運動場にてまずは準備から
「へえ、案外広いんだな」
ギルドの建物の裏側に当たる部分に作られた運動場へ案内された俺は、見えた光景にちょっと感心した。
綺麗に平らに整備された運動場は、見た限り大きな石も落ちていなくて、赤土っぽい土が敷き詰められているだけだ。
パッと見た感じ、サッカー場が余裕で入る広さだ。
「ここは、新人冒険者の武器訓練で使われる場所だよ。剣や槍、盾の使い方、格闘術や弓の訓練なんかもするから広めに取ってあるんだ」
急いで俺達を追いかけて来たエルさんの説明に納得して頷く。
「あとはたまに、無駄に血の気の多い奴らが意見の相違を見た時なんかに、拳で話し合いをするのにも使われてるね」
「いやいや、何を言ってるんですか。それは話し合いとは言わないですって! 暴力反対〜!」
笑った追加のエルさんの説明に、マックスにしがみつきながら叫ぶ俺を見て大爆笑になる冒険者の皆さん。
「なんだよ。魔獣使いの兄さんは非暴力主義かよ。その立派な筋肉は伊達か?」
からかうようにそう言って、俺の腕を笑いながら突っつく。
その大柄な男は以前、リナさんに初めて会った時に彼女からものすごい形相で睨まれてドン引きしていた俺を笑った後、任せとけと言って本当に彼女の事情を聞き出してくれた、あのレプスって名前の冒険者だったよ。
「ああ、レプスだっけ。例の草原エルフの件では世話になったな」
あの事件以降、直接会うのは初めてなのできちんとお礼を言っておく。
「おう、大した事はしてねえよ。気にすんな。それより、いつの間にか彼女の誤解をすっかり解いて、あっという間に彼女だけじゃなく、旦那と息子とも仲良くなっちまうとは、さすがだねえ」
感心するようにそう言って、豪快に笑ってまた力一杯俺の背中を叩く。
「痛い! だから待てって、この馬鹿力! 俺の大事な背骨が折れるって言ってるだろうが〜!」
仰反る俺の悲鳴に、また皆が笑う。
「まあまあ、それよりとにかく一度やってみるか」
笑ったハスフェルにそう言われて、俺は従魔達を振り返った。
マックスとニニの背中に乗っていたスライム達が転がって集まって来る。
全員からの期待に満ち満ちた目が怖いです。
ちなみに今はアルファとベータとゼータがいないから、俺のスライムはちょっと数が少ないんだけどな。
「ええと、どうするかな。表彰式の時は後ろの人にも見えるように背を高くしたけど、安全を考えるとあんなに高くするのは現実的じゃあないよな」
腕を組んで、表彰式の時の事を思い出しつつ考える。
「それならもうちょっと直径を大きくして、背の高さはケンの背丈くらいあれば良いんじゃあないかな」
エルさんの提案に、集まって俺をじっと見つめているスライム達に向き直る。
「そうだな。直径10メートル……じゃなくて、直径10リュートくらいの円形になれるか。それで高さは俺の背の高さぐらいな」
俺が身長180センチくらいだから、これだけあれば、思いっきり飛び跳ねた時に反動で下がったとしても深さ的にも大丈夫だろう。多分。
「分かった〜! それじゃあ一度やってみるね!」
そう言って、レインボースライム達とアクアとサクラがくっつきあって相談を始める。
「ご主人! 今はアルファとベータとゼータがいないので、ちょっと小さくなるけど良いですか?」
「やっぱりそうだよな、三匹も足りないとちょっと苦しいか。ちなみに今の数だったら、どれくらいの大きさの円になれる?」
「10リュートでも出来るけど、ちょっと土台部分の厚みが薄くなるね」
「ああ、成る程。じゃあ俺の分は人数制限をして使ってもらって、他の三人のスライム達には予定通りのサイズでやってみてもらうか。それじゃあまずは、アクア達も直径10リュートでやってみてもらえるか」
って事で、ハスフェル達三人のスライム達にも集まってもらい、まずは俺のスライム達とくっついてスライムトランポリンのやり方の説明をしてもらった。
「分かった。じゃあ一度やってみるね〜!」
張り切ったスライム達が運動場に跳ね飛んで散らばって行く。
何故だか、それを見た冒険者達から拍手と大歓声が起こってた。子供か。
今回は、上に乗る人達が俺よりもかなり大きいし体重も重そうだ。そんな人達が複数人数で同時に乗っても大丈夫か確認する意味もある。
なので、念の為に上の伸びる膜になる部分には、クリアーとピンクのスライム二匹が二重になって伸びてくれる事になった。
まあ、それならあの巨漢達が飛び跳ねても大丈夫だろう。
一応確認したら、一匹だけでも薄く伸びた状態で1000ブルクだから1000キロ。二重になれば、数千ブルク程度までなら余裕で確保出来るらしいので、巨漢の冒険者でも十人くらいなら乗って思い切り飛び跳ねても余裕で大丈夫らしい。
スライム達の保持力、凄え。
「では、スライムトランポリンになりま〜す!」
元気なスライム達の宣言の後、運動場に間隔を開けて集まったレインボースライム達が一気に巨大化して円陣を組んで並んでくっつき合う。
「膜を張りま〜す!」
これまた元気よくそう言ったクリアーとピンクのスライム達が、跳ね飛んで空中でビヨンと大きく円形に広がり、二匹重なってそれぞれのレインボーな土台に覆い被さった。
また拍手が起こる。
そして全部で四台の巨大スライムトランポリンが完成した。
俺のすぐ横に出来上がった四色カラーのスライムトランポリンは、大きさは同じなんだけど確かに円形の土台の子達の厚みがかなり薄く感じる。
「なあ、もうちょい直径を小さくしてくれて良いぞ。大丈夫なんだろうけど、薄くてちょっと見ていて不安だよ」
「そう? じゃあ皆でやった時くらいの厚みにするね」
アクアの声が聞こえた直後、俺の横のスライムトランポリンの直径がググッと小さくなる。
「あれ、どうしたんだい? それだけ急に小さくなったね」
それに気付いたエルさんの言葉に、他の冒険者達や草原エルフの息子のアーケル君も心配そうにこっちを見ている。
「ああ、俺のスライム達は、三匹は別荘で留守番して川側の断崖絶壁を見に行ってくれているんですよ。だから数が少ないのでちょっと小さめです」
驚くエルさんに俺は誤魔化すように笑って肩を竦める。
「ほら、落石とかあったら困るじゃないですか。だからそれの確認と、それに、珍しい薬草とかが生えてないかなって思って見に行ってもらってるんです」
「ああ、成る程ね。確かにあの断崖絶壁もスライム達なら登れるわけか」
うんうんと頷き、小さめのトランポリンを見上げる。
「ねえ、それでやっぱり、実際に乗ってみないと、安全かどうかわからないと思うんだけどねえ」
ギルドマスターであるエルさんに、まるで子供みたいに目を輝かせてそう言われて俺は、堪える間も無くその場で吹き出して遠慮なく大笑いさせてもらった。
「良いですよ。それじゃあ順番に乗ってもらいましょうか」