工事の依頼と今後の予定
「いやあ、さすがは早駆け祭りの英雄だ。こりゃあまたすごい家を買ったな」
「全くだ。それで、どこを直すんだって?」
廊下へ出ると、ドワーフのリード兄弟が天井を見上げながら楽しそうに話をしている。
「リードさん、ゲイルさん、お久し振りです。こんな時間に急に呼び出したりして申し訳ありません」
「いやいや、早駆け祭りの英雄の呼び出しに応じない奴なんて、この街にはいませんよ」
「全くだ。それにこの家の改築となれば、これまた大仕事だからなあ。喜んでやらせてもらいますよ」
声をかけると、嬉しそうに目を輝かせて右手を差し出しながらそう言ってくれる。
「じゃあ順番に行こう。まずはケンさんの部屋だね」
マーサさんが笑いながら俺の腕を叩くので、俺も笑って頷いた。
「なんでも言っとくれ。好きなように作ってやるぞ」
お兄さんのリードさんの言葉に、まずは問題の屋根裏部屋へ向かった。
「はあ、ここに住むって?」
「こ、これだけの大邸宅を買って、その主人の住む部屋が……これ?」
マーサさんが、梯子を下ろしたままになっていた屋根裏部屋を指差すなり、二人が揃ってそう叫んだ。
「ああ、これは失礼しました」
リードさんが誤魔化すように咳き込んでから慌てて謝り。弟のゲイルさんも慌てたように俺に頭を下げている。
「ええ、マーサさんにも驚かれたんだけど、そんなに変かなあ?」
「いや、変というか……」
「そもそも、屋根裏に住むなんて、なあ……」
どうやらこの世界では、屋根裏部屋は子供の憧れって訳ではなさそうだ。
そのまま階段を上がって、床の強化と階段を作り直して欲しい事を話す。
すると二人が顔を見合わせて何やら真剣に相談を始めた。
「ねえ、ケンさん。この家には他にも屋根裏部屋があるんだけど、そっちじゃあ駄目かい?」
何やら言いたげなマーサさんの言葉に、窓の外を見ていた俺は驚いて振り返った。
「いや、屋根裏はここしか見てませんけど、他も同じじゃあないんですか?」
逆にこっちが驚いてそう尋ねると、マーサさんは納得したように階段を指差した。
「それなら別の屋根裏部屋へ案内しますから、一通り見てからどこを使うか決めてもらいましょう」
「そうですな。それでもここを使いたいと仰るのなら、その時は何とかして考えましょう」
こちらも何か言いたげなリードさんの言葉に、俺は首を傾げながらもう一度部屋の中を見回した。
特に問題があるようには見えないけど、まあ専門家が揃って嫌がってるみたいだから、一応他の部屋も見てみる事にする。
はい。マーサさんの案内で別の屋根裏部屋へ連れて行かれた俺は、彼らが何を言いたかったのか理解したよ。
まず広さが違う。そして部屋の作りが全く違っていた。
うん、俺でもここを見た後なら、誰かがあそこに住むって言われたら止めるよ。
要するに俺が見たあの部屋は、他の部屋の半分以下の広さしかなく、部屋の作りもかなり安普請だった。多分、場所があるから予備で部屋の体裁だけ整えておいたよ、って感じだ。
一番良いのはここだと言って連れて来られた最後の場所は、折り畳み式の階段も広くて大きいし頑丈で、これなら従魔達が登り降りしても余裕で大丈夫そうな作りになっていた。
そして確実に最初の部屋の三倍は余裕である広さだったよ。部屋の半分くらいが斜めになった天井なので、ここが屋根の部分なのだろう。当然だが、その斜めになった天井部分にも出窓が複数並んでいて良い感じだ。
今は、その部屋の隅にはいくつかの箱詰めされた荷物が積み上げられている。
「さっきの部屋の床よりもかなり頑丈な作りだし、部屋の作りも良いよ。ここなら少し改装すれば確かにそのまま住めそうだね」
壁も床も、綺麗な木目の木材がそのまま剥き出しになってるし、壁の柱には何かの金具が多数打ち込まれたまま剥き出しになってる。
ううん、だけどこれはこれでいい感じだ。是非そのまま残してもらおう。
「成る程。確かにこっちの方が良さそうですね」
俺の言葉に三人揃って安堵したように苦笑いしている。
って事で、この屋根裏部屋を俺の部屋として使う事にしたんだけど、実を言うとあの狭さも捨てがたいんだよなあ。
そこで少し考えた結果、部屋を二つに区切ってもらう事にした。
やや低いが天井が床と水平になっている部分。まあ、天井が低いと言っても俺の元住んでたボロマンションのワンルームの部屋の天井よりは余裕で高いんだけどね。そこと、天井が斜めになった、いかにも屋根裏部屋って部分とを分けて使う作戦だ。
斜めになる天井の部分で区切ってもらい、その壁の真ん中部分を扉を付けずに広く開けておいて貰えば部屋の行き来は自由に出来る。
天井が斜めになってる、これぞ屋根裏部屋って部分を寝る部屋にして、残りの普通の部屋っぽい部分はソファーとか机を置けばそのまま寛ぎスペースになるだろう。
手洗いや広い水場は、階段を降りてすぐの所にあるので、それを使えば問題無い。
リードさん達にはその辺りの俺の希望を実際の場所を見ながら伝え、過度な装飾や家具は置かない事も伝える。
秘密基地的隠れ家って話をしたら、なぜか大受けして任せろと言ってくれた。そこは通じたみたいだ。よしよし。
あの剥き出しの金具が打ち込まれた柱も、俺の希望を伝えてそのまま残してもらう事にしたよ。
床や壁、天井は木目を生かしてもう少し磨きを掛けてもらう事になった。
それから、ハスフェル達と合流して彼らが見つけた訓練用の部屋へ行き、ここの床は補強を兼ねて丸ごと全部張り替えてもらう事になった。
他にも、オンハルトの爺さんが見つけてくれた幾つか補修した方が良い箇所があり、設置されていた照明器具の一部も新しい物に交換した方が良い事が分かった。
要するに、この建物は見た目は綺麗だったんだけど、住もうと思ったらやっぱりそれなりの改装工事が必要だったってわけだ。
まあ、予定外の出費になったけど、予算は潤沢にあるから問題無い。
相談の結果、ありったけの工事を全部まとめてお願いして正式な契約書を交わした。
で、結局、工事が全部終わるまで待ってたら春になるって事が分かり、一通りの打ち合わせと従魔達の気が済んだら、早々にバイゼンヘ出発する事になった。
そしてそれまでの間は、結局、絢爛豪華な部屋で寝る事になったよ。
まあ、お客になってるんだと思えば、絢爛豪華な部屋で寝るのも悪くは無いだろう。
ハスフェル達の部屋に近い場所を適当に決めて、仮の俺の部屋にする事にした。
坂道を帰って行くマーサさんとリード兄弟を見送った俺達は、一階にある広い部屋に集まり、ここを普段のリビングとして使う事を決めた。
「じゃあ。俺はキッチンで料理をしてるから、好きに寛いでてくれよな」
「おう、じゃあ用意が出来たら呼んでくれよな」
「手伝いが必要なら、いつでも呼んでくれよ。カレー粉を混ぜるくらいは出来るからな」
ギイの言葉に俺は笑って頷く。
「ああ、良いなあ。じゃあカレーを作る時は呼ぶから手伝ってくれよな」
笑ってハイタッチで手を叩き合い、俺は早足でキッチンへ向かったのだった。