大騒ぎの目覚めとセーブルの謝罪?
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふんふん!
ふんふんふんふんふん!
ふんふんふんふんふん!
「うん、起きるよって……待って、これ言った覚えがあるぞ」
いつものモーニングコールに起こされた俺は、何故かしっかりと目を開いて妙に高い豪華な天井を見上げた。
「ええと、確か起こされた記憶があるぞ。ソレイユとフォールとヤミーの猫族トリオに」
そして背中側に感じるこの感触は、プルンプルンのスライムウォーターベッド。
確か昨夜、いくつかある客間の一つを当座の寝室として使うって決めたはずで、その部屋には従魔達全員と一緒に寝ても大丈夫なぐらいのキングサイズのベッドが置かれていたはずだ。
なのにどうして、俺はスライムベッドで寝てるんだ?
寝転んだまま天井を見上げて大パニックに陥っていると、額によじ登ったシャムエル様が、俺の顔を覗き込んできた。
「やっっっっっっっっっっと起きたね。本当にもう寝汚いにも程があるよ」
「うう、何だか知らないけど申し訳ありません」
力一杯力説されてしまい、咄嗟に謝る悲しき元営業マン。
「と、言いたいところだけど。今回に関しては不可抗力だからね。まあ仕方がないって」
何故だか慰めるみたいにそう言われて、俺の混乱は更に深まる。
「確か、最終モーニングコールトリオに起こされた覚えはあるんだけど、俺、何でまた寝たんだ?」
たいてい、二度目のモーニングコールで強制的に起こされるのに何故だろう?
若干喉の渇きはあるけど、それ程酷い二日酔いってレベルじゃないから、多分どうしても起きられなかったってわけでは無かったはずだ……と、思いたい。
スライムベッドに転がったまま、寝ぼけた頭でそんな事を考えていると、セーブルが甘えるように首を伸ばして俺に鼻先を擦り付けてきた。
「おはよう。どうしたんだ?」
「ごめんなさい、ご主人」
突然ものすごく申し訳なさそうに謝られて、驚いて慌てて腹筋だけで起き上がる。
「待て待て。今のは何に対する謝罪だ?」
セーブルに謝られる意味が分からなくて、手を伸ばして明らかに凹んでいるセーブルを撫でてやりながらそう尋ねる。
「あのね、ご主人が起きられなかったのは私のせいなんです」
「はあ? どうして俺が起きられないのがセーブルのせいなんだよ?」
更に意味が分からなくて困っていると、俺の肩に現れたシャムエル様が笑って俺の頬を叩いた。
「あのね、ソレイユちゃん達がケンを起こした時、ケンが驚いて飛び上がったせいでニニちゃんのお腹から転がり落ちたの。それは覚えてる?」
「ああ、何となくだけど覚えてるなあ。確か三匹から舐められて悲鳴を上げて逃げようとして転がり落ちたんだっけ」
曖昧な記憶の断片を探しながらそう言うと、セーブルがまたしても謝る。
「その時に、ご主人は側にいた私の前脚に顔面からまともに激突したんです。それでその……」
「ああ、もしかしてそのまま撃沈したのか」
納得して頷く。
普段の大型犬サイズになってても太いセーブルの脚は、はっきり言ってちょっとした丸太レベル。
そして当然バリバリに筋肉がついてるし、みっちり詰まったやや硬めのむくむくの毛にしても、腕の部分はさすがに胴体ほどの厚みは無い。
つまり、勢いよく転がってきてそのままぶつかれば、まともに柱に激突するのと変わらないレベルの衝撃だろう。
「いや、それはシャムエル様も言ってたみたいに不可抗力だって。セーブルのせいじゃあ無いって」
ようやく今の状況が分かって、俺は笑いながらセーブルの頭を抱きしめてやる。
「もういいから、気にしなくていいぞ」
まだ謝ろうとするセーブルに縋って起き上がり、大きく伸びをする。
「サクラ、一応美味しい水を出してくれるか」
そう言って振り返った時、部屋の様子に気がついて俺は驚きに目を見開く。
「あはは、そっか。酔っ払ってあのままここで寝たんだ」
そう、俺が寝ていた部屋は寝室用に選んだ客間ではなく、食事からそのままただの飲み会に突入したリビングの床だったんだよ。
そして振り返った机には昨夜と同じ位置に座ったハスフェル達三人が、今にも吹き出しそうな顔で揃って俺を見ていたのだ。
「おはよう、なかなかに賑やかなお目覚めだったな。それより腹が減ってるんだけどなあ」
笑いを堪えたハスフェルの言葉に四人全員同時に吹き出し、部屋は大爆笑になったのだった。
「あはは、ごめんごめん。じゃあ顔洗ってくるからもうちょっとだけ待っててくれるか」
「ああ、構わんさ。しっかり洗ってこい。ついでに万能薬を出してもらえ」
笑ったハスフェルが何故か自分の右目の辺りを指差しながらそんな事を言う。
「ええ、二日酔いってほどじゃあ無いから万能薬を飲むほどじゃないぞ?」
そう言いながら、とりあえず早足で水場へ向かう。
廊下に出たすぐのところに手洗い兼広い水場があり、まずは手を洗おうとして二段になった水槽に向かおうとしたところで、壁面に設置された姿見に映った自分の顔を見て、堪えきれずに吹き出す。
ハスフェルの言葉の意味が分かった。
俺の右目の周りはぶつけた拍子に内出血したらしく、まるで漫画のように目の周りが黒っぽい輪っか状態になっていたのだ。
笑い過ぎて膝から崩れ落ちる。
「こ、これは確かに、万能薬の、出番か。だけど貴重な万、能、薬を、こ、こんなので使うなんて、申し訳、なさすぎるぞ」
笑い過ぎて呼吸困難になりつつそう呟くと、床を歩く蹄の音とともにベリーが現れて、俺の右目に手を当ててくれた。
「この程度の内出血なら、私の癒しの術でもすぐに消えますよ。しかしまあ、本当にまるで狙ったみたいに見事に激突していましたからね。正直言ってこれは死んだと思いましたから」
笑いを堪えた声でそう言われてしまい、また吹き出す俺。
「お世話かけます、よろしくお願いします」
「ええ、楽にしててくださいね」
目を閉じてそう言うと、笑ってそう言われた直後に目の周りが一気に熱くなりすぐに消えていった。
癒しの術が発動されたのが分かってもう一度お礼を言う。
「お構いなく。これくらいお安い御用ですよ。では、はらぺこ達が待ってますから戻りましょう」
「おう。俺も腹が減ったよ。ああ、ベリーにも果物出してやらないとな」
「そうですね。では後でいいので出しておいてくださいますか」
「了解、じゃあ戻ろうって、いやいや待ってくれ。俺まだ顔を洗ってないよ」
慌ててそう言って水場へ戻って顔を洗う。
また笑ったベリーの声が聞こえて、サクラに一瞬で綺麗にしてもらった俺も、顔を上げて一緒になって大笑いしていたのだった。