神様の思し召し
「さて、じゃあ戻って夕食だな」
誤魔化すようにそう言った俺は、簡易祭壇と置いてあったケーキをサクラに丸ごと収納してもらい、シャムエル様を右肩に乗せてスライム達と一緒にリビングへ戻った。
「お待たせ。じゃあ夕食にするか」
そう言ってリビングに入ると、振り返ったオンハルトの爺さんの手にはグラスがあり、机の上には何本ものお酒のボトルが並べられている。
そして少し離れた場所に座っていたハスフェルとギイの目の前には、机の上に普段は収納しているそれぞれの武器が並べられていて、どうやら各自の手持ちの武器の手入れをしていたらしい。
何本も並んだ大小の剣の横には、柔らかそうな革のクロスが何枚も置かれていて、その隣には固形のオイルのような、俺にはよく分からないものが幾つも並んでいた。
そして二人は、真剣な顔で砥石のようなもので抜き身の剣をそっと撫でるように擦っているところだった。
「へえ、そんな風にして手入れをするんだ」
感心したようにそう言って、ハスフェルの隣に座る。
「あれ、そういえば俺、今まで一度も剣の手入れをした事が無いぞ?」
不意に心配になって、慌てて収納してあった自分の剣を取り出す。
シャムエル様にもらった、俺にとっては異世界生活が始まって二本目の剣だ。
「その剣は純粋なミスリルだろうが。それなら特に手入れは必要無いぞ」
ギイにそう言われて思わず剣を抜いてみる。
改めて見たそれは、恐ろしいほどの鋭利な輝きを放っている。ジェムモンスターを前にした時には頼れる相棒なんだけど、こんな風に何でもない日常の中で見るとその鋭さに足元が竦んでしまいそうなくらいだ。
「へえ、ミスリルの剣は手入れしなくていいんだ?」
考えてみれば、そもそも俺には剣の手入れするって発想が無かったよ。
だって、俺の今までの生活の中にあった刃物って包丁とハサミとカッターくらいで、後はせいぜいがアウトドア用の多機能ナイフ程度。
手入れの道具なんて、包丁の切れ味が悪くなった時用の棒状の金属製のシャープナーくらいしか思いつかない。
それも、砥石と違って研ぐ技術なんていらない。軽く擦れば切れ味復活! って宣伝文句に惹かれて百貨店で買ったものくらいだ。
大人しく横で見ていると、手入れを終えた初めて見る大きな両刃の剣をハスフェルが見せてくれた。
「これはいわゆる鋼の剣。それに重鉄を混ぜてある。重いぞ」
一旦鞘に収めてから差し出されたそれを恐る恐る両手で受け取ろうとして……あまりの重さに諦めて首を振った。
持てない事は予想済みだったらしく、笑ってそのまま一瞬で収納する。
「こっちは、俺が普段使っている剣だ。アダマンタイトとミスリルの合金だよ。この辺りは、汚れを拭きとる程度で手入れはほとんど必要無い。手入れが必要なのは、さっきのやこれだな。どれも鋼の剣だよ」
そう言ってそのうちの一本を抜いて見せてくれる。
やや細身のそれは、二箇所にごくわずかな刃こぼれが見て取れる。
「まだ若かった頃のやらかした痕だよ。戒めのためにそのままにしてある」
苦笑いしたハスフェルの言葉に、思わず以前聞いた、誰かさん達が天使のように可愛らしかった子供時代を思い出す。まだ未熟な頃に、無茶な切り方をしたんだな、きっと。
「おい、今思った事を絶対に口にするなよ」
何故か、ハスフェルとギイの二人から同時に言われた。
エスパーか、お前ら。
「鋼の剣の日常の手入れもそれほど難しくはない。砥石で研いでから軽く油を引いておく程度だ。ある程度使い込んで切れ味が鈍ると研ぎに出すよ。この辺りは無理に自分でやるより専門家に任せるのが一番さ」
それは確かにその通りなんだろうと、素直に頷く。
「それにしても、たくさん持ってるんだな。予備にしたって多過ぎじゃないか? 腕は二本しかないのにさ」
からかうつもりでそう言ったら、なぜかオンハルトの爺さんまでがものすごい勢いで振り返り、三人から揃って真顔で見つめられた。
「な、な、何? 何?」
思わず仰反る俺に、三人はこれまた揃って大きなため息を吐いた。
「お前、まさかとは思うが……手持ちの剣はそれ一本なのか?」
「ああ、そうだよ。ええと、槍は以前買ったミスリルの槍と、ハスフェルから譲ってもらった鋼の槍があるよ」
「他には?」
「ええと……あ、腰にナイフが一本あるよ」
俺的には充分だと思っていたが、その答えに三人は揃って何とも言えない顔になる。
「そうか。お前が以前いた世界は、皆武器を持たないんだって言ってたな」
ため息を吐いて苦笑いするハスフェルの言葉に、腕を組んだギイがうんうんと頷いている。
「それを聞いた時は本気で驚いたが、真の意味を理解していなかったな。だが今のを聞いて分かったよ。成る程成る程」
一人で納得するギイだったが、ハスフェルとオンハルトの爺さんまでが、なぜだか一緒になって頷いている。
「なあ。俺、何かしたか? 全然、俺だけ話が見えないんだけど、何が成る程なんだよ」
俺の質問に、もう一度ため息を吐いたハスフェルが改めて俺に向き直る。相変わらずすごい肺活量だな、おい。
「明日にでもバッカスの店へ行って、既製品で良いからせめて長剣と短剣くらいは買っておけ。判らなければ見繕ってやる」
真顔で言われてとにかく頷く。
「ええと、要するに、予備の武器を持っておけって事か?」
「当たり前だろうが」
三人同時の返事が返ってくる。
「武器なんて所詮は消耗品だよ。折れれば終わりだ。お前、万一その剣が駄目になったらどうするつもりだったんだ?」
真顔で改まって聞かれて返事に困る。
正直言って、そんな事全く考えて無かった。だって、頼もしい従魔達やハスフェル達がいてくれるから……。
「そっか、確かにそうだな。地下迷宮で一人だけ孤立したみたいに、俺だけ突然はぐれる可能性だって無い訳じゃない。万一にも今持ってる剣を無くせば確かに死活問題だな」
俺も大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「分かった。じゃあ明日にでもバッカスさんの店で何本か見繕ってくれるか。俺でも振れそうなのをさ」
「そうだな。俺達が見てやるのがいいだろう。教えてやるから今後のためにもよく見ておけ」
「お願いします!」
両手を合わせて、とりあえず拝んでおく。
思わぬところで装備の不備を指摘されたよ、知らなかったとは言え確かに軽率だった。
うん、気をつけよう。バイゼンヘ行ったら、ヘラクレスオオカブトの剣だけじゃなくて、他にも色々作ってもらおう。
密かにそう決めてふと我に返る。
あれ、これってもしかして、神様の思し召しってやつですか……?
そりゃあ、従うより他ないですよね!