樹海の民との出会い
「さてと、それじゃあ行くとするか」
ハスフェルはそう言って、軽々とテイムしたばかりのシリウスの背に飛び乗った。
おお、格好良いぞ!
へえ、従魔に乗ってるのを見ると、あんな感じなんだ。
自分で乗ってるところは見られないから、ちょっと感動した。
もしかして、俺もあんな風に格好良く見えてるのかな?
「何を、にやけてるんだ?」
ハスフェルに不思議そうに聞かれて、俺は慌てて誤魔化すように首を振った。
「それでは、紹介してやるから、今夜はあそこに泊まらせてもらおう」
平然と言われた言葉に、うっかり返事をしそうになって止まる。
「待った! 今の話の目的語は何? 誰を誰に紹介するって?」
慌てて勝手に出発しようとする彼を引き止める。
「誰にって、樹海の民にお前さんを紹介してやるんだよ。異世界人のお前さんなら、間違いなく彼らも受け入れてくれるから、ここでの生活を見ておくと良い。外で誰かに聞かれた時に困るだろう」
からかうように言われて、絶句する。
「いやいや、樹海の民って、そう簡単に外部の人間には会わないんじゃ無いのかよ! 約束も無しに行って泊まらせてくれるのか?」
焦る俺の言葉に、ハスフェルは呆れたように振り返った。
「お前さんは、どうやらここでの自分の価値を全く理解していないようだな。異世界人」
「んな事言われたって、俺には自分が何をしたのかなんて、全く以って、これぽっちも自覚が無いんですけどね!」
「ハスフェル。その辺で勘弁してやって。彼には、本当に、自分が何をしたのかなんて全く知らないんだもん」
シャムエル様に言われて彼は黙ったけど、何だかそれはそれで気になる。
本当に俺、何したんだろう?
「気にしないでね。君自身が何かした訳じゃなく、以前言ったように、君がここに来てくれた事で地脈が整って、そのおかげで世界が救われたんだよ」
「だから、その俺が来たから地脈が整ったってところが、俺には全く繋がらないんだよな。もう良いよ。どうせ聞いても理解出来ないって」
うん、君子危うきに近寄らずだ! ……ちょっと違う気もするが、いい事にする。
話をしながら、ハスフェルはどんどん森の中へ入って行く。俺は遅れないようにまたしても必死になって後を追った。
しかし、しばらく見ていて気が付いた。先ほど、最初に樹海の中に入った時と違って、マックス程の大きな従魔に乗っていても、俺の頭に枝が突き刺さらない。突き出ていた余計な枝が払われているのだ。
明らかに、この辺りには人の手が入っているのだ。
さらに奥へ進むと、足元に獣道のような草の生えていない細い道さえ見えて来た。
そしてその奥には、丸太を組んで作った、所謂ログハウスのような大きな家がいくつも集まる集落があった。
ハスフェルは、シリウスに乗ったまま、堂々と集落の中に入って行ってしまった。
「ええ、このまま俺も付いて行っていいのかな?」
躊躇いつつも、仕方なく少し離れて揃って集落の真ん中にある広場に出て行った。
「これはハスフェル。久しいな。しかもグレイハウンドをテイムしたのか?」
ログハウスから出てきたその人を見て俺は思わず声を上げそうになって慌てて口を塞いだ。
その人物は、正確には人間では無かった。
明らかに犬っぽい獣の耳が、真っ白になった髪の間から突き出ている。そして、彼の足元にいる少年の耳は明らかに猫っぽい。おお、尻尾まであるぞ!
一気に、俺のテンションは上がった。
ここはもしかして獣人の村なのか?
ってか、この世界には猫耳人間がいるんだ! ああ、何処にいるんだよ、俺の愛しい猫耳娘は!
俺がはまっていた某オンラインゲームの超お気に入りキャラ、猫娘ちゃん!
俺が脳内で一人で盛り上がっていると、ハスフェルと話をしていたその犬耳の男性は驚いたように俺を見た。
「異世界人……」
ああ、またこれだよ。
苦笑いした俺は、誤魔化すように笑って小さく頭を下げた。
「この世界をお救いくださり、心より感謝と謝罪を貴方に。どうか、せめてもの慰めに、この世界をお楽しみください」
あれ、新しいパターンだぞ、これ。
感謝だけじゃなく、謝罪って……どうしてだ?
戸惑う俺は、定位置のシャムエル様を見た。
「だって、君はこの世界に来た為に、その……二度と元の世界に帰れなくなっちゃった訳だし、それはやっぱり、こっちの都合に君を巻き込んじゃった訳だからさ」
申し訳なさそうなその言葉に、俺は納得した。
「もうそれに関してはいいよ。感謝も謝罪もいらないって。そもそも、自分で何やったか自覚のない事で、何度もお礼を言われても困るんだって……」
その時、不意に頭の中に浮かんだ疑問に俺は硬直した。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
自分でも怖いくらいの真剣な声が出た。
「え? 何?」
驚いて返事をしたシャムエル様の顔は見ずに、森の方を向いたまま、俺は浮かんだ疑問を口にした。
口にせずにはいられなかった。
「もしかして、あの事故って……お前らが、いや、あんたが何かしたのか?」
「事故って、何?」
本当に分かっていない様子のシャムエル様の声に、森を見たまま、俺はあの時の出来事を口にした。
「俺は元いた世界で、こいつらの散歩を兼ねた買い物帰りに交通事故にあったんだ。信号を、つまり道を渡っていて車にまともにはねられた。向こうの世界では珍しい事故じゃない。確かに、いつ、誰に起こったっておかしくない事故だけど……もしも、もしもあんた達が何かしたのなら……」
それ以上言えずに、手綱を力一杯握りしめる。
俺の言葉に、慌てたようなシャムエル様が、いきなり俺の頬を何度も叩いた。
だから痛いから、そのちっこい手で俺の頬を叩くなって。嫌がるように、軽く、俺の頬を叩いていた小さな手を掴んで無言で押し返した。
「それは違うよ。君のいた世界の生きている人には、こちら側の私達からは、どんな手を使っても一切の接触は出来ない。出来るのは唯一、亡くなったその瞬間に、この世界に同調してくれた人に対してだけなんだ。それこそ、何百億分の一の確率だよ。私は、君の世界の出来る限りの場所に手を伸ばして、掴み返してくれる手をずっと待っていた。それこそ何百年もね。唯一君だけが、君だけが、私の手を握り返してくれたんだよ!」
「ごめん、やっぱりさっぱり分からないよ」
「うん、当然だよ、その時の君は死んでいたんだからね」
改めて創造主様にそう言われると、何だか切なくなるよ。
そうだよな、やっぱり死んでるんだよな、俺……。
「そっか、つまり死んだ瞬間に、あんたが俺をここに連れてきてくれた訳だ」
「正確には、君の魂だけを新たな身体に入れたんだよ。元の身体は、その……この世界と同調して、消滅しちゃったからね」
ため息を吐いた俺は、小さく笑ってシャムエル様のそのふわふわな尻尾を突っついた。
「もういいよ。変な事聞いてごめん。今更だよな」
そう言って首を振った。
「元いた世界は確かに懐かしいし、恋しい。だけど、もしも仮に、じゃあ戻って良いと言われたとしたら、きっと俺は、ここでのこいつらとの賑やかで自由な暮らしを今度は恋しく思うんだろう。人間なんてそんなものだ。今の自分に無いものを欲しがる。そして、どちらにいても、絶対にもう片方を恋しく思うんだよ」
小さく呟いた俺の言葉に、シャムエル様はいきなり俺の顔にしがみついてきた。
「ごめんね。そしてありがとう、ケン。もう、君を元の世界に返してあげることは出来ない。だからさ、どうか思いっきりこの世界を楽しんでよ。好きなだけさ!」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
そう言って笑って、ちっこいふわふわな体をそっと抱きしめてやる。
相変わらず、完璧なまでのふわふわ加減のシャムエル様は、少し暖かくて、俺はちょっとだけ涙が出た。
誤魔化すように思いっきり頬ずりしてやったら、気が付いたらしく、嫌そうに体をひねって俺の手から逃げようとした。
「やめて! 私の体で、鼻を拭くんじゃありません!」
「誰が、いつ鼻を拭いたんだよ!」
思わず言い返した俺は……間違ってないよな?