キッチンにて
「おお、これこれ。改めて見ると本当に広いなあ。これって師匠の店の厨房と同じくらいあるんじゃね?」
到着した広いキッチンを見渡して、一人ニヤつきながらそう呟く俺。ちょっと、危ない奴になってます。
「ええと、何からするかなあ」
我に返って誤魔化すようにそう言って、また厨房を見回してニマニマ……。
「いかん、頬を引き締めないと本当に危ない奴になるって」
頬を軽く叩き、持っていた鞄を入り口横にあった小さな机に下ろして、まずはキッチンの中を一通り見て回る。
「ここに水場がある。あ、向こうにもある。へえ、左右の両端に二箇所も水場があるんだ」
見慣れた段差になった水槽が手前側と突き当たり奥の二箇所にある。家の鍵を貰った時に、大元の水の栓を開けてもらっているので、今は綺麗な水が水槽からあふれて床の排水溝へと流れている。
照明は、部屋に入ったところにあったスイッチをポチッとしただけで、キッチン内に幾つも設置された小さめのランプに一斉に明かりが灯っているおかげで、広いキッチン内部は真昼のような明るさだ。
「ご主人、何からお手伝いしたらいいですか〜?」
アルファ以外のスライム達が、置いてあった鞄から一斉に転がり出てくるのを見て笑った俺は水場を指差す。
「一通りの掃除はしてくれてあるとは思うんだけど、しばらく使われてなかった場所だからな。水回りと排水を中心に、キッチン内部のお掃除を一通り頼んでもいいかな」
スライムの洗浄の能力の優秀さを知ってるので、ここは専門家にお任せする。
「はあい、じゃあ綺麗にしま〜す!」
全員揃った元気な返事の後、まずは左右の水場に分かれてすっ飛んで行った。
一瞬、ここで噴水遊びをされたら大変だと思って慌てたが、さすがにやって良い事と駄目な事は理解していたらしく、水槽に飛び込んだきり静かな水面を見て胸を撫で下ろしたのは内緒だ。
しばらくすると、次々に水槽から出てきたスライム達があちこちに広がって掃除を始めた。
戸棚の中や引き出しの中にも隙間からするりと入って行くのを見て小さく笑った俺は、作業台の下にある扉を順番に開いて中を確認していった。
「へえ、ここも冷蔵庫になってる。って事はこの作業台の下全部冷蔵庫って事だよな。どれだけあるんだよ」
時間停止の無制限収納力のおかげで、俺の場合は冷蔵庫の使用は最低限で済んでいるけど普通はそうじゃないんだよな。
改めてスライム達の有り難さを実感して、密かにシャムエル様に感謝したよ。
ちなみにそのシャムエル様は、何が楽しいのか、スライム達と一緒になってあちこちの戸棚や引き出しを開けては、中が空だと言っては大喜びしていた。
「へえ、コンロは全部で六箇所にあって、合計十八個もあるよ。で、設置型の大型のオーブンが二箇所と、移動出来る小型のオーブンは四箇所。ジェムを入れるタイプの大型ミキサーも複数設置してある。すげえな。大人数でも一度に料理出来るわけだ。だけど、ここでは料理するのは俺一人だもんなあ。さすがにそんなには一度に使えないよなあ」
予想以上の広いキッチンに感心するようにそう呟いて、深呼吸を一つした俺は、ジェムの入っていない冷蔵庫やオーブンなどの厨房機器の扉を片っ端から開けて回った。
念の為、ここもスライム達に掃除してもらおう。
「排水溝がちょっと汚れてたので、外に繋がる部分まで敷地内は全部綺麗にしました〜!」
「水槽も、水垢がこびり付いてたので綺麗にしたよ〜!」
「引き出しと戸棚に埃や汚れが付いてたから、全部綺麗にしました〜!」
「冷蔵庫の中が汚れてたのも、全部綺麗になったよ! ジェムを入れてくださ〜い!」
「天井と壁と床、それからランプの油汚れと埃も全部綺麗にしたよ〜!」
「コンロは全部お掃除完了したから、ジェムを入れてくださ〜い!」
「こっちのミキサーも全部お掃除完了です。こっちにもジェムをお願いしま〜す!」
「オーブンのお掃除も全部終わったよ。ここにもジェムをお願いしま〜す!」
キッチンを見て回りながら、どこを使うのが効率がいいか考えていたら、次々と掃除の終わったスライム達からの報告が届いた。
本当にうちの子達は、どの子も優秀すぎるよ。
跳ね飛んできたスライム達を順番に受け止めて撫でたり揉んだりしてやってから、キッチンを見回す。
「さて、どこを使うかなあ」
スライム達を引き連れて、少し考えてから入り口側の水場に近い作業台へ向かう。
下が冷蔵庫になってるこの作業台だけでも奥行き1メートルちょい、横幅5メートルは余裕である。
これだけの広い場所があれば、揚げ物などの仕込みの流れ作業も楽だろう。
まずはここを使ってみる事にして、作業台の右横にある三台並んだコンロにはブラウングラスホッパーのジェムを入れておく、こっちは強火用だ。
そして作業台の左横にある同じく三台並んだコンロにはブラウンロックトードのジェムを入れておく。こっちはコトコトじっくり煮込む弱火用だ。
それから念の為作業台の下にある冷蔵庫にもブラウングラスホッパーのジェムを入れておき、氷を作って入れておく。
少し考えて白ビールと黒ビール、それからジュースを並べて冷やしておいた。これは、冷えたらローテーションして入れ替えればいいよな。
「って事で、冷えた白ビールを一本取り出します!」
サクラに冷えた白ビールを一本取り出してもらい、マイグラスも取り出して並べる。
「休日に、豪華なキッチンで冷えたビールを飲みながら料理をする。ううん、いい感じだ」
いそいそと白ビールの栓を開けようとしたその時、マーサさんの声が聞こえてキッチンの扉がノックされた。まあ、開けっぱなしにしてあるんだけどね。
「ケンさん、お待たせ。リード兄弟に来てもらったから、先にケンさんの希望を言ってもらえるかな」
白ビールの瓶を持ったまま返事をして、一瞬で開け損なった白ビールの瓶とマイグラスを収納する。
「ううん、残念。白ビールは後のお楽しみだな。じゃあまずは、俺の秘密基地兼隠れ家の改築依頼だな」
小さく笑ってそう呟くと、スライム達にはベルトの小物入れの中に入ってもらい、まずはマーサさんと一緒に、リード兄弟に詳しい希望をお願いするために屋根裏部屋へ向かったのだった。