俺からの提案と彼女の思い込み
「貴女の新たな旅立ちの為に、共に過ごす従魔を集めるお手伝いを俺にさせてもえらえませんか?」
飲んでいたグラスを置いて俺を見るリナさんに向かって、俺は真剣な口調でそう伝えた。
これは元々、彼女達とバイゼンヘ一緒に行くと決めた時から考えていた事だ。
今の彼女にはスライム一匹だけしか従魔がいない。
しかも話を聞く限り、今のリナさんはソロで冒険者をやってて、アルデアさんとアーケル君は親子でコンビを組んでいるみたいだ。まあ、もしかしたらこの後は三人で組むか、残り二人の息子さんも合流するのか、あるいはアルデアさんとのペアになるのかもしれない。いずれにせよ、どうやら彼らは馬を持っていないみたいだから街の移動は乗合馬車か船が頼りになる。
仮に馬を買うとしても、マーサさんと同じく小型のポニーでないと乗れないだろうから、その機動力では、かなりの郊外へ行かないと行動圏に入れない大型のジェムモンスターと出会える確率はかなり低くなるだろう。
仮に強い馬を手に入れて郊外へ出られたとしても、大型の肉食のジェムモンスターを無傷で確保するのは、いくら腕が立つと言っても小柄な彼らにはかなり無理がありそうだ。
せめて草食系の従魔を複数と、移動時の騎獣を兼ねた大型の草食系の従魔か、肉食の猫か犬、出来れば狼系の従魔くらいは必要だろうと思われた。地形を気にしない高速移動が出来る鳥の従魔もいればなお良しだ。
俺の提案に、アーケル君とアルデアさんは分かりやすく笑顔になり、逆にリナさんは戸惑うように小さく首を振っていた。
あれ、喜ばれると思ったんだけどなあ?
俺もリナさんもそろって沈黙する。
何となく、互いの出方を伺ってるような無言のやり取りの後、先に口を開いたのはリナさんだった。
「それはありがたい提案ですが、そこまで甘えるわけには……」
「ええと、甘える、ですか?」
手伝う事が甘えになるのか?
こっちも戸惑いながらそう尋ねる。
するとリナさんは俺を見て真剣な顔で頷いた。
「以前、私にテイムする時の心得を教えてくれた人がいました。人間でしたからもう故人ですけれどね」
「ええと、どんな教えなのかお聞きしても構いませんか?」
俺がこの世界に来てから出会ったテイマーは良くも悪くも全員初心者で、知らないなりにでも俺が教えたり面倒を見る立場だった。
だけど、当然この世界にも魔獣使いは沢山いたわけで、その人の教えなら何はなくとも聞いてみたい。
「自分で確保出来ない魔獣やジェムモンスターを求めてはいけない、と」
うええ、って事は、もしかしてリナさんでも一人でリンクスを確保出来るって事?
それなら俺なんかお呼びじゃないよな。
驚きに目を見開く俺を見て、慌てたようにリナさんがまた首を振る。
「待ってください! あの……ケンさんが今考えてるのはもしかして、私一人で、リンクスを確保出来るんだ!……ですよね?」
コクコクと頷くと、リナさんは必死になって顔の前で手を振った。
「そんなの絶対無理です! そもそも以前私がリンクスをテイム出来たのは、郊外の森で偶然出会って世話をして保護した、恐らく育児放棄された子供のリンクスだったからです」
「ええ、そんな事があるんだ」
小さく頷いたリナさんは、残っていた黒ビールを飲み干して大きなため息を吐いた。
「ルルと出会った時、その街では郊外での密猟者がいて大問題になっていたんです。貴重な野生の羽の綺麗な鳥を大型の罠を使って乱獲する密猟者でした。それでギルドからの依頼を受けて、何組かの冒険者が定期的に郊外の森を巡回して警戒していたんです」
「じゃあ、そのリンクスの母親って……」
小さく頷いたリナさんは、その当時を思い出すかのようにため息を吐いた。
「それは分かりません。ですが、鳥を罠にかけて捕獲している密猟者に野生のリンクスを狩れるほどの腕は無かったと思いますので、森を移動する不審な大人数の人の気配を嫌がって育児放棄したのではないかと、当時は考えました」
その説明にハスフェル達が真顔で頷いている。
確かに、周りが落ち着かなかったりうるさかったりすると、産んだばかりの子猫を放棄する母猫もいるって聞いたことがある。
リンクスも同じだったのかもしれない。
頷く俺達に笑ったリナさんは、両手を広げて普通の猫くらいの大きさを示す。
「初めて会った時、ルルはこれくらいでしたね。仲間と森の中を巡回中に、何か奇妙な気配がすると仲間のエルフが言い出し、私もすぐに気がつきました。それで警戒しつつ森を進むと水場の脇にある大木のウロに、リンクスの子供がいたんです」
驚く俺達に、リナさんが笑う。
「それは明らかに母親からの世話を受けていない個体で、衰弱して死にかけていました。私は癒しの術が使えるのですが、ほとんど効果が無かったので文字通り死にかけていたんです」
「よく助けられましたね」
「仲間が収納袋に持っていた山羊の乳を飲ませてみたところ、ものすごい勢いで食いついてきてあっという間に全部舐めてしまいました。それで放っておけずに、当時、まだスライムとホーンラビットしか連れていないテイマー初心者だった私が面倒を見る事になったんです。ですがリンクスの子供の面倒なんて、どうしたらいいのか分からなくて困っていると、ギルドが隣町に魔獣使いがいるからと言って依頼を出して呼んでくれたんです」
「彼女のおかげで、ルルを死なせずに育てる事が出来ました。一年ほど面倒を見ているとすっかり情が移ってしまって、結局そのままテイムしたんです。ルルは、貴女にならテイムされてもいいと言ってくれました」
そろって拍手する俺達。
「ルルがいてくれたおかげで、その後は大型の肉食のジェムモンスターや魔獣でも易々と確保する事が出来て、私はそれなりに名の売れた冒険者になりました」
そう言って自嘲気味に乾いた笑いをこぼす。
「その後はまあ色々あって……ご存知の通りです。ルルを引き取って大金を払ってくれた貴族は、その時は本当に喜んでいたのですけれどね……」
無言で彼女の背中を撫でるアルデアさんを見て、俺達はそろって新しいグラスを亡くなった従魔達のために捧げた。
「その当時、確保した従魔を借金の代わりに何度も手放す私を見て、その彼女が言ったんです。そんな事はすべきではない。己の手で確保出来ない程の従魔を求めるのは間違っているって」
言葉もない俺達に、リナさんは悲しそうに笑って頷いた。
「今なら分かります。彼女は考えなしに従魔を手放す私を諌めようとしてくれたんでしょう。でもその時の私は聞く耳を持たず、とにかく借金を精算することしか考えていませんでしたからね。結果として、私は借金を完済した代わりに全てを失いました。その時に思ったんです。そもそも、分不相応なリンクスなんかを従魔にした事が間違っていたんだとね」
俺は、机の上で俺があげた白ビールをグビグビ飲んでいるシャムエル様を無言で見つめた。
俺の視線に気付いたシャムエル様は、グラスを置いて口元を拭った。
「今の彼女には、ケン程じゃあないけどとても強い力を感じるよ。当然魔獣使いレベルだし、リンクスや恐竜だって余裕だと思うけどね」
『つまり、仮に俺が手伝ってテイムしたとしても問題無い?』
こっそり念話で尋ねると、大きく頷いてくれた。
それを見て俺は決心した。
神様のお墨付きがもらえたんだから、ここでも思い込み過ぎて頑なになっている彼女の考えをマルっと変えてやろうじゃないか。
仲間達と協力して強いのをテイムする楽しさもしっかりと思い出してもらわないとな!