癒しのもふもふと彼女の決意
「ええと、ルルって?」
彼女の背後にいたアルデアさんに小さな声で尋ねる。
しかしどうやらアルデアさんも知らないらしく、俺の質問に困ったように首を振るだけだ。
だけど、ニニの頭にすがりついて泣く姿を見れば大体の予想はつく。おそらくは、手放した従魔の名前で間違いないだろう。
ニニとルル、響きも似てるから、また辛い記憶が呼び起こされたのかもしれない。
「あらあら、泣き虫さんね。一体どうしたって言うのかしら?」
抱きつかれたまま笑ったニニの言葉に、俺は手を伸ばしてリナさん越しにニニの首のところを撫でてやった。
「悪いけど、もうちょっとだけ我慢してやってくれるか」
「別に私は構わないけどね」
そう言うとニニは、リナさんの体に額を押し付けるようにして大きく喉を鳴らし始めた。
なんとなく誰も口出ししないまま、時間だけが過ぎる。
いつの間にか日が傾き始め、早い秋の夕暮れに辺りはすっかりオレンジ色に染まっていた。そしてリナさんは、ニニに抱きついたまま黙り込んでピクリとも動かなくなってしまった。
大人しく抱きつかれたままニニの鳴らす喉の音だけが静かな運動場に響き続けている。
冒険者の男達も、黙って成り行きを見守ってくれている。
その時、リナさんが小さく深呼吸をして顔を上げた。
「ニニちゃんって言うのね。触らせてくれてありがとう。それに素敵な喉の音も聞かせてくれてありがとうね。久し振りにルルと会えたみたいで嬉しかったわ」
顔を上げたその目はまた赤くなっていたけど、先ほどとは違ってその笑顔は晴々としていた。
「楽しかった。そうよね。すっかり忘れていたけど、いつもこんな風だった……」
名残惜しげに手を離すともう一度ニニの額を撫で、さらに手を伸ばしてニニ最強のもふもふ箇所である頬の毛を触った。
「そうそう、ルルもこれくらい手が入ったわ」
以前誰かさんがやったみたいに、頬に垂直に手を差し入れて笑う。
「でも、ニニちゃんの方が全体の毛は長いわね。ルルは身体の毛はもっと短かったもの」
ニニの頬毛にすっぽりと埋もれた自分の手を見て笑うリナさんは、本当に楽しそうだ。
「ありがとうね」
もう一度そう言ってニニから離れると、驚きに声も無いアルデアさんを振り返る。
「アル、今まで心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ。私、もう一度頑張ってみる。以前ほどの子は集められないかもしれないけど、もう一度リンクスを手に入れられるように頑張ってみるから、協力してくれる?」
そう言った彼女の顔は、どこか吹っ切れたようで凛々しい決意に満ちていた。
「もちろんだよ。それでこそ俺の愛しい女神、リナライトだ」
そのまま、吸い寄せられるようにお互いに駆け寄り無言で抱き合う二人。
そして重なる二人の影……。
しばしの沈黙の後、運動場は冷やかす笑い声と拍手、そして口笛の音で埋め尽くされた。
俺達も笑って口笛を吹き鳴らしてやったよ。リア充爆発しろってこういうのを言うんだよな、くすん。
我に返って飛び跳ねるみたいに離れてから俺達を振り返った二人は、揃って真っ赤になったままその場にしゃがみ込み、見物人達は全員揃って大爆笑になったのだった。
見かけは十代の美少女と美少年の初恋っぽいけど、あれ、五人の子持ち夫婦なんだけどね。ううん、視覚からの情報で脳がバグるよ。
その後は、暗くなる前にスライムトランポリンを撤収して一旦ギルドに戻り、皆と挨拶してからホテルハンプールにリナさんファミリーと一緒に夕食を食べに行くことにした。
うん、バッカスさんの店と服屋のマントの引き取りは明日に変更だね。
相変わらず、予定は狂いまくってるよなあ……はあ、まあ良いけどさ。
ホテルハンプールに到着した俺達は、いつものように受付のスタッフさんに従魔達を預け、支配人さん直々の案内で奥に通されたよ。
相変わらず早駆け祭りの英雄様御一行は特別扱いみたいです。
俺は白ビールを、ハスフェル達やリナさん一家もそれぞれ好きな酒を注文して、料理はいつものようにハスフェルとギイに任せる。
運ばれて来たビールで乾杯した後は、次々に運ばれて来る大量の豪華料理をスタッフさんに取り分けてもらって、相変わらずの絶品料理の数々を堪能した。
うん、まだ当分滞在時間があるんだから、後でもうちょいここの料理を別注しておこう。
山盛りの料理が食い尽くされてそろそろデザートが運ばれて来る頃、俺は隣に移動して来たリナさんと、もう何度目か分からない乾杯をしながらちょっと真面目な話をしていた。
「本当にありがとうございました。私、自分の悲しみにばかり溺れて、共に旅をした従魔達がどれだけ私の事を愛してくれていたのかを、従魔達といればどれだけ楽しかったのかをすっかり忘れていました。結果としてあの子達を裏切って不幸にしてしまったのは、ひとえに私の無知と無警戒さ故です。いつか輪廻の輪に戻った時、虹の橋のたもとで、もしあの子達が待っていてくれるなら……心から謝罪して、もう一度全部やり直します。今度は間違いません。だから、もう嘆くのはやめにします」
「貴女のその勇気ある決断に敬意を。どうかご家族と共に、従魔達ともお幸せに」
白ビールのグラスを上げ、彼女が飲んでいた黒ビールのグラスと軽くぶつけ合う。
「それで一つ提案があるんですけど、聞いてもらえますか?」
実はこの話をする為に、彼女を夕食に誘ったのだ。
先にハスフェル達には念話で話をして了解を得ている。
「何ですか、改まって?」
グラスを置いた彼女が不思議そうに俺を見る。彼女の隣に座ったアルデアさんも、同じようにグラスを置いて俺を振り返った。
そんな二人に笑って頷き、飲んでいたグラスを置く。
そしてこう告げた。
「貴女の新たな旅立ちの為に、共に過ごす従魔を集めるお手伝いを俺にさせてもらえませんか?」と。




