大量のジェムと大量のお菓子とケーキ
「さてと、とりあえず委託で渡すのはこれくらいかな」
新しく追加した委託品の恐竜のジェムや飛び地で集めた珍しいジェムなどを、開けてもらった例の五万倍の引き出しの中に小分けして詰め込んでいく。
何をどれだけ預けたかは別紙のリストがあるので、それをそのままクーヘンに渡せば委託完了だ。
「追加をこれだけ渡せるって事は、開店から数ヶ月だけどもう相当売れてるって事だよな。すげえなクーヘン」
改めて追加のリストを見ると、もう凄過ぎて笑うしかない。
「まあ、売れないより良いじゃないか」
完全に面白がってるギイの言葉に、全員揃って大笑いになった。
「おやおや、何やら賑やかですね」
その時、クーヘンが開いた扉から顔を出した。
「おう、丁度追加の整理が終わったよ。はい、これが今回の追加のリストだ」
束になったリストを渡すと、クーヘンが嬉しそうな笑顔になる。
「おお、これは素晴らしいですね。実は再来週辺りには、王都からまた団体でジェムを見に来られるとの事だったので助かりました。これだけあれば目の肥えた王都の商人の皆様にも喜んで頂けるでしょうからね」
「ええと、次は春まで戻って来られないと思うけど大丈夫か?」
「幾らなんでもこれだけあれば充分ですよ。もし、万一にでも無くなるような事があれば、次回の入荷は春の早駆け祭り前の予定だって言っておきます。それに、ランドルさんもジェムを委託で預けてくれる事になったので、仕入れ先が増えましたよ」
嬉しそうなその言葉に思わず拍手をしたよ。
「彼もこの後、スライム集めをしながら各地を移動して、東アポンの近くにある地下洞窟へ一度行ってみる予定だと言っていましたからね」
「ああ、あそこなら確かに今の彼の従魔達ならまあ大丈夫だろうさ」
「絶対王者以外はな」
ハスフェルとギイが顔を見合わせて笑っている。
「いやいや、絶対王者に会ったらどうするんだよ。いくら彼の従魔達でも、ティラノサウルスの相手は無理だろうが。そんな危険な所へわざわざ行くなよって」
俺が思い切りビビってそう言うと、ハスフェル達から呆れたような目で見られた。
「お前は相変わらずだなあ。彼には気配に敏感な従魔達があれだけいるんだから、万一絶対王者であるティラノサウルスが近くに来たりしたら、従魔達が真っ先に気付いて逃げてくれるさ。そもそも、あの地下洞窟の絶対王者に会う確率はそれこそ百回入って一回出会うかどうかって程度だぞ」
「ええ、1パーセントかよ。もっと沢山いるのかと思ってたぞ」
「基本的にティラノサウルスは地下洞窟内に一匹しか出ない。誰かがそいつを倒せば、また洞窟内のどこかに一匹出現するんだよ。まあ、俺達やベリーの場合は、ある程度気配の察知が出来るから、探して追いかける事も出来るが、あれは普通はそうそう出会えるジェムモンスターじゃねえよ」
笑ったハスフェルの言葉に、確か、ハスフェルはあの地下洞窟が遊び場だって言ってたのを思い出して遠い目になる。
「あれ、だけどあそこはお前の遊び場なんだったら、今までティラノサウルスは狩らなかったのか?」
「いや、何度か頼まれて狩った事はあるが結構疲れるからな。なのであまり積極的にやりたくはないな」
「結構疲れるって……逆に、絶対王者相手に簡単にそう言えるお前が怖いよ」
乾いた笑いをこぼす俺に、隣でクーヘンも一緒になって頷いている。
「あそこは遊び場だったんだから、恐竜との戦いも俺にとっては遊びなんだよ。まあ。ティラノサウルスは全力で戦えば勝てない相手ではないが、一人だと途中で休めないからな。それこそ、遊びで怪我をするのは割に合わんので、無理に相手をする事は無かったんだよ」
恐竜や絶対王者との戦いを遊びだと言えるお前が……以下同文。
クーヘンと顔を見合わせて、もう一度乾いた笑いをこぼす俺だったよ。
「ああ、すっかり話し込んでしまいましたね。そろそろ昼休憩なのでまた広場の屋台へ行きましょう」
クーヘンの言葉に、肩に座ってせっせと尻尾のお手入れに余念がなかったシャムエル様が、目を輝かせて机の上に一瞬で移動した。
「行こう行こう。注文していた分を忘れずに受け取ってね!」
「はいはい、あの太巻きクレープみたいなやつだな」
笑って立ち上がった俺達は、ジェムの入った引き出しを全部戻して扉を閉め、地下室の二重鍵をしっかり閉めてから横の広場へ向かった。
シャムエル様はもう、さっきから俺の肩の上でずっとステップを踏んでいるよ。
もふもふ尻尾が俺の頬にずっと当たってます。良いぞもっとやれ。
「ご用意出来ていますよ。あの、ちょっと張り切って作り過ぎてしまったんですけれど、本当に全部買っていただけるんでしょうか?」
シャムエル様お気に入りの全部乗せ太巻きクレープを別注していたお菓子屋さんの店主さんが、俺を見つけて手を振りながらなんだか不安そうにしている。
「もちろんありったけ買わせていただきますよ。幾つ作れましたか?」
お金の入った巾着を鞄から取り出しながらそう尋ねる。一応十本分だけ前払いで払ってあるんだよ。
「あの、全部で五十本あるんですが……」
見慣れた木箱に、ぎっしりと並ぶ全部乗せ太巻きクレープ。
思わず吹き出した俺は、空の木箱を鞄から取り出した。
「じゃあここに全部入れてください。入らなかったら木箱はまだありますよ」
「お買い上げいただけますか。良かった。ありがとうございます!」
嬉しそうにそう言って笑った店主さんは、俺が渡した木箱に、丁寧に全部乗せ太巻きクレープを並べてくれた。
「ねえ、絶対美味しいと思うから色々買って欲しいです!」
なぜか急に落ち着いたシャムエル様が、俺の頬を叩きながらそんな事を言う。
見ると、その視線はある一点に釘付けになっていた。
そう、前回は出ていなかったんだけど、ガラスのドームみたいな大きなショーケースの中には、どう見ても直径30センチクラスの巨大ホールケーキが全部で三種類、ドヤ顔で並んでいたのだ。
一つは、俺でも知ってる真っ白な生クリームとイチゴのデコレーションケーキ。もう一つは、多分チョコ味の生クリームぽいので、綺麗にカットしたメロンとバナナとイチゴが飾られている。そして最後の一つは、チョコレートでコーディングしてある艶々の真っ黒なケーキだった。上に赤い小粒の果物が山盛りに飾られてて、どれもすごく綺麗だ。
「了解。ええとすみません、この丸いケーキ全種類と、それからこっちの焼き菓子を色々混ぜて、あるだけこの木箱に入れていただけますか」
「ああ、ありがとうございます!」
目を輝かせた店主さんは、嬉々としてホールケーキをそれぞれ用意してあった小さな木箱に入れ始めた。どうやら俺が買う事を予想してホールケーキを用意していたみたいだ。
だけどこれは買わないって手はない。だって、店主さんの頭の上では、いつの間にか現れた収めの手が、ものすごい大興奮状態でショーケースの中のケーキを必死になって指差していたんだからさ。
俺はもう、途中から笑いを堪えるのに必死になっていたよ。
でもまあ、これは俺には絶対に作れそうにないケーキなので、喜んで買うよ。ちなみに、これはほぼシャムエル様とシルヴァ達の為のケーキだよ。俺はひと切れあれば充分だと思うな。
大量のケーキを見て、スライム達の収納が時間停止で良かったと心の底から思ったよ。
合計金額を払い、大量のケーキと焼き菓子を受け取ると、店主さんはそれはもうこれ以上ないくらいの笑顔でお礼を言ってくれたよ。
シャムエル様もまた大興奮状態みたいなので、笑ってもふもふ尻尾を突っついてから、俺も自分の食事を買いに他の屋台を見て回ったのだった。