食事
「それじゃあ、サクッと作るとしますか」
そう呟いた俺は、サクラに頼んで手を綺麗にしてもらってから、まずは小鍋にスープを二人分取って、コンロにかけようとして思い出した。
「おっと、その前に、タロンの飯だよな」
足元に、先程からタロンが擦り寄って来ていたのだ。
タロン用のお皿を取り出してもらって、タロン用に切ってあった鶏肉を一切れ、お皿に乗せて出してやる。
「ほら、食べな」
嬉しそうに食べ始めるタロンを、ハスフェルはじっと見ていた。
「ケット・シーだと言っていたな。ケンタウロスだけでも驚きなのに、ケット・シーが、普通の人間と一緒に旅をするなど、何の冗談かと思ったぞ。だがそれを見る限り、お前さんはそのケット・シーに懐かれているようだ。何とも驚きだな」
「俺にとっては、可愛い猫なんだけどね」
そっと背中を撫でてやり振り返ると、呆れたように笑われた。
何でだよ。可愛いんだから良いじゃないか。
改めて、スープの入った小鍋を火にかけて、夕食の準備を再開した。
机に大きめのお皿を二枚取り出して、カトラリーを取り出す。バラバラに買っているから統一性は皆無だけど、別に食べられれば文句は無かろう。
スプーンとフォーク、それからナイフを二人分取り出して並べておいた。
お皿には、ちぎった野菜とフライドポテトを並べ、塩茹でした豆も一緒に並べておく。
別のお皿に、丸パンを適当に出して置く。
「ほう、もう調理が出来た状態で持っているのか。成る程な。それなら野外でもゆっくり食事が出来るわけだ」
横で見ていたハスフェルが、面白そうにそう呟く。
「そう、楽で良いだろう。だけど今夜はメインの肉は焼くよ」
笑いながらそう言い、分厚いステーキ用の肉を二枚取り出して、軽く叩いてスパイスを多めに振って、大きい方のフライパンにオイルを入れてから肉を並べて焼いていく。
「この肉を焼くのなら、このコンロの火だと、ちょっと弱いんだよ。本当ならもう少し強火のやつが欲しいんだよな」
焼きながら思わず呟くと、ハスフェルが顔を上げた。
「火力が欲しいなら、もっと強いジェムを入れれば良いではないか。持っていないのか?」
え? どゆこと?
思わず振り返り、無言で見つめ合う。
「知らんのか? 火力はジェムの種類によって違うから、強い火力が欲しければ強いジェムを入れれば済む事だ」
「ええ、何だよそれ。初めて聞いたぞ。ジェムって火がつくだけで、皆同じじゃ無いのかよ」
思わず叫んだ俺を見て、ハスフェルはまた机の上に座っているシャムエル様を見た。
「だからお前は適当だというんだ。ジェムの種類などこの世界では常識だぞ。真っ先に教えておかなければならん事だろう。と言うか、知らないままでいられた事に驚きだよ、今までどうしていたのだ?」
逆に聞かれてしまい、俺はちょっと考えた。
「ええと、適当に入るジェムを入れていました」
俺の答えに、ハスフェルは無言で机に突っ伏した。
「とりあえずこれをやるから、入れ替えてみろ」
顔を上げて大きなため息を吐いてから、そう言って差し出されたのは、かなり大きなジェムだ。
「あ、これってブラウンロックトードのジェムですね」
見覚えのある大きさにそう言うと、ハスフェルは笑って頷いた。
「そうだ、これは火力も強く長持ちするから長旅には必須のジェムだぞ。知っていると言う事は持ってるのか?」
「はい。なんと言うか、狩る時に酷い目にあいましたけどね」
それを聞いて、ハスフェルは小さく吹き出した。
「どうやら、お前さんに教えてやれる事がまだまだ沢山ありそうだな」
「期待してるのでよろしくお願いします。代わりに美味い飯を作りますよ」
「そうだな、そっちは任せるからよろしく頼むよ。まあ、せっかく出したんだから今回はこれを使うと良い」
そう言ってジェムを差し出してくれた。
しかし、取り出してくれたブラウンロックトードのジェムは、どう見てもコンロのジェムを入れる部分よりも大きい、あれはどうやっても入らないだろう。
「ハスフェル、残念だけどジェムが大きすぎるよ。このコンロに入らないって」
俺がそう言うと、彼はまたしても大きなため息を吐いた。
「これも教えていないのか。全く大雑把にも程があるぞ」
小さく呟き、何やら不思議な道具を取り出した。
「って事は、これを見るのも初めてか」
頷いた俺は、彼が取り出した道具を見る。それはなんとも不思議な形をしていた。
円形状になった丸い蓋の部分には、十字に金属の細い剃刀みたいなものがはまっていて、下側はあちこちに切り目が入ったお椀みたいだ。それ以外に後から取り出した横に置かれているのも、同じ丸い蓋状で剃刀の数が違っている。恐らく、四等分、六等分、八等分と言う具合に、ケーキを切る道具みたいに見える。
「俺は長旅に備えて自分で持っているが、普通はギルドや道具屋で頼んで割ってもらう。これはジェムを等分する為の道具だ。例えば、そのコンロに入れるなら八等分で十分だから、こうやるんだ」
そう言って、切り目の入ったお椀にジェムを入れる。
「此処が印だから、真ん中に合わせてまずジェムを置く。それで、割りたい等分の蓋を乗せて押さえるんだ」
そう言って、実際にやって見せてくれた。
彼が上から蓋を押さえると、金属を叩いたような綺麗な音がして、ジェムが見事に八等分されたのだ。
「おお、凄え。綺麗に割れたな」
一欠片見せてもらったが、断面も綺麗に割れてツルツルだった。
「火を止めて、ジェムを入れ替えてみろ」
頷いて、焼きかけのフライパンを一旦下ろして、置くところがなかったのでサクラに持っていてもらう。
熱くなってる金属部分を触らないように気をつけて、逆さにして底蓋を開くと、以前シャムエル様にもらったジェムがかなり小さくなって入っていた。
それを取り出して、割ったジェムを入れて蓋をする。しばらく置いてから火をつけてみて驚いた。
「おお、強火になった!」
慌ててサクラに先ほどのフライパンを出してもらい、一気に焼いていく。
これなら、野外でも肉ぐらい簡単に焼けそうだ。
あっと言う間に肉が焼けたので、まずは食べる事にした。
温まったスープを木のお椀に入れて渡し、肉を乗せたお皿も渡す。
「おお、これは美味そうだな。野外でこんな食事が出来るとは感激だよ」
目を輝かせた彼は、そっと手を合わせてから食べ始めた。
「いただきます」
俺も手を合わせてから、まずは肉を切って口に入れる。
「おお、我ながら焼き具合バッチリだね」
満足してそう呟いた時、ふと思い付いて丸パンに一切れ挟んでそのまま食べてみる。即席ステーキサンド、美味い!
「これは美味いな。ケンは料理人になれるぞ」
同じく、丸パンにステーキを挟んだ即席サンドを作ったハスフェルがそれを食べながら嬉しそうにそう言って褒めてくれた。
「まあ、飯は期待してくれていいよ。何しろ、俺が不味いものを食いたくないっていう立派な理由があるからさ」
胸を張る俺に、またしてもハスフェルは吹き出したのだった。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
俺の机の横では、シャムエル様がそう言いながら手を差し出して笑っている。
「はいはい、ちょっと待ってくれよな」
俺は、手にしていたステーキサンドをナイフでまとめて少し切ってやり、小皿にそれを乗せ、フライドポテトも1センチ程切って、一緒に盛り合わせて目の前に差し出した。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「おお、ご馳走だね」
嬉しそうに目を細めたシャムエル様はそう言って、ステーキサンドを両手で持って齧り出した。
「これも美味しいね!」
「おう、遠慮なく食ってくれよな」
ジェムも資金も豊富にある。
仲間達には美味しいものを食わせないとな。
「凄いやケン、惚れちゃいそうだよ」
ステーキサンドを齧りながら、しみじみとそんな事を言い出したシャムエル様に、俺は飲みかけのスープを思いっきり吹き出したのだった。
うん、横向いてて良かった。せっかくの夕食がスープまみれになるところだったよ。
と、思ったのもつかの間……横に座って寝ていたマックス達にスープが降り注いだのだ。
「うわあ! 何するんですかご主人!」
主な被害者は、一番近くで寝ていたマックスで、彼の体に殆どのスープが吸われていた。
「ごめんごめん。ちょっとマジで驚いたんで止められなかったよ。アクア、綺麗にしてやってくれるか」
マックスの背中に乗っていたアクアに頼んで綺麗にしてもらう。
残りのスープを飲んでから、俺は机で大笑いしている二人を振り返った。
「全く、食事中に笑わせないでくれって」
残りのポテトを食べながら、俺はシャムエル様の尻尾を突っついてやった。
これこれ、やっぱり最高の手触りだよ。
「だから、私の大事な部分を突っつくんじゃありません!」
いきなり空気に殴られて、俺は座っていた椅子から転がり落ちた。
「暴力反対!」
起き上がりながら、笑いをこらえてそう叫ぶと、もう食べ終えたハスフェルまでもが、笑いすぎて椅子から転がり落ちていたので、それを見てもう全員揃って、息が切れるまで笑い合った。