懐かしい味
「へえ、これはなんだか覚えがあると思ったら、よく飲んでたドライビールとほぼ同じ味じゃん」
乾杯の掛け声の後、初めて飲んだ地ビールは贈答用ビールの代名詞、某高級えべっさんビールみたいな味がするビールで、その次に飲んだのは、銀色の缶がすっかりおなじみだった俺の世界のドライビールそのものの味だったよ。
突然の懐かしい味になんだか不意に堪らなくなり、うっかり涙腺が緩みそうになって誤魔化すようにスパイスソースが染みたコロッケを口に入れた。
「熱っ!」
思ったよりも熱々で、慌てて持っていたグラスに入ったビールを飲み、また懐かしい味に堪らなくなってコロッケを齧る。
「熱っ!」
もう一度ビールを飲もうとして我に返り、深呼吸をしてからゆっくりと懐かしいドライビールを味わって飲んだ。
「何してるの?」
二個目のコロッケを齧りながら、シャムエル様が俺の突然の挙動不審っぷりに呆れたように見ている。
「いやあ、このビールがちょっとね」
さり気なくドライビールの瓶を手元に引き寄せながら、誤魔化すように笑う。
「うん、ちょっと変わった味だけど、これもクラフトビールならではだね。私は嫌いじゃないよ」
ショットグラスに残っていたビールをぐいっと飲み干したシャムエル様は、机の上を見て丁度ハスフェルが新しいビールの瓶を開けたのに気がついた。
「ねえ、それはまだ飲んでないから下さい」
空になったショットグラスを手にして、トコトコとハスフェルの元へ走るシャムエル様を見送る。
二本目のドライビールの瓶を開けた俺は、小さく笑った。
「故郷の味、見つけた。飲みたくなったら、また買いに行こう」
五個目のコロッケを食べながら、俺は鼻を啜って小さくそう呟いたのだった。
「ケンが言ってた通りだな。これは大いなる問題だ」
「確かにそうだな。あんなに出したビールが全滅してるぞ。何故だ?」
「全くだ。いったい何処へ消えたのやら」
ハスフェルとギイとオンハルトの爺さんが、机の上や床に転がるビール瓶を見ながら揃って首を傾げている。
「あはは、だから言っただろうが、ビールが蒸発するって。ついでに揚げ物も壊滅してるな。もうちょい追加しておくよ」
コロッケの追加と、カツ各種も盛り合わせたお皿を追加で取り出して並べておく。
ついでに、ソースの残りも出しておく。
「もうソースの作り置きがこれで終わりだから、問題のソースが無くなれば蒸発も止まるんじゃないか?」
「そうだと良いがなあ」
「いや全く。これは本当に危険だぞ」
酔っ払い四人が、雁首揃えて大真面目にソースを前に、危険だ危険だと言い合って笑っている。
「私も、交ぜてくださ〜い。コロッケとビールの追加お願い!」
こちらもかなり酔っ払った風のシャムエル様が、空になったお皿とショットグラスを振り回しながらそんな事を言って飛び跳ねている。
そのままとんぼ返りを切って、またしても勢い良く俺の腕に激突する。
「痛いって。暴れるんじゃねえよ。言う事聞かない暴れん坊な毛玉はこうしてやる〜」
グラスを置いた俺は、両手でシャムエル様を捕まえてそのままもふもふしっぽに頬擦りする。
「おお、やっぱこれだよ。もふもふ最高〜」
なんだか一気に酔いが回ってきて、ニマニマと笑いながらもう一度思い切り頬擦りする。
「私の大事な大事な尻尾に、涎をつけるんじゃありません!」
小さな手で突っ張られて、笑った俺は更に両手でシャムエル様をおにぎりにしてやる。
「一人で楽しむなんて狡いぞ」
笑ったハスフェルが手を伸ばして来て、シャムエル様をひょいと掴んで自分の手の上に落とす。
「捕まえた〜」
俺より遥かに大きな手でシャムエル様をおにぎりにしている。それを見て皆で大笑いになったよ。
「いい加減にしなさい!」
突然のシャムエル様の大声と共に、空気にぶん殴られて椅子から転げ落ちるハスフェルと俺。そして吹き出すギイとオンハルトの爺さん。
「ええ、なんで俺まで!」
叫びながら受け身も取れずに椅子から吹っ飛ばされて床に落ちる寸前、スライム達が一瞬で確保してくれたので俺もハスフェルも打ち身の一つも出来ていない。
「……ああ、びっくりした。止めてくれてありがとうな」
衝撃のあまりしばらく声も出せずに硬直するくらいにはびっくりしたよ。
「いやあ、うちのスライムは優秀だね」
なんだか恥ずかしくて誤魔化すようにそう言いながら起き上がって、受け止めてくれたスライムクッションを撫でてやる。
「任せてね、守るのは得意なんだ!」
一瞬でアクアゴールドになったので、そのままおにぎりにしてやったよ。
「ところで、言っていた青銀草は手に入ったのか?」
席に戻ってまた飲み始めたハスフェルの真顔の質問に、ベリーはにっこりと笑った。
「ええ、かなりの量を確保出来ましたよ。まあ、これで大丈夫と断言するにはまだ少々心許ないですけれど、でも今までよりは余裕ができたと思いますね」
「それは有り難い。いつ何があるか分からないからな。万能薬の準備は出来る限りしておきたい」
同じく真顔になったギイとオンハルトの爺さんもベリーの答えを聞いて嬉しそうに頷いている。
「オレンジヒカリゴケのまま持っていた分に関しては、今後は青銀草と一緒にして万能薬を作るから、出来上がる量がちょっとだけ多くなるよ。材料の節約になるんだ」
アクアゴールドがそう言うと、シャムエル様が一瞬で俺の手元へ飛んで来てアクアゴールドを撫でた。
「良い子だねえ。ちゃんと自分で工夫してるんだ」
「はあい、だって万能薬は貴重だって言ってたから、出来るだけ効率良く作る方法を考えたんだよ」
得意気なアクアゴールドの答えに、ハスフェル達が揃って感心したように拍手をしていた。
「なあシャムエル。後でいいから、俺達のスライムにも調合と精製の能力を授けておいてくれるか」
また新しいビールの瓶を開けたハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも真顔で頷く。
「ああ、それは良い考えだな。そうすれば、アクア達からその工夫の仕方を教えてもらえるだろうからな」
「そう言えば、後で付与してあげようと思ってたのに、すっかり忘れてたね。じゃあ、アクアちゃんとサクラちゃんに倣って、クリアカラーとピンクの子に調合と精製の能力を付与しておくね」
シャムエル様がそう言うと、一瞬でクリアーとピンクの子達が全員、シャムエル様の前にすっ飛んできて並んだ。
いつもの神様みたいな声で、順番に能力の付与をするのを俺たちは黙って見守った。
「ご苦労様。まあ飲んでくれ」
「ううん、疲れた時はビールだね」
ドライビールを入れてやると、嬉しそうに受け取ったシャムエル様がそんな事を言いながら半分ほどを一気に飲み干した。
その後は、各自好きに揚げ物をつまみつつ、ダラダラとビールを飲んで過ごしたのだった。