スペシャルプレート別荘バージョン!
「ご主人、そろそろ三回目の砂が全部落ちるよ」
ゼータの言葉に、レシピ帳を眺める振りをしながら、踊っているシャムエル様を見て楽しんでいた俺はレシピ帳を閉じて立ち上がった。
「さて、おからケーキの焼け具合はどんな感じかな? おお、良い感じに膨れてるじゃん」
見たところ良い感じに焼けてきているが、もう少し焼き目がついたほうが良さそうだ。全体にリング状に丸くヒビが入ってて、その割れた真ん中部分が盛り上がってきている。
「後5分くらいかなあ。ゼータ、砂が半分落ちたら教えてくれるか」
「はあい、了解です!」
触手が敬礼して砂時計をひっくり返す。
「よろしくな。それじゃあ後は、師匠のレシピ帳に載ってたキーウイとイチゴでチューリップってのを作ってみるか」
他の飾り切りは俺にはかなり無理そうなんだけど、その中で俺でも出来そうなのを見つけた。
キーウイやいちごを水平に切るんだけなんだけど、その時に切り口をギザギザの波状にするだけだ。
ギザギザにするには、ナイフの先でギザギザを作るように斜めにして交互に横から突き刺していくだけだ。
試しに一つやって見たが、思ったよりも立体的に切れてチューリップっぽくなった。
「これって、俺が小学校の遠足の時に、母さんが作ってくれた弁当に入ってたゆで卵の切り方と同じじゃん。へえ、あれってこんな風にして切ってたんだ」
不意に思い出した懐かしい記憶にちょっと涙腺がゆるみかけてしまい、慌てたように鼻を啜って誤魔化した。
「どうしたの?」
いつの間にか踊るのをやめて肩に座っていたシャムエル様が、急に黙り込んだ俺を心配したのか立ち上がって頬を軽く叩いた。
「ごめんごめん、何でもないよ。じゃあこれで準備完了だ」
「ご主人、そろそろ時間だけど良い感じに焼けてきてるよ。見てくださ〜い!」
ちょうど良いタイミングでゼータが呼んでくれたので、俺は返事をして平然とオーブンの様子を見に行った。
「ううん、良いんだけど、俺的にはもうちょい焦げ目がついて欲しい」
って事でここからはオーブンの様子をひたすら見て過ごした。
無事におからケーキが焼き上がったところで、オーブンから取り出して待ち構えていたガンマとデルタに冷ましてもらい、取りあえず作るのはここまでにして、今日のお菓子作りの成果をひとまず確認する事にした。
「ええと、ガトーショコラとマーブルケーキ、それからおからケーキ。生クリームは泡立ててもらったし、飾り切りのフルーツが色々。他に収納してあるのは……バニラアイスとプリンは残ってる。クッキーももうちょいある。屋台で買ったデコレーションケーキは、ここで一緒に使うのは勿体無い。ううん、今回はどんな飾り付けにするかなあ」
今日焼いたケーキを並べて悩んでいると、ケーキの横に現れたシャムエル様が、また平らなお皿とお椀を持って俺の腕にお皿をぐいぐいと押し付け始めた。
「痛い痛い。まじで痛いからそれはやめてください」
苦笑いしてお皿を取り上げる。
「何してるの、早く早く!」
「いや、だからちょっと待ってくれって。どんな飾り付けにしようか考えてるんだからさ」
「ええ、もう決まってるんじゃないの?」
何故だか、もの凄く驚かれた。
「待て待て、俺は素人なんだから、そんな簡単には出来ないって。料理は以前バイトした時にちょいちょい習ってたけど、さすがにお菓子作りは初心者なんだから、あまり期待しないでくれよな」
シャムエル様の期待に満ち満ちた目が、俺には重すぎるよ。
「ええ、ケンなら簡単になんでも作れそうなのに」
「いや、無茶言わないでくれって」
苦笑いして、改めて目の前に並んだケーキを見る。
「どうするかなあ。どっしり系ばかりだしなあ」
「別荘での初めてのスイーツ祭りだね。どんなのが出来るのか超楽しみ〜!」
そう言いながら、またステップを踏み始めるシャムエル様。
「あ、そっか。良い事思いついた。これで行こう」
シャムエル様の言葉でヒントを貰ったので、それを使ってみる事にする。
「じゃあ、まずはお皿はこっちだな」
平らな大きめのお皿を用意する。
「プリンも使うか、その方が山っぽくなるな」
ちょっと考えて、すの入ったプリンを一つ取り出し、ガトーショコラを八等分に切って、マーブルケーキは端っこ部分は1センチほど切って、これはサイコロ状に切っておき、もう少し分厚めのを一切れ切る。それからおからケーキは六等分くらいにして、取り出したそれをさらに半分に切っておく。
「じゃあ、まずは真ん中にプリンの小山を作りま〜す」
そう言って、お皿の真ん中にプリンを逆さにして取り出す。
「まあ、ちょっとすが入ってるけど美味しかったから気にしない」
苦笑いして、その上にスプーンで生クリームをたっぷりとすくって落とす。
「左右におからケーキで断崖を作ります」
そう言ってプリンの横に半分に切った綺麗な丸い山形になったおからケーキを縦にしてくっつける。
「で、その横にはガトーショコラの庭を置いて、粉砂糖を振りかけます」
生クリームの山付きプリンと、おからケーキの横に三角にカットしたガトーショコラを並べて粉砂糖でトッピングする。
「そしてその横にアイスの坂が出現したよ」
笑ってそう言い、スプーンでこそげるみたいにしてアイスをたっぷりと長めに掬い取り、ガトーショコラの横に立てかけるみたいにして飾る。
「ねえ、それってもしかして、この別荘を表してるの?」
突然叫んだシャムエル様が、俺の腕をバシバシと叩きながら足だけ器用にステップを踏んでいる。
「おう、気が付いたか。プリンと生クリーム、それからおからケーキとこのアイスで別荘が立ってるこの小山ってか丘を表したんだ。で、別荘代わりはこれだ」
分厚めに切ったマーブルケーキを縦に半分に切り、プリンの上に乗せた生クリームの上に乗せてみる。
「何となく、この斜めになった上側部分がいい感じに屋根っぽくなったな」
もう半分も少しずらして置いてみると、我ながらイメージ通りのいい感じになった。
「それで坂道沿いと別荘の庭には、岩の合間にお花が飾られま〜す」
もうだんだん面白くなってきて、解説しつつさらに飾り切りにした果物とクッキーやサイコロ状に切ったマーブルケーキを交互にあちこちに並べていく。時々生クリームを落としてくっつくようにしておく。
「そして、うさぎのお客さんが来たら完成だ!」
アイスの坂の横に、ウサギのりんごを置けば完成だ。
「どうだ。スーパースペシャルプレート別荘バージョンの完成だぜ」
調子に乗って、お皿を片手に持ち、ちょっと腰を捻った位置で立ってドヤ顔をキメる。
「最高最高〜!」
綺麗にとんぼ返りを切ったシャムエル様が、ものすごい勢いで飛び跳ねて俺の腕に飛びつく。
「うわあ! 無茶するなって!」
しかし、目測を誤ったのか、勢い余ってお皿を乗せた俺の右腕に頭から激突するシャムエル様。
悲鳴を上げて、慌てて手にしていたお皿を掴もうとする俺。
しかしスーパースペシャルプレート別荘バージョンを乗せたお皿は、タッチの差で俺の手をすり抜けて皿ごと空中にダイブしたのだった。
「うああ〜〜〜〜〜〜〜〜! 今日の成果が〜〜〜!」
「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜! 私の生き甲斐が〜〜〜〜!」
俺とシャムエル様の悲鳴が、キッチンに響き渡って……。