思いもよらない頼まれ事
「ほう、どれもなかなか良い品だな」
オンハルトの爺さんの言葉に、アーケル君が何やら嬉しそうに角を指差しながら話をしている。
見かけは十代の美少年だけど、すでに成人済み。ううん、やっぱり視覚からの情報と、知ってる情報が合致しないよ。
そして父親で上位冒険者のアルデアさん。
こちらも見かけはやっぱり十代の美少年。だけど地下洞窟の恐竜を狩れるくらいの腕の上位冒険者。
積み上がったトライロバイトの角を見ながら苦笑いしていると、アルデアさんが俺の腕をそっと引いた。
「あの、少しお話し出来ますでしょうか。実はちょっとお願いがありまして……」
真剣な様子に驚き、アーケル君と一緒にいたリナさんを見ると、ハスフェル達まで加わって一緒に楽しそうに話している。
小さく頷いた俺とアルデアさんは、そのままそっと店の外へ出て行った。そのまま厩舎へ向かう。
外に出ると無駄に注目を集めるのでね。人のいない所ってどう考えてもそこしかなかったんだよ。
「それで、改まってどうしたんですか?」
振り返った俺に、アルデアさんはいきなり深々と頭を下げた。
「ええ、ちょっとどうしたんですか? 顔を上げてくださいって」
慌ててそう言いながら駆け寄ると、顔を上げたアルデアさんは縋るような目で俺を見上げた。
「こんなことを頼める筋合いではありませんが。どうか、どうかお願いします。リナを助けてやってください!」
そう言ってもう一度深々と頭を下げる。
「た、助けるって?」
思わず目を瞬く俺。何、またどこかから借金でもしたのか?
しかし、アルデアさんの口から語られたのは、冗談じゃない話だった。
「どうか彼女が立ち直るきっかけを与えてやって欲しいんです。彼女が以前、金策の為に従魔を売った話をご存知でしょうか」
「ああ、人伝ですが聞きました。その、売った相手は碌でもない奴らだったって……」
小さく頷いたアルデアさんは、大きなため息を吐いた。
「それまでの彼女は、貴方ほどではありませんが、かなりの大物のジェムモンスターでさえも易々と従えるほどの、優れた魔獣使いでした。もちろん彼女も自分の紋章を持っていました」
今の彼女が連れているのは、紋章のないスライム一匹だけ。その意味を考える。
「つまり、彼女は自分の紋章を……捨てたって事ですか?」
「そうです。もう不幸な子は作らないと言って」
『なあ、そんな事出来るのか?』
少し考えて、念話でシャムエル様に質問する。
『紋章は無くなった訳じゃない、彼女の中にちゃんとあるよ。だけど彼女はそれを否定しているみたいだね』
同じ魔獣使いとして、これはちょっと放っておけない話になってきた。
「元々彼女は私とコンビを組んでいたんですけれど、彼女と出会ったのが、その従魔達を失った直後だったんです」
つまり、百年前の借金事件ね。
「頑なに新しい従魔をテイムしようとしない彼女に、私は何度も、過ぎた事を悔やんでも取り返しはつかない。失った子達を申し訳なく思うのなら、その分、新しい子達を精一杯愛して可愛がってやれと、私は言い聞かせました」
アルデアさんの言葉に俺も頷く。理想論かもしれないけれど、確かにその通りだろう。
譲った時点では、彼女だって従魔達が酷い扱いを受けるなんて知らなかった筈だ。
まあ、相手を確認せず迂闊に譲った彼女も確かに軽率だったかもしれないけれど、だからといって自分の紋章を捨てるなんて可哀想過ぎる。
「彼女が、今連れているあのスライムをテイムしたのも、狩りの途中の偶然からなんだそうです。他の魔獣と戦っていた時に、草むらから飛び出してきたスライムを叩き落としたら何故かテイムしてしまったらしく、彼女の後をずっとついて来ていたんですよ。それで根負けした彼女が従魔と認めたのが半年ほど前の事です。私はそろそろ彼女の中で心境の変化が生まれているのではないかと思っています、なので、今ならもう一押しすればなんとか立ち直ってくれるのではないかと考えています」
「それで、俺に具体的には何をして欲しいと仰るんですか?」
「彼女に、テイムの楽しさと従魔達といる事の楽しさを思い出させてやって欲しいんです。貴方は従魔達とは本当に仲が良いと聞きました。ご迷惑でなければ、一時期だけで結構なので、旅の仲間に加えてはいただけませんか。従魔達と仲良くしている貴方達を見れば、彼女の頑なな考えも変わるのではないかと……」
おう、まさかのリナさん親子セットで仲間申請来たよ。
「ええと、実は俺は郊外に家を買いましてね。庭が広くて従魔達が大喜びしているんですよ。だからしばらくここに滞在して、そのあとはバイゼンへ行くつもりなんですけど、どうですか?」
「おお、バイゼンヘ行かれるのですか。あそこにも地下洞窟があって、なかなかに楽しいですよ」
目を輝かせるアルデアさんの言葉に、俺は思わず吹き出した。
「バイゼンで冬を過ごそうと思ってるんです。色々と素材を確保しているので、冬の間にバイゼンで装備を一通り揃えるつもりなんですよね」
「おお、それは素晴らしいですね。では旅立たれる際に、よければご一緒させていただけませんでしょうか」
「俺は構いませんよ。じゃあ後で他の奴らにも聞いてみます」
大丈夫だとは思うけど、一応そう言っておく。
「それなら、後ほど私から他の三人にも話をしてみます」
「ええと、ちなみにリナさんやアーケル君はこの件って了解済みなんですか?」
「アーケルは、ずっと貴方の事を話してますよ。リナも、貴方と従魔達の事をかなり気にしていますので、嫌とは言わないと私は思っています。もし嫌がるようなら私が責任を持って説得します」
おう、断言されちゃったよ。
「了解です。じゃあそっちはお任せしますよ」
まあ、夫婦なんだし、その辺りは分かってるんだと思っておく。
「では、私達は毎日ギルドに顔を出していますので、出発の日取りが決まれば伝言を残しておいてください」
顔を見合わせて頷き合った俺とアルデアさんは笑顔でしっかりと握手を交わした。
我ながらお人好しだとは思うけど、これはもう俺の性分だもんな。
実際に一緒に旅をしたところで彼女に俺が何をしてやれるかなんて分からないけど、立ち直るきっかけくらいはあげられたらいいなあ。
店へ戻りながら、俺はそんな事を考えていたのだった。