至福のもふもふタイムと朝ご飯
寝る前に、まずは荷物整理をやってしまおう。
俺は、サクラに出してもらった預けていた荷物の山から、食材の入った巾着を手にすると、クラッカーの入った箱は取り出して、それ以外の中身を整理して大きい方の巾着に入れて一つにまとめた。塩の缶は食材と一緒に入れておき、空いた巾着にコーヒー豆とパーコレーターを一緒に入れた。
それから、ちょっと考えて、チョコの入っていた箱も巾着から取り出して、革の巾着に入っていたお金をその巾着に入れた。
革の巾着は俺が持つ事にして、さっき取り出してポケットに入れた金貨一枚と銀貨二枚を入れる。さすがに、お金を剥き出しのまま持つのは不味いだろうと思ったからだ。
少し考えて金貨を10枚と銀貨を20枚になるように数えて革の巾着に戻した。残りのお金は、サクラに持っていてもらう事にする。
整理が終わると、サクラに一つずつ説明しながら渡していった。
お金、鍋と食器セット、水筒、食材、クラッカーの箱、チョコの箱、ライター、コーヒーセット、布セット、ランタンの入っていた巾着は、今使っているランタン用だと言って渡す。
こう言っておけば、出してもらう時にすぐに分かるだろう。
「分かった。いる時は、いつでも言ってね!」
サクラが嬉しそうにご機嫌な声でそう言って、荷物を次々と飲み込んでいく。
やっぱりどうなってるのか分からんな。あんなに飲み込んだのに、透明だし大きさは変わらない。
「さてと、じゃあもう寝るとするか」
そう呟いて、置いてあったランタンの灯りを火芯を下げてゆっくりと消す。これは少しして冷めたら、渡したランタン用の巾着の中に入れて片付けて貰うようにサクラに頼んでおく。
真っ暗な中、伸びをして見上げた空は、見た事もない程の星、星、星であふれていた。怖いくらいに綺麗だ。
満天の星とか、降るような星空って、きっとこんな空の事を言うんだろうな。
以前の俺のいた所では、夜でも明るかったからな。こんな綺麗な星空は見た事も無いよ。
ちょっと感動して、しばらく無言で空を見上げていた。
そして、星明かりとでもいうのだろうか。明かりを消してもぼんやりだが思ったほどは真っ暗では無く、少しはニニやマックスの影が見える。
その時、羽音がしてマックスの背中に留まっていたファルコが、頭上の木の枝の上に留まった。その動きに迷いはない。明らかにちゃんと見えてる。
おお、凄いぞ。鳥だけど、ジェムモンスターだからなのかファルコは夜目も利くんだな。
大きく一つ深呼吸をして、鞄から取り出してあった毛布を手に、俺は振り返った。
「ええと、やっぱり寝るのに潜るなら、ニニの腹かな?」
嬉しそうな俺の声に、横向けに、いつものように丸く座っていたニニが顔を上げた。
「どうぞ!ご主人。ふわふわで私のお腹はあったかいですよ」
尻尾の先をパタパタさせながらニニがそう言ってくれたので、俺は遠慮なくニニのお腹にダイブした。
実は、このサイズのニニを見た時から、これがしたくて堪らなかったんだよ。
全猫飼いの夢!
巨大猫の腹毛の海にダイブだぜ!
ああ、最高かよ……。
子猫になった気分で、腹毛の中でモゾモゾと動き回り、横向きになってニニの足に乗ってお腹に体半分乗り上げるような状態だ。倒したお腹の上に頭を乗せて、上にハーフケットを被る。尻尾が巻き込まれて守るように俺の上に優しく乗った。
俺の下には、ニニの大きな後ろ足がある。重くないか聞いたが、大丈夫だから安心して寝ろと言われた。
「おやすみ、見張りは……任せてだいじょうぶかな?」
「ご心配無く。我らが見張っておりますから、ご主人は安心してお休み下さい」
頭上のファルコと、足元から同じく横になったマックスの声が聞こえて安心した。
「じゃあよろしく頼むよ。おやすみ……」
ゆっくりと呼吸するニニの腹が、静かに上下する。
ふかふかでもふもふの巨大猫ニニの腹毛に、子猫のように潜り込んで俺は目を閉じた。
あったかい……ふかふか……何この幸せ空間……。
しかし、その幸せ空間を満喫する間も無く、緊張の連続で疲れていた俺は、あっと言う間に夢の国へ旅立っていったのだった。
ぺしぺしぺし……
誰かが俺の頬を叩いている。これは……ニニか?
今日は仕事だから、もう起きなきゃ……遊んであげられなくてごめんよ。今度おもちゃ買ってくるから……。
ぺしぺしぺしぺし……
あれ? 起きたんじゃなかったけ? ヤバイ……俺、もしかしてまだ寝てる?
えっと休み明けは、午前中に報告会議があって、午後からは大事な商談があるんだよ。起きて会社に行かないと……。
唐突に目を覚ました俺は、慌てて飛び起きようとして目の前のリスもどきと目があってしまい、固まった。
「おう、これって夢じゃなかったのかよ……」
思わずそう呟いて頭を抱える。
「いい加減起きない? 君が起きてくれないと、ニニちゃんも動けないんだからさあ」
呆れたような声に、起き上がろうとしたが、手をついた瞬間、目の前のもふもふの腹毛の海に絡め取られてしまった。
……撃沈。
「この幸せ空間から起きるなんて無理です。そんな事されたら、俺悲しくて泣くよ」
再び腹毛の海に沈みながらそう呟くと、思い切り頭を叩かれた。
「痛い! 暴力反対!」
頭を抱えて文句を言うと、またしても冷たい目で見られた。
「起きるよ……起きるから……」
「だから! 起きろっつってるだろうが!」
撃沈しかけて再び頭を叩かれる。
仕方無しに、俺は幸せ空間から無理矢理起き出した。
寝起きの凝り固まった身体を思いっきり伸ばして、それから腕を回す。
ソファーで寝た時みたいに、若干体に違和感は感じるものの、特に何処か寝違えていたりする事も無かった。よしよし。
考えてみたら、胸当てやなんかもそのままで寝ちまったんだから、もうちょっと体に負担がかかるかと心配したがどうやら大丈夫そうだ。
まあ、街へ到着すればこれを外してゆっくりベッドで寝られるだろう。多分。
見上げた空は、すっかり明るくなって、今日も良いお天気だ。
顔を洗おうと思ったが、水は貴重だろう。街へ着くまで我慢だな。
目覚ましにコーヒーを飲もうと思い、まずは、サクラに頼んで水筒とコーヒーセットを取り出してもらった。
その時、スライムのサクラがニュルンと、腕というか、触手?を伸ばして、俺の背中を叩いた。
「ん? どうした? これで合ってるぞ」
何か言いたい事があるのだと思い振り返ると、いきなりその触手が伸びて、俺の頬辺りに張り付いたのだ。
驚きに目を見張って動けない俺に構わず、更に一気に薄く伸びたサクラの体が俺に巻き付いて全身を包む。首元や袖口の服の隙間から、中に一気に入ってくるのが分かって更に慌てた。
何これ。俺……もしかして食われた?
恐怖のあまり声も出せずに固まっていると、唐突にサクラは元に戻った。
「どう? 綺麗になったでしょう?」
自慢気なその声に、俺は恐る恐る自分の顔を触る。
おお、髭も綺麗に剃られてるし、汗でベトベトしてた首元も、すっかり綺麗になってる。
「もしかして、今ので俺の汚れを取ってくれたのか?」
「そうだよー! ご主人、顔洗いたいって呟いてたからね」
透明ピンクの目も鼻も口も無いスライムのサクラなのに、なぜかドヤ顔なのが分かる。
「おう……ありがとうな。でもちょっとビックリしたよ。今度は、ちゃんと綺麗にするって言ってからやって欲しいな」
「分かった。じゃあ次は言ってからしてあげるね」
ポンポンと跳ねながらそう言って、アクアの隣に並んだ。なんかこいつらの事も可愛くなってきたぞ。
しかし、こいつらを見ていて思う既視感は何なんだろう。昨日からずっと考えていたんだが、不意に思い出した。
あれだ。
以前夏場に話題になってた、水信玄餅……コンビニスイーツにもなってた無色透明のゼリーだ。スライムって、正にそのまんまだ。
可笑しくなって、俺はサクラとアクアを撫でてやった。
プルンプルンのその触り心地は、ふかふかの毛とはまた違う心地良さだった。
夏場は、こいつらに抱きついて寝るのが良さそうだな。なんて事まで考えてしまい、小さく吹き出した。
「何一人でニヤニヤしてるんだよ。思い出し笑いか?」
呆れたようなシャムエル様の声に、振り返って舌を出してやった。
気を取り直してコーヒーを淹れよう。
パーコレーターを取り出して、中に入ってる金属製のバスケットを取り出し、そこにコーヒー豆を入れる。
水筒を取り出して、水を……あれ? 昨日、スープを作ってコーヒーを淹れるのに使ったのに、いつの間にか水が満杯まで入ってるぞ?
驚いて中身を確認していると、シャムエル様がまた肩に現れた。
「あ、言ってなかったね。その水筒は特別製だから大事にしてね。使っても蓋を閉めてしばらくすると、また満杯まで水が出るからね」
満面の笑みで、とんでもない事を簡単に仰る。さすがは神様だね。
「良いのか? そんなすごい物、簡単に貰って。なんか、すげえマジックアイテムみたいだけど」
「まあ、特別製だけど、この世界でも全く無い訳じゃないよ。それに君のいた世界では、どこでも簡単に水が手に入ったんでしょう?」
そう言われて頷いた。
「まあそうだな。別の国では水に困る事もあるみたいだけど、俺の国では、普通は水は何処でも手に入ったな」
「だからさ。旅の途中で水を手に入れる方法なんて、ケンは知らないでしょう?」
「……お気遣いありがとうございます。いや、冗談抜きで、水の心配しないで済むってマジで有難いよ」
これには、本気で感謝した。
最悪、数日程度なら、何も食わなくても人間は死なないだろうけど、水はそうはいかない。命に関わる、一番無いと困るのが水だからね。うん。
素直に感謝した俺に、シャムエル様はまたしてもドヤ顔だ。はいはい、分かった分かった。
「でも、これはあんまり、他の人には見せびらかさない方が良いかな?」
「だね。街についたら、普通の水筒を別に一個買って持つ事にするわ」
苦笑いしながら、コンロに火をつけてパーコレーターをセットする。沸くまで我慢だ。
「なあ、ちょっと聞くけど、サクラやアクアの中に入れてると、時間停止なんだって言ってたよな」
コーヒーを淹れている間に、俺は気になっていた事を聞く事にした。
「そうだよ。死体入れてて時間が経ったりすると、後が大変でしょう?」
にっこり笑ってとんでもない例えを言われてしまい、俺は遠い目になった。
「いや、そうじゃなくてさ。例えば街で、卵や牛乳を買ってサクラに預けたらどうなる?」
「別にどうもしないよ、入れた時、そのままの状態で入ってるだけだよ」
「冷たい物でも?」
「入れた時に冷たければ、そのままだね」
「つまり、中にあれば古くならないって事だよな?」
「預けた時に新鮮なら、そのままずっと新鮮だし、預けた時に古ければ、当然古いままだよ」
それを聞いて、俺は思わず拳を握ってガッツポーズをしていた。
「よっしゃ! これで、無事に街へ到着すれば、旅の間の食生活はかなり改善されるぞ!」
パンだって売ってるかもしれない。生の肉やソーセージなんかがあったら有難いんだけどな。
そんな凝ったものは出来ないが、食生活の改善の為にも、卵と牛乳は、是非ともゲットしておきたい。
卵と牛乳があれば、かなり色々出来るだろう。あ、チーズなんかもあると嬉しいかも。
「お、そろそろ良いかな?」
パーコレーターを火からおろして、カップにコーヒーをゆっくりと注ぐ。ああ良い香り……。
ゆっくりと深呼吸して、コーヒーの香りを楽しむ。
「サクラ、食材とクラッカーを出してくれるか」
コーヒーを一口飲んで、俺はサクラを振り返った。
差し出された食材とクラッカーの箱を受け取って、お皿にクラッカーを数枚取り出した。
ドライフルーツが入っていたから、それも適当に取り出す。
朝はこれくらいで良いだろう。昼と夜は、また適当煮込みスープかな?
そんな事を考えながら、俺はクラッカーを齧った。
昨日食べてみて思ったんだが、このクラッカー、見かけの割に案外ザクザクしてて歯応えもあり美味い。バターやチーズがあれば、これだけでも立派に一食分になりそうだ。
箱の中には、ぎっしり入ってるから、かなり量もありそうだ。これも大事に食べる事にする。
今日中には到着するという、初めての街へ期待を込めて、俺は食事を終えて立ち上がった。