癒しのスライムトランポリンと従魔達
「ええ〜〜〜? 何々? いったい何が起こってリナさんが号泣してるわけ?」
一人慌てる俺に構わず、シャムエル様は何やらうんうんと頷いた後に、にっこりと笑った。
「よし、掴みとしては良い感じだね」
「……掴みって、何が?」
「彼女の考えを変える、大事な切っ掛けだよ」
その言葉に無言で考える。
振り返ると、大の大人が揃って子供のように大はしゃぎしてスライムトランポリンで飛び跳ねている光景が広がってる。
聞こえるのは、図太い野郎達の低い歓声と笑い声。だけど間違いなく喜んでいるのは分かるよ。
もう一度振り返ると、アルデアさんが俺に気付いて手を振った後、彼女に何か話しかける。
顔を上げたリナさんは、真っ赤な目をして泣いていたくせに、俺に向かって笑って手を振った。
その、さまざまな感情のこもった笑顔を見た途端、何故だか分からないんだけど堪らなくなった。
そして、その時の俺の気持ちを言葉にするなら、腹が立つ。だった。
もちろん腹を立てたのは彼女にじゃない。
百年も前の、考えなしの貴族達にだ。
従魔達を命や感情があるものだと考えず、簡単に捨てた奴ら。命を摘み取った奴ら。
その軽率な行為のせいで、百年もの長い間彼女が苦しむ事になった。
そんな彼女を自分では解ってると思っていた。だけど、あの真っ赤に泣き腫らした目で、大喜びではしゃいでる男達を見ているリナさんは、確かに笑っていた。
もちろんこれは、俺の勝手な感情だ。
実際、百年前の貴族は間違いなく全員死んでるだろう。もし長命種族で今でも生きてる奴がいたら、代わりに俺が本気でぶん殴ってやる。
自分でも驚くくらいの強い怒りが湧き上がって来て、正直言って自分の感情に驚いた。
頭の中でグルグルと考えていた時、リナさんが俺を呼ぶ声が聞こえて慌てて返事をした。
「は、はいい〜〜〜! どうかしたか〜〜?」
我ながらなんてセンスの無い返事だと思う。
無言で焦る俺を見て、まだ赤い目をしたリナさんはまた笑う。
「凄いですね。皆あんなに楽しそう……」
小さな呟きに、何を言ったら良いのか分からずパニックになった結果、俺が放った一言。
「あの、リナさんもどうぞ〜!」だった。
ああ、なんて馬鹿な俺。
彼女がいかに深く傷付いてるか見たところなのに、考えなしのこと言うんじゃねえよ。傷口を抉ってどうするんだって!!
心の中で自分をフルボッコしていると、意外な事に彼女は目を輝かせてこう言ったのだ。
「良いんですか! やらせてください!」
「い、良いんですか?」
小さな声で、隣にいる旦那のアルデアさんにこっそりと話しかける。
「ええ、彼女の気がすむようにさせてやってください」
深々と頭を下げる彼を見て、俺は小さく深呼吸をしてその肩を叩いた。
「じゃあ、よかったらご一緒にどうぞ。主催者権限ですぐ使って良いですよ」
しかし、その言葉に異を唱えたのは意外なことにリナさんだった。
「ケンさん。駄目ですよ。順番はきちんと守らないと」
丁度、息子のアーケル君が並んでいたその後ろに走って行って並ぶ彼女。
アルデアさんは俺に笑顔で一礼してからその後ろに並んだ。
しかし、その後ろに誰も並ぼうとしない。
それどころか、三人の前に並んでいた冒険者達が、顔を見合わせて一斉に列から離れたのだ。
「いやあ、楽しませてもらったぜ。当日はこれ、幾らでやるのか知らねえけど、俺は絶対十回は並ばせてもらうからな」
「あっはっは。俺と同じ事考えてたな。じゃあ俺は十五回は並ばせてもらうぜ」
「何言ってるんだ。それなら俺は……」
賑やかに集まった冒険者達が話しているのを見て、エルさんが吹き出す。
「いやあ、せめて一人三回くらいまでにしてくれないかなあ。当日は間違いなく女性と子供が長蛇の列になるだろうから、そんな野郎ばかりが列をなしてどうするんだって言われるぞ」
「ええ、そんなあ〜〜」
わざとらしく、泣く真似をして叫ぶ冒険者達。
ふざけて誤魔化しているが、彼らはちゃんとリナさんの事情を分かった上で順番を譲ってくれたのだ。
彼らを見ると、小さく笑って揃ってサムズアップをされたので、俺も笑顔で返しておく。
ありがとうな、お前ら最高だぜ。
そのまま手を振って他のスライムトランポリンに並びに行く大きな後ろ姿を見送りながら、俺は確信した。
さすがは商売人のアルバンさんが目をつけた通り、これは間違いなくウケる。
これは確実に商売になるってね。
もちろん、それは俺がやるんじゃない。
この街には、定住している魔獣使いがいるじゃないか。
最高のネタを思いついてにんまりと笑った俺は、その話をする前にまずは呆気に取られて立ち尽くしているリナさんファミリーに手を振った。
「じゃあ前が抜けたから、そのまま前に進んでくださ〜い。ああ、武器はその敷物の上にどうぞ」
ハスフェルが笑って示す、武器置き場を見て三人が笑顔で頷き、それぞれの武器を剣帯ごと取り外して並べる。
「ではどうぞ」
ハスフェルの言葉に、アーケル君がリナさんの手を引いて踏み台を駆け上がり、そのまま勢いよくスライムトランポリンに飛び込んだ。
リナさんの悲鳴とアーケル君の笑う声が重なり。直後に二人揃って上空に跳ね飛ぶ。
「何これ! 待って待って待って〜〜〜!」
手を離されて悲鳴と共に背中から落ちるリナさん。
しかし、ポヨンポヨンとなんとも言えない音を立ててまた跳ね上がる小さな体。
跳ねる体が三度目を数えた時、彼女がいきなり声を上げて笑い出した。
「最高! これ最高だわ!」
すると、横で見ていた俺の従魔達が一斉に俺を振り返った。
「ねえご主人、彼女と一緒に遊んでも良いでしょう!」
ニニの言葉に、一瞬絶句した俺は、直後に満面の笑みになった。
俺の従魔達は、今の彼女に何が必要なのか確実にわかってくれている。
「ああ、行って来てくれ。そして彼女を揉みくちゃにしてやれ。もふもふ攻撃炸裂だ〜!」
俺の返事と同時にものすごい跳躍を見せてそのままスライムトランポリンに飛び込んだのは、マックスとニニ、それから猫サイズのレッドグラスサーバルのソレイユとレッドグラスジャガーのフォール、オーロラカラカルのマロンと雪豹のヤミー、そして大型犬サイズのオーロラグリズリーのセーブルだった。
中から聞こえる悲鳴と歓声、そして笑う声。
それを見て、オーロラグレイウルフのテンペストとファインも飛び込んで行った。
「私たちも参加しま〜〜〜す!」
遅れて飛び込んだのは、巨大化したラパンとコニーのうさぎコンビと猫のタロンだった。
周りで見ていた冒険者達が大爆笑になる。
大きな体のマックスやニニが、綺麗に飛び上がっては落ちるのを見てまた笑う。
踏み台に駆け上がって覗き込むと、リナさんはうさぎコンビに押しつぶされて跳ね飛びながら可愛らしい悲鳴を上げて笑っていた。
「俺も入れてくださ〜〜い!」
剣帯と剣を一瞬で収納した俺は、歓声を上げて勢いよくスライムトランポリンに突っ込んで行ったのだった。