もう一回モーニングコール?
「ふうん。頭は起きてるのに体が動かないねえ」
ベリーの肩に座ったまま、シャムエル様が何かを考えるみたいに短い腕を組んでぶつぶつと呟いてる。
まるでそれを真似るように、ベリーまでが腕を組んで真顔になって考え始める。
「あの、ええと……何を二人して、そんなに深刻になってるんですか?」
二人がいつまで経っても考えるのをやめないので、だんだん不安になってくる。
「どう思う?」
ええ〜? なぜここでシャムエル様が神様バージョンの声になってる訳?
「肉体と精神の乖離の初期症状と思われます。ううん、これだけではどの程度なのかちょっと判断出来ませんが、放置して良いとは思えませんね」
こちらも聞いた事が無いくらいに真剣な声で答えるベリー。
「分かった。ちょっと調整しておく」
またしても神様バージョンの声で答えるシャムエル様。
「あの、ええと、何か問題でも……?」
思わず聞いたけど、これで問題があるって言われたらどうしよう。
本気でびびっていると、突然シャムエル様が俺の右肩に現れた。
「ちょっとベッドに横になってくれるかな」
いつものシャムエル様の声に泣くほど安堵しつつ、無言でコクコクと頷いた俺は、言われるがままに大急ぎで誰もいない広いベッドの真ん中に横になる。
「目を閉じなさい」
またしても神様バージョンの声で言われて、本気で泣きそうになりつつ必死になって思い切り目を閉じる。
額に小さな手を当てられた瞬間、唐突に意識が吹っ飛んで何も分からなくなった。
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
ショリショリショリ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きるって……」
いつものモーニングコールに起こされた俺は、いつもの如く、半ば無意識で返事をしてそのままニニの腹毛に潜り込もうとして、何故か枕に抱きついて目を覚ました。
「あれ? 俺、さっき起きたはずだぞ? どうしてまた寝てるんだ?」
抱きついた見覚えの無い枕を見つめながら、まだ寝ぼけた頭で考える。
「うん、どうやら大丈夫みたいだね。よしよし」
耳元でシャムエル様の声が聞こえて、俺は腕立ての要領でそのまま勢いよく起き上がった。
「わああ、いきなり起きないでって!」
俺の頭の上から悲鳴を上げたシャムエル様が転がり落ちてきたので、慌てて受け止めてやる。
「ええと……?」
状況が分からなくて困っていると、俺の掌の上で起き上がったシャムエル様が伸び上がるようにして俺を見上げた。
「うん、上手くいったみたいだね。よしよし」
「いや待って。何が上手くいって、何がよしよしな訳?」
逃げられたら困るので、両手でシャムエル様を包み込むみたいにして捕まえながら尋ねる。
「うん、まあちょっとした齟齬が出ていたから調整しておいたからね。もう大丈夫だから安心してね」
「いや、だから何がどうなってどこら辺に齟齬があったわけ? でもって、調整って何をしたの? ってか俺、どうなってた訳?」
矢継ぎ早の俺の質問に、誤魔化すようにシャムエル様が笑う。
「もう、いちいち細かい事気にしちゃ駄目だって。大丈夫だから安心して下さいって言ってるでしょう?」
一瞬で掌から俺の肩に移動したシャムエル様が、俺の頬をぺしぺしと叩いた。
「要するに、ちょっと君の体と意識の融合部分に問題が出ていた訳。まあこの程度は個人を作ると起きる問題としては想定の範囲内だからね。なので君にはちょっと眠ってもらって、意識レベルを調整した訳。どうだった? 普通に起きられたでしょう?」
顔を覗き込むようにしながらそう言われて、俺は先程の目覚めを思い出す。
「まあ、確かに普通に目が覚めたなあ。だけどあれは違和感を感じて飛び起きたからであって、いつもと同じかって聞かれると、ちょっと分からないなあ」
「ああ、その様子だと、もう大丈夫だね」
戸惑いつつベリーを見ると、彼も苦笑いしつつ頷いてくれたのでもう良い事にしておく。
うん、俺には何の事だかさっぱり分からないよ。理解不能。
って事で、俺の疑問も一緒に全部まとめて、いつもの如く明後日の方向へ力一杯ぶん投げておく。
『おおい、無事に解決したんなら、そろそろ起きたほうが良いんじゃないか? もう昼に近い時間なんだけどなあ』
その時、笑ったハスフェルの声が念話で聞こえて、まだベッドに座ったままだった俺は慌てて立ち上がった。
『うわあ、ごめんよ。もしかして飯抜きだったりする?』
一応料理を担当する立場として、理由はどうあれ俺が寝過ごしたせいで飯抜きは申し訳なさ過ぎる。
焦ってそう尋ねると、三人の笑う声が届いた。
『いや、今朝はそれぞれ手持ちの食料で済ませたから心配いらんよ。状況は分かってるさ、お前が寝坊したと責める奴はいないから、安心してゆっくり顔を洗って従魔達と戯れてからリビングへ来ればいいさ』
『悪いな。じゃあ顔を洗ってからそっちへ行くよ』
どうやら俺の状態は、ハスフェル達にも連絡されてたみたいだ。
苦笑いしてとにかく顔を洗うために水場へ向かった。
「ご主人、綺麗にするね〜!」
顔を洗ってさっぱりしたところで、サクラが跳ね飛んで来て、ご機嫌な声でそう言って一瞬で俺を包んで綺麗にしてくれる。
「おう、いつもありがとうな。ええと、どうする?」
二段になった水槽を見ながら尋ねると、分かり切った答えが返ってくる。
「お願いしま〜す!」
「おう、行ってこい!」
そのまま、抱いていたサクラを水槽に放り込んでやる。
次々に跳ね飛んでくるスライム達をキャッチしてはそのまま水槽に放り込んでやり、当然のように飛んで来たお空部隊とファルコとプティラにも、スライム達が水槽の中から噴水の如く水を吹き出し始める。
水場の足元の床は濡れても大丈夫な石造りになっていて、ちょっとだけ斜めになった床の端には排水口がある。
「濡れても大丈夫だけど、一応噴水は控えめにな」
「ちゃんと分かってま〜す。後片付けもするからね!」
アクアが水槽から顔を出してそう言うと、またそのまま沈んでいった。直後にまた噴水が吹き上がる。
「豪快だなあ」
笑いながらしばらく眺めた後、気が済んだらしいお空部隊が身震いをして水滴を落とし身繕いを始めた。
「お待たせご主人、綺麗にしま〜す」
跳ね飛んだ水のお陰で濡れていた俺の服や髪の毛も、サクラのおかげで一瞬で綺麗になる。
「ありがとうな。それじゃあまずは飯だな。俺は腹が減ったよ」
何だかいつもよりぷるんぷるん度が増した気がするサクラをおにぎりにしてから、リビングへ向かった。
「今日は朝市に行くつもりだったのに、行き損なっちまったな。さて、今日はどうするかねえ」
そんなことを呟きながら、まずは食事をする為にリビングのドアを開けたのだった。