パルウム・スキウルスって?
「ふう、ごちそうさまでした。いやあ、肉巻きおにぎり最高! また作ってね」
俺の夕食の皿から丸ごと一個持っていった肉巻きおにぎりを完食して、シャムエル様はご満悦だ。
ちなみにそれ以外に既に、鶏ハムとレタスが数枚ずつ、おからサラダも半分と味噌汁、三色おにぎりとツナマヨおにぎりとシャケもどきも半分ずつ持っていかれたよ。
当然、足りなくて追加のおにぎりを取りに行ったら肉巻きおにぎりがラスト一個でした。残り福。残り福。
いやしかし、マジで最近のシャムエル様の食う量が倍増してる気がするんだけど、俺の気のせいかな……?
俺のジョッキから入れた二杯目の白ビールをグビグビ飲んでるシャムエル様の尻尾を、こっそり後ろから突っついてやる。
「こら、尻尾は駄目です!」
小さな手で、俺の指をパチンと叩いて尻尾は体の前側へくるっと巻き込むみたいにして収めてしまった。
「ええ、俺の癒しが〜」
「駄目って言ったら駄目なんです!」
笑いながら抗議する俺の指に、一瞬だけ動いた尻尾が当たってそのまままた元に戻る。
残りのビールを一気飲みしたシャムエル様は、グラスを置いて尻尾のお手入れを始めた。
ああなっては、もうしばらく触らせてはもらえない。
苦笑いした俺は、残りのビールを一口で飲み干してカリディアを探した。
少し離れた簡易祭壇の向こう側で、タロンとフランマの三人にベリーまで加わって何やら真剣に話をしてるのを見て、俺はカリディアの尻尾を触らせてもらうのを諦めた。
「でも俺にはニニがいるもんな」
笑ってそう言い、足元で転がっていたニニを手を伸ばして撫でてやる、
「ああ、ニニだけずるい、私も撫でて〜」
猫サイズのソレイユとフォールが膝の上に飛び乗ってきたので、二匹まとめてもみくちゃにしてやる。
「おお、このサイズの撫で心地もなかなかだな」
フォールをひっくり返して腹毛に顔を埋めながらそう言って笑うと、雪豹のヤミーが、同じく猫サイズで突撃してきた。
「ヤミーの腹毛も最高だもんな〜」
捕まえて同じくひっくり返してやり、お腹に顔を埋めて笑う。
「きゃ〜誰か助けて〜」
笑って叫んでいるヤミーの言葉は思いっきり棒読みで、俺は腹毛に顔を埋めたまま思い切り吹き出したよ。
短い足が、俺の顎の辺りに当たって踏ん張ってる。
「どうしたどうした。その程度の抵抗しか出来ないのか〜」
悪役っぽくそう言って、またヤミーの腹毛に突撃する。
ううん、みっちり毛が詰まっててこれも最高だね。
ちなみにヤミーは猫サイズになると、尻尾がめちゃ太くて長く、手足は太くて短くなるので見かけはマンチカンっぽくなる。
マンチカンって、短足でめっちゃ可愛い猫の種類なんだけど、この世界にいるのかどうかは知らない。
正直言って、ランドルさんのサーベルタイガーのクグロフと同じくらい、猫になるには無理がある見かけだ。でもまあ、魔獣使いの紋章が付いてるので、街の人達は猫っぽい何かだと思ってスルーしてくれているみたいだ。
他にも集まってくる子達を順番に撫でたりもふったり揉んだりくすぐったりしてやりながら、やっと尻尾のお手入れが終わったらしいシャムエル様を振り返る。
「なあ、シャムエル様。ちょっと聞いても良いか?」
「何? 改まって」
こっちを見てくれたので、俺は座り直してシャムエル様の方に向き直った。
「カリディアって、パルウム・スキウルスって言ってたよな。初めて聞く名前でリスっぽく見えるけど、ダンスをする幻獣なのか?」
「ああ、確かに珍しい幻獣だからあまり知られてないね。ええとね、パルウム・スキウルスは幻獣界の中でも一箇所にしか住んでいない特別な種族なんだ。幻獣界最古の森である漆黒の森を守る、守りの一族なんだ。ここまでは分かった?」
「ええと、幻獣界にある貴重な古い森を守る珍しい一族って事だな」
「そうそう。それでね、その漆黒の森はとても木々が大きくて高いし足元は蔓草や茨がびっしりと生えてて、大型の幻獣や魔獣、或いは獣の類は入れない、文字通り、暗闇に包まれた迷路そのものの森なんだ。その中に住む彼らは、その強い魔力で更に森を包んで守っている」
「ああ、やっぱり魔法とか使うんだ」
「幻術系の術と、水の術が得意だね。もちろんカリディアも相当な使い手だよ。それで、その森の守護を司るエントの長老の木に、自身の存在を示すために踊りを踊って奉納するんだ。高い枝の先や、大きな葉の上なんかでね。時折出現する、倒木によって森の中にぽっかりと開いた空間に差し込む日の光の下なんかでは、一族揃ってさっきのように互いに競い合うようにして踊るね」
「へえ、そうなんだ。何かすげえな」
「だから、踊りの名手は仲間達からは尊敬されるし子供達の人気者になるんだ。カリディアが急にいなくなって、きっと漆黒の森のパルウム・スキウルス達やエントの長老は寂しがっているだろうね」
その言葉に振り返って、ベリーと話をするカリディアを見る。
「……帰りたいだろうな」
「まあ、そりゃあ故郷だからね。だけど、こっちの世界も面白そうだって言ってくれたよ。私は踊るライバルが出来て嬉しいけどね」
「あはは、確かにさっきの対決はなかなか見応えがあったぞ。俺はダンスは全くだからな。あんなに踊れるってすげえよ。尊敬するなあ」
「やだなあ、ケンったら。そんなに褒めても何も出ないよ」
他意はない。単に思ったことを言っただけだが、何やらシャムエル様が盛大に照れている。
何だ? ダンスを褒められるのがそんなに嬉しいのか?
「じゃあ、次からは毎回あんなダンスが見られるのか。楽しみだなあ」
「毎回は勘弁してよ。そんなに体力がもたないって。あ、でもケンがまたスイーツをいっぱい作ってくれるなら頑張れちゃうかも」
おう、まさかのスイーツおねだり来ました。
「分かったよ、じゃあまた街にいる間に何か考えてやるよ」
すると、シャムエル様だけでなくハスフェル達までが一斉に俺を振り返った。
「何だよお前。あんな立派な家を買ったのに、一泊もせずに出発するつもりか?」
真顔のハスフェルにそう言われて考える。
「ええと、じゃあ一旦ここは撤収して明日は別荘で一泊してみるか?」
すると、部屋の端に転がっていたマックスやテンペストとファインの狼達、それからセーブルまでが不満げに集まってきた。
「ええ〜〜私達、もっとあそこで遊びたいですよ。ご主人!」
「そうですよ、ご主人、そんな勿体無い事言わないでください!」
「もっと遊びたいです〜!」
遊びたいオーラ全開の従魔達の圧がすごい。
「分かった分かった。じゃあ、しばらく滞在する事にしよう」
マックス達だけでなく、従魔達全員どころかフランマ達にまで言われてしまい、呆気なく降参する俺。
大喜びする従魔達を眺めながら、もしかしてバイゼンヘいけない呪いがかかってるんじゃないかと真剣に考え始めているのだった。
嗚呼、俺の目的地のバイゼンは、遠い……。




