改装工事の相談……別名、隠れ家的秘密基地建造計画!
「ああ、ここにいましたか」
庭に出てみたんだけどマーサさん達の姿が無くて、もしかしてもう帰っちゃったかと肩を落としたら鞄から出てきたサクラが裏庭にいると教えてくれた。
「ええ、この別荘、裏庭なんてのまであるんだ」
驚いてそう呟くと、何故だか肩に座っていたシャムエル様が呆れたように俺の頬を叩いた。
「何言ってるんですか? 建物の裏側部分をそう呼んでるだけでしょうが。ここの敷地がどれだけあると思ってるの?」
確かに、家が建てられている平坦な敷地部分だけでも相当あるものな。建物の裏側部分は、言われてみれば裏庭と呼ぶ以外無さそうだ。
「あはは、確かにそうだな。どうにも庶民感覚が抜けないものでねえ」
誤魔化すように笑って、建物沿いに歩いて裏庭へ行ってみる。
「へえ、細いけど、石畳が敷かれた散歩道が裏庭まで続いてる。貴族の生活ってどれだけ贅沢なんだろうな」
歩きながら、足元の綺麗に敷かれた細い石畳の道を見て感心する。
「こっちにいるよ〜!」
得意気にこっちこっちと言いながら、俺の少し前を跳ね飛んで進むサクラに大人しくついて行くと、茂みの向こう側から何やら話す声が聞こえてきた。
「では、ここには葡萄の棚を作ります。それでそちらの川側にみかんの木を植えましょう」
「ではこれで全部ですね。植え付けはお任せしますので、よろしくお願いします」
「もちろん。これだけの敷地ですからなあ。喜んでやらせていただきます」
「いやあ、しかしこれだけ日当たりの良い場所に植えるのだから、どれも収穫が楽しみになりますなあ」
マーサさんの声に続き、ツヴァイクさんとヴルツェルさんの嬉しそうな声が聞こえる。
「おや、ケンさん。何かありましたか?」
話しかけて良いかどうか少し離れて様子を見ていると、俺に気づいたマーサさんが驚いて振り返った。
「ええと、ちょいと改装して欲しい箇所が見つかったので、どうしたら良いか相談したいと思いまして。もうそちらのお話は終わりましたか?」
仕事の邪魔かと思ったのだが、三人は揃って笑顔になった。
「いえ、今日のところはこれで終了です。我々は、今からご注文いただいた果樹を選びに店へ戻りますので、どうぞごゆっくりご相談ください」
ツヴァイクさんが笑ってそう言い、一礼した二人は早足でそのまま立ち去ってしまった。
「何だか話の邪魔したみたいで申し訳ないです」
帰って行く二人の後ろ姿を見送りながら割と本気で謝ったら、逆にマーサさんに驚かれたんだけど何故だ?
「ええと、この部屋を自分の部屋として使いたいんですよね」
話をしながらマーサさんを、俺の部屋候補の屋根裏部屋に連れてくると本気で驚かれた。
「ええ、まさかとは思いますが、本当にこの屋根裏に住むって仰るんですか?」
真顔でそう言われてしまい、俺は苦笑いしながら頷く。
「だって、俺は生まれも育ちも庶民なので、ここの他の部屋はどうにも煌びやかすぎて落ち着かないんですよ。こういう秘密基地っぽい隠れ家的な部屋って子供の頃から憧れだったんですよ。駄目ですかね?」
まじで駄目だって言われたらどうしようかと心配していたんだが、俺の言葉を聞いたマーサさんは急に笑い出した。
「た、確かに秘密基地っぽいですね。それにこれなら間違いなく隠れ家ですね。分かりました。ここはケンさんが買われた家なんですから、あなたが快適に過ごせるようにするのが正解ですよ。では、今から一走り行ってリード兄弟を呼んできますので、工事に関しては彼らに頼んでください。ここの建物の修繕は、全て彼らが担当してくれていますのでね」
おお、クーヘンの店の改装を請け負ってくれたドワーフの大工達だな。聞くところによると、バッカスさんの店の改装も彼らが担当したんだって。
よしよし、彼らならきっと俺の意を汲んでばっちりな秘密基地的隠れ家な部屋を作ってくれるだろう。
「ああ、彼らがやってくれるのなら安心ですね。ええと、じゃあ俺が呼びに行ってきますので……」
俺は自分で行く気満々だったんだけど、当然のように自分が行くから屋敷で待っててくれと言われて、結局、何度かの押し問答の末、マーサさんがリード兄弟を呼んで来てくれる事になった。
「ええ、だけど今から呼びに行って戻って来たら、相談が終わる頃には日が暮れませんか? それなら、俺達はここに泊まるんだから、リード兄弟には明日にでも来て貰えばそれで良いですよ」
しかし、にっこり笑ったマーサさんは梯子を下ろしたままの屋根裏部屋を見上げて首を振った。
「それなら、ケンさんは今夜はどこで寝るんですか?」
「ええと、まあ適当な部屋で寝ますよ」
「その、適当な部屋が落ち着かないから自分の部屋をこの屋根裏部屋にお決めになったのでしょう? 大丈夫ですよ。我らクライン族の諺に、今にぴったりの言葉がありますよ。思ったら即行動せよ。しからば結果は良きものとなって返るであろう。ってね」
おお、思い立ったら吉日、的なアレだな。へえ、こっちの世界にもそういう諺ってあるんだ。なんだか嬉しくって、もうお任せする事にした。
「じゃあ、俺はキッチンで料理をしていますから、戻って来たら声をかけてください」
「了解です。ここのキッチンは広いですからね。ケンさんならきっと料理が捗ると思いますよ」
「ええ、実は俺も楽しみなんです」
そう言って、顔を見合わせて笑顔になる。
それから、リード兄弟を呼びに行くマーサさんを見送り、ハスフェル達に念話で屋根裏部屋改装計画を報告し、そのままキッチンへ向かった。
どうやらハスフェル達も二階にそれぞれ自分用の部屋を確保した後、一階の北側に予想通りに訓練部屋に使えそうな広い板張りの部屋を見つけたらしい。
だけど何箇所か床板に傷みがあるらしいので、ついでにリード兄弟に頼んでそっちも直してもらう事にした。
訓練部屋の掃除は彼らに任せて、俺は料理をする為にキッチンへ向かう。
本来この家に住む貴族の人ならきっと、お抱えの料理人とかが何人もいて、すごいご馳走を作ってくれるんだろうけど、俺は自分で料理するよ。優秀なアシスタントのスライム達も大勢いるから大量に作るのだって大丈夫だ。
あんな立派なキッチン。使える機会はそうはないんだから、もう気が済むまでとことん料理する気になってる俺だったよ。
さて、今夜の夕食には何を作ろうかねえ?