俺の料理の価値って?
「まあ、どうなる事かと思ったけど、なんとか無事にシャムエル様のお腹に収まったみたいだな」
もふもふ尻尾を堪能しながらそう呟いた時、いきなり後頭部の髪の毛を一束、グイって感じに思いっきり引っ張られた。
「痛っ!」
驚いて振り返ると、そこには収めの手の両手バージョンが現れて、激おこ状態だったのだ。
いや、顔が無いから怒ってるって見える訳じゃあないんだけど、俺には分かった。あれは間違いなく怒っているんだって。
理由が分からず無言でしばらく考えた後、せっかく作ったケーキをお供えをせずにシャムエル様が完食してしまった事を思い出した。
「ああそっか。もしかしてケーキを作ってる時から見てた?」
まるで頷くかのように、収めの手が上下に動く。
「って事は、飾り付けするのも……見てた?」
またしても上下に動く収めの手。
「つまり、お供えして欲しかったのに、届いてないから怒ってる?」
今度はやや遠慮がちに、しかしまたしても上下に動く収めの手。
状況を理解した俺は、大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「シャムエル様、後でシルヴァ達に謝っといてくれよな。一人だけ先に食ったって、お怒りみたいだぞ」
すると、ちょうど食べ終えて綺麗にしたばかりのお皿を収納しようとしていたシャムエル様は、慌てたように皿を掴み損なって吹っ飛ばし、またしてもスライム達に助けられていた。
「危ねえなあ。気をつけてくれよ」
俺も咄嗟に手を伸ばしていたので、苦笑いしつつシャムエル様の尻尾を引っ張ってやる。
「ちょっと手が滑っただけです!」
嫌そうに尻尾を奪い返したシャムエル様は、素知らぬ顔でその場に座り込んで尻尾のお手入れを始めた。その後頭部の毛や耳を収めの手が引っ張って遊んでいる。
その様子を見て笑った俺は、振り返ってサクラを呼んだ。
「じゃあ、ちょっと使っちゃったけど丸ごとお供えしとくか。サクラ。小さい方の机と祭壇用の布を出してセットしてくれ。それと、今日焼いたケーキをもう一回全部出してくれるか」
「はあい、ちょっと待ってね」
一瞬で祭壇セットを取り出してくれたサクラが、カウンターの上に改めて今日作ったケーキを並べてくれる。
「じゃあ、これをこっちへ並べてっと」
小さな机いっぱいに、お皿に乗せたケーキが並ぶ。余っていた飾り切りの果物の乗ったお皿も出してくれたので一緒にお供えしておく。
「お待たせしました。ココアマーブルケーキとガトーショコラ、それからおからケーキです。果物の飾りも一緒にどうぞ。さっきのスーパースペシャルプレート別荘バージョンは、夕食の時に改めてお供えします。っと」
手を合わせてそう呟くと、収めの手は俺の頭を何度も撫でてから全部のケーキを撫でまわし、お皿ごと順番に持ち上げてから消えていった。
「お皿が吹っ飛んだショックで、シルヴァ達にお供えするのをすっかり忘れてたよ。だけど、いくらなんでもあの滅茶苦茶になったお皿をそのままお供えするのは無理があるよなあ」
「あはは、確かにすっかり忘れていたね。まあ機嫌を直してくれたみたいだから良い事にしよう」
「神様の台詞とは思えないけど、まあ良いか。それじゃあ、そろそろ夕食の時間かな」
立ち上がりかけて、俺はカウンターに座っているシャムエル様を見た。
「ん? 何?」
「ところでさっき、凄い事言ってたな」
「ええ、何が?」
全く気づいて無さそうだったので、笑った俺は手を伸ばしてシャムエル様をそっと抱き上げてやる。
「さっき、お皿を吹っ飛ばした瞬間。俺は今日の成果が台無しになると思ってそう叫んだんだけど、シャムエル様はこう叫んだよな。私の生き甲斐が〜! ってさ、あれマジ?」
「あはは、よく聞こえる耳だねえ」
誤魔化すように両手で顔を隠したシャムエル様が、しばらくの沈黙の後に指の隙間からこっそりと俺を見上げる。
当然、俺はシャムエル様を見ていたからばっちり視線が合う。
「だって、私にとってもこんな風に仲良く食べ物を分けて貰って一緒に食べたりするのは、本当に初めての経験なんだもの。だからこれからも頑張って作ってください!」
「あれ? ハスフェル達からも貰ったりしてたんじゃないのか? 確か以前、師匠から聞いた話では、ハスフェル達も空中にたまに食べ物をあげたりしてたって言ってたから、こんなの別に珍しくも無いんだと思ってた。単なるノリで食べてるんだと思ってたんだけど……違うのか?」
すると、俺の言葉を聞いたシャムエル様は、まるでこの世の終わりみたいな顔になって俺を見た後、後ろ向きにバッタリと倒れて転がったまま俺の掌の上でジタバタし始めた。
「ええ、酷い。ケンは自分がどれだけ美味しいものを作ってるのかの自覚が全く無いよ。ちょっとシルヴァ達〜! 言ってやって!」
『そうよ、そうよ』
『ケンが作ってくれる料理は本当に美味しいんだからね!』
『俺達がどれだけ楽しみにしてるか』
『分かってないなんてショックだよ〜!』
突然、シルヴァだけでなく、グレイやレオ、それにエリゴールの声までが頭の中に聞こえて俺は驚きのあまり飛び上がった。
お供えを始めたのなんて、単なる思いつきの自己満足だったし、そもそも俺の料理はあくまでバイトで手伝って覚えた程度の素人料理だ。
師匠みたいな料理への飽くなき探究心や情熱も無ければ、作る際の超絶技術も無い。飾り付けのセンスなんてかけらも無い。第一、お菓子だって混ぜて焼くだけレベルしか作れないんだから、すぐに作るネタが尽きて二巡目に突入するレベルだろう。
それなのに、そんな俺が作る素人料理を神様達が本気で楽しみにしてくれているのだと言う。
何だか胸が一杯になって、シャムエル様を下ろして改めて祭壇に向かって手を合わせた。
「ありがとうございます。所詮は素人料理だけど、頑張って心を込めて作ります。これからも、少しでも楽しんでくれたら……恥ずかしいけど嬉しいです」
照れくさくて小さな声でそう呟くと、収めの手が俺の頭を優しく何度も撫でてくれるのが分かってちょっと涙腺が緩んだ。
「じゃあ、改めてこれからもよろしくな。料理のリクエストは、まあ、俺の出来る範囲でお願いします」
顔を上げてシャムエル様に向かってそう言うと、嬉しそうに目を細めたシャムエル様が一瞬で俺の右肩に現れた。
「うん、ケンが作ってくれる料理はどれも美味しいから楽しみなんだ。こちらこそこれからもよろしくね」
そう言ってクルっと一回転して、もふもふ尻尾が撫でるみたいに俺の頬を叩く。
「ああ、もうちょっと強めにお願いします」
思わずそう言うと、こいつ何言ってるんだ? みたいなジト目で見られた。
ええ、いいじゃん。もふもふは俺の癒しなんだからさ。