新しい旅の仲間だよな
「貴女が受けたその想像を絶する辛かった経験には、俺が何か言えるとは思えない。ただ、今の貴女の心が穏やかであるように願います」
まず、今の俺の立場と考えを一番に伝える。
リナさんは、その言葉に驚いたように顔を上げて俺を見た。
「驚いた。てっきり……貴女は悪くないとか、もう忘れろとかって言われるとばかり思ってました」
「いや、そりゃあ正直言って本音を言わせて貰えば、そう言いたいのは山々なんですけどね」
わざと笑って軽い調子で言っておく。
「でも、恐らくそんな言葉は貴女の旦那様であるアルデアさんからずっと、それこそ聞き飽きるくらいに言われた言葉でしょう?」
苦笑いして頷く彼女とアルデアさんを見て、俺も笑って肩を竦めた。
「だから、それは知り合って間もない俺が言えるような言葉じゃないと思うのでね」
そう言って、残っていた少し温くなった白ビールを飲み干した。
「この後は、少し込み入った話をしたいのでちょっと場所を変えませんか。よかったら全員揃って元幽霊屋敷にお招きしますよ」
出来たらここからは従魔達を前にして話したかったので思い切ってそう切り出してみる。
「ええ〜! よろしいんですか!」
なぜか大興奮状態のアーケルくんの叫ぶ声に、リナさんとアルデアさんが慌てている。
「いやいや、そんな訳にはいきませんって」
「お気になさらず。無駄に広いだけですって。じゃあ行きましょうか」
笑ってそう言い、相談の結果、ギイとオンハルトの爺さんが奢ってくれると言うので、彼らの手持ちのチケットで精算してホテルを後にした。
「あの、本当によろしいんですか?」
アルデアさんの遠慮がちな言葉に、振り返った俺は笑って頷く。
「もちろん遠慮なくどうぞ。まだ買ったばかりで片付いてないところもあると思いますけどね。新しい旅の仲間との友好を深める意味でも、同じ釜の飯を食う意味はあるのでは?」
この言い回しを理解してくれるか若干不安だったんだけど、俺の言葉にアルデアさんは分かりやすく笑顔になった。
「おお、確かにその通りですね。では遠慮無くお世話になります」
笑顔で差し出されたその手を改めてしっかりと握り合った。
あの別荘に相当数あった客間のうち、半分ほどは家具が全く無くてただの空き部屋状態だったんだけど、十部屋ほどは豪華な家具も丸ごとついていて、そのまま泊まれるようになっていたんだよ。
俺達が取り敢えず臨時のマイルームにしたのも、そんな部屋のうちの一つだ。つまり、まだ六部屋まるまる余っているから、リナさん一家にも余裕で泊まってもらえるんだよな。
厩舎のスタッフさん達にお礼を言って、相変わらずピカピカの艶々に綺麗にしてくれた従魔達を引き取り、すっかり暗くなった道を俺達はのんびりと歩いていた。
ちなみに、俺やハスフェル達はいつものようにそれぞれの従魔に乗り、リナさん一家には希望を聞いて好きな従魔に乗ってもらうことにした。
アーケル君は、従魔に乗って良いと言った途端に大興奮した挙句にそこらじゅうを飛び回ってアルデアさんとリナさんに揃って叱られ、必死で悩んだ挙句に、大型犬サイズよりももう少し大きくなったセーブルに乗せてもらう事にしたらしい。彼に選んでもらったセーブルが、ちょっと得意気なドヤ顔になってて、こっそり笑いそうになったのは内緒だ。
アルデアさんは、同じく大型犬サイズのオーロラグレイウルフのテンペストに、そしてリナさんは迷う事なくニニの側に駆け寄った。
「ニニちゃん。別荘まで乗せてくれる?」
そっと額を撫でながら話しかけるリナさんに、ニニはまた嬉しそうに喉を鳴らして彼女に頬擦りしていた。
うん、彼女がニニを気に入って仲良くしてくれるのは大いに結構なんだけど、ちょっと嫉妬心が出てくるのは、俺としては当然だよな?
まだ人通りの絶えない道を大注目を浴びつつ進み、途中からはランタンを取り出して灯しながら別荘へ戻った。
別荘の庭で、従魔達の足をスライムに綺麗にしてもらい、大きな子達には少し小さくなってもらって全員を建物の中へ連れて入った。
リナさん達は驚いていたけど、俺が一緒にいたいから良いんですって言ったら笑って納得してたよ。
ひとまず客間に案内してから、広いリビングに集合する。
従魔達が全員くつろいでいても全く窮屈さを感じない。この部屋って何畳くらいあるんだろう。まじで団体旅行の旅館の大広間レベルだよ……。
って、この発想自体が庶民だよなあ。あはは。
脱線しかけている思考を無理矢理引き戻すと、俺は机の上に適当に酒のつまみになりそうなのを並べる。
それを見て、ハスフェルが色々とお酒の瓶を取り出して並べてくれた。
まあ、もう腹一杯だから飲むとしても少しだけだけどね。
全員のグラスに酒が注がれそのまま飲もうとしたんだが、何故か全員が俺を見ている。
ええ、俺が乾杯の音頭をとるのかよ。
でもまあ、よく考えたらここは俺の名義で買った家なんだから、確かに俺の役目か。
諦めて立ち上がってグラスを掲げる。
「大切な従魔達と、愉快な仲間達に乾杯!」
全員が笑って唱和してくれたよ。
しばらくは何となくダラダラと飲んでいると、真顔のリナさんが俺の隣に移動してきた。
アルデアさんとアーケル君がそれに続く。
「ケンさん。先程の話の続きを」
やや力の入った彼女の言葉に、俺も無言で頷き飲んでいたグラスを置いた。
「俺は魔獣使いです。ご覧の通りに、正直言って分不相応なくらいの力のある子達を数多くテイムしています」
部屋を見渡すと、従魔達が顔を上げてそれぞれに反応してくれる。
尻尾を振り回す子がいれば、転がってお腹を見せてくれる子。声の無いにゃーを返してくれるのは猫族軍団。羽ばたいて賑やかな鳴き声で応えてくれるのはお空部隊だ。
改めて見ると、我ながら感心するレベルの数だな。
「それは、間違い無く貴方の能力でしょうに」
リナさんの言葉に、俺はもう一度苦笑いして肩を竦めた。
「それは創造神様から頂いた力なので、俺の手柄じゃあないですよ。それに、マックスとニニはもっと小さな時からずっと俺の側にいましたから、少し事情は違うけれど、リナさんとルルちゃんとの関係に近いですね」
驚くリナさんに、俺は側に寄ってきたマックスとニニを交互に撫でてやった。
笑って手を伸ばして嬉しそうにマックスを撫でるリナさんを見て、グラスを握りしめたままのアルデアさんとアーケル君が、揃って目を潤ませていたのだった。
さあ、どんな風に話すのがいいかな。
俺は、彼女の横顔を見ながら頭の中でこの後の話の展開を必死になって考えていたのだった。