込んで笑って肩を竦める。
「セーブルは、聞いたところ五十年以上生きている、恐らくジェムモンスターとしては最長クラスの長生きなんだよ」
「いや、それは有り得ませんよ。ジェムモンスターの寿命は、長くても二十年程度ですよ」
さすがにその辺りには相当詳しいであろうアルデアさんの当然の言葉に、俺は笑って頷く。
「普通はそうなんでしょう。でもこいつはちょっと事情が特別でね。ありがとうな。もういつもの大きさに戻ってくれて良いぞ」
俺の言葉に、セーブルがいつもの大型犬サイズに戻って、また側に駆け寄ってくる
「ほら、胸元の俺の紋章を見せてくれるか」
二本足で立ち上がったセーブルの胸元を示して、俺が刻んだ魔獣使いの紋章を見せる。
「ほら、ここ。分かりますか。前のご主人が刻んだ紋章がそのまま残っているんですよ」
俺の言葉に、リナさんが目の色を変えて覗き込んでくる。
無言で俺の紋章を何度も確認した後、彼女はまるで異星人を見るみたいな目で俺を振り返った。
「一体、一体何をしたらこんな事が可能なんですか!」
叫ぶような声でそう聞かれてしまい、俺は苦笑いするしかない。まあ魔獣使いとしては当然の疑問だろう。
そこで俺は、セーブルから聞いた前のご主人との事をかいつまんで話した。
「大好きだ絶対忘れないからね。前のご主人の最期のその言葉を、大好きだから絶対に忘れないで……そう聞いてしまった」
半ば呆然とリナさんが小さな声でそう呟く。
「通常、魔獣使いが亡くなったら、テイムしていた従魔達は紋章が消えて解き放たれる。記憶が完全に消えるまでにはある程度の時間はあるから、従魔達はその間に野に帰り、ただのジェムモンスターとしての生涯を終える。だけどセーブルはそうはならなかった。ご主人の最期の言葉をそう聞いてしまったセーブルは、他の仲間の従魔達が次々に解放されて消えていく中、繰り返し繰り返しご主人を思い出し続け、文字通り全身全霊をかけて忘れてしまう事に抵抗した。そうしてさすらい続ける間もマナを得てジェムは育ち続け、これほどの大きさにまで育ってしまった。どうやらそのおかげらしく、セーブルは術に対する耐性も異様に高くてね。攻撃系の術はほとんど散らされて本体に届かないんだよ」
俺の説明に、またしても絶句するリナさん一家。
そして涙目になってセーブルを見つめているリナさんを見て、俺は、俺が伝えたい事が彼女に正確に伝わっている事を密かに確信していた。




