万能薬の話
「さてと、戸締りもしたし、それじゃあ行くとするか」
従魔達を全員連れて外に出た俺は、扉の鍵を収納して振り返った。
「じゃあ、街までよろしくな」
マックスを撫でてから背中に乗る。
坂道の手前で何となく振り返って改めて家の全景を見て、本当にあの家を買ったんだなと、今更ながら感心していた。
「ケン、スライムちゃんを二人お借りしてもいいですか。私とフランマで、この川沿いの断崖を一通り調査して、青銀草や、使えそうな薬草が他にも生えていないか調べてきます。もしあれば採れるだけ収穫してきますので」
姿を隠したベリーに耳打ちされて、丁度近くにいたアルファとベータにお願いして行ってもらった。
「ご主人、それなら私も一緒に行きます。私なら身軽ですから断崖絶壁の上でも問題ありませんからね」
どうやら今の声が聞こえたらしいカリディアが、マックスの頭の上に飛び乗って得意げに胸を張った。
「おう、そりゃあ探す手は多い方が良いから有難いけど、危なくない?」
「大丈夫です。任せてください」
ベリーを見ると笑顔で頷いてくれたので、カリディアにもゼータを預けて一緒に行ってもらった。
「オレンジヒカリゴケが壊滅している今となっては、青銀草も貴重な材料だからな。よろしく頼むよ」
「任せてください。では行ってきますね」
ハスフェルの言葉に納得して、笑顔で手を振って走り去る揺らぎを見送った。
「そういえば疑問に思ってる事があるんだけど、ちょっと聞いていいか?」
のんびり坂道を下りながら隣にいるハスフェルを見る。
「おう、改まって何だよ?」
「万能薬なんだけどさ。他の冒険者達が持ってるのって、どこかで売ってたりするのか? 薬屋があるのか? それとも自分で作ってるとか?」
今更な質問だけど、思いついたら気になって仕方がないので聞いてみる事にしたんだよな。
「ああ、もちろん街の薬屋でも売っているし、ギルドでも売っているぞ。ただし、決して安くはないな。初心者の冒険者では、まあ到底手は出ない値段だよ」
「あの効能を考えたら高いのは当然だろうな。じゃあ、あまり一般的な薬じゃないのか。だけど怪我が一瞬で治るなんて、俺の元いた世界から考えたら夢の薬だけどなあ」
俺の言葉にシャムエル様が得意げに胸を張る。そりゃあまあ、この薬の存在は、それを決めたシャムエル様のおかげだよな。
「そうだなあ。万能薬以外にも怪我に効く薬は幾つかあるが、即効性は液体の万能薬が一番だな。材料は、オレンジヒカリゴケだけで作ったのが最高級品で、そのまま万能薬と呼ばれるそれだ。青銀草で作ったのが高級品。怪我は一瞬で治るが、内臓までやられた怪我の場合などには効きが悪くなって一命は取り留めるが全快には時間がかかる。だが動くことは可能だから、これもそのまま万能薬と呼ばれてるよ。通常、薬屋やギルドで売っているのはほとんどがこれだ。色が違うので何が材料かはすぐに分かる。後は擦り傷や切り傷、打ち身程度の軽傷を直す、回復薬と呼ばれるのもあるぞ。これも当然色が違うから並べれば一目瞭然だよ」
笑ってそう言うと、一瞬で三本のガラス瓶を取り出して見せてくれた。
いつもの見慣れた万能薬は無色透明……だと思っていたけど、日の光の下で改めて見ると何となく虹色に光って見えたよ。でもって二本目のガラス瓶の中身は、いわゆる蛍光黄色だ。あれだ、ペキって折ったら光る、あの棒の仕事終えた後の中身みたいだ。そして三本目は蛍光緑色。うん、風呂に入れる入浴剤にこんな色のがあったな。
懐かしい思い出に小さく笑った俺は、首を振ってハスフェルを見る。
「他に、塗り薬もあるんだよな」
一番最初にオレンジヒカリゴケを採りに行った時、確かそんな話を聞いた覚えがある。
「ああ、もちろんあるぞ。効果は変わらないが、液体が即効性で軟膏は遅効性だよ。街の施療院や診療所などで外傷の手当てに使われているのはほぼこれだな。材料もこっちの方が若干少なくて済む。まあそれでも決して安い値段ではないがな」
頷く俺に、蓋付きの陶器の瓶に入った万能薬をギイが見せてくれた。
「オレンジヒカリゴケ、青銀草、それ以外にも幾つか万能薬を作れる材料がある。それらを郊外の森で専門に探して採取する、薬師と呼ばれる冒険者もいるぞ」
「へえ、そんな人がいるんだ」
「まあ、幾つかの薬草は収穫の際に手袋を使わなければならなかったり、乾燥してすりつぶして使うものがあったりと、専門的な知識がいるものが多いんだよ」
「ああ、成る程。採取の専門家がいるってのは納得だな。オレンジヒカリゴケの群生地の場所を考えれば、確かに誰でも行ける場所じゃあないものな」
俺の言葉に、三人が顔を見合わせて笑っている。
「あそこは特別だよ。まあ、森の中でも奥へ行けば滅多に無いが、オレンジヒカリゴケが生えていることもあるよ。だけど、大きくても直径一メルト程度のコロニーだから、一度にそれほどの量は収穫出来ない。だが、それらの箇所はその土地で活動する薬師にとっては財産とも言える知識なわけで、そう易々とは教えてはくれない。俺達が、わざわざ郊外にある危険な箇所へオレンジヒカリゴケを収穫しに行く意味が分かったか?」
「ああ、そっか。人が行ける範囲にあるオレンジヒカリゴケの場所は、言ってみれば、もう既に誰かの収穫場所。つまりテリトリーなわけだ」
納得した俺に、ハスフェル達が苦笑いしつつ頷く。
「春までには、壊滅しているオレンジヒカリゴケの群生地を何とかしてくれるとウェルミスが約束してくれたからな。レオも特別に多くの眷属を寄越してくれて、それぞれの群生地を必死になって育ててくれている。だからまあ、ここまで必死になって材料を集めるのは今だけだよ」
ハスフェルの言葉に、ギイが苦笑いしながら頷く。
大繁殖を始め、この世界に何らかの異常事態が起こった時、真っ先に出動してくれるのは彼らだもんな。
「この世界を守ってくれて感謝してるよ。じゃあ、ここでの青銀草で収穫出来た分は、二人で分けてくれればいいからな。あとでハスフェルとギイのスライム達に、青銀草を渡しておいてくれるか」
後半は、マックスの頭に乗っているアクアとサクラに向かって話しかける。
「了解です〜! じゃあ、後で渡しておくね」
「おう、よろしくな」
手を伸ばしてアクアを撫でてやった俺は、小さくため息を吐いた。
「まだまだ知らない事だらけだな。さて、青銀草は、後どれくらい見つかるんだろうな。ちょっとでもあるといいのにな」
そう呟いた俺を、何故だかハスフェル達三人が何か言いたげに見つめていたのだった。