正式な契約とオプションの追加
「ううん。改めて見ると、俺なんかが本当に買って良いのかって言いたくなるような大豪邸だよなあ」
あの後、もう一度一通り家の中を見て回ってから、戸締りをして庭へ出た。
そして改めて今出てきた屋敷を振り返った時の感想がこれだよ。
本当に俺が買って良いのかねえ……。
「良い家だよ。帰ってくる楽しみが出来たじゃないか」
だけど、笑ったハスフェルにそう言われて、俺も開き直ってこの状況を楽しむ事にしたよ。
「じゃあ、このままギルドへ戻って仮契約だけでもしますか? このまま本契約でも俺は構いませんけど」
「本当に良いのかい。下がったとは言っても決して安くはない金額だ。一晩寝て、落ち着いて考えてもらっても全然構わないよ」
「いや、俺は良いと思うしハスフェル達も良いって言ってくれました。それに、従魔達も気に入ったみたいだし」
笑って振り返ったそこには、厩舎にいるはずのマックス達を含め、従魔達が全員揃ってキラッキラに目を輝かせて勢揃いしていた。もう、その顔を見られただけでも、ここを買う値打ちがあるってものだね。
ちなみに、従魔達の体には落ち葉や枯れ枝、それから砂埃がもう付きまくってて、どれだけここの庭が楽しかったのかって事を、何より雄弁に物語ってくれてたよ。
「そうかそうか、楽しかったんだな。ここを買うことにしたから、ここにいる間は好きなだけ遊んでいいぞ」
俺の言葉を聞いた従魔達は、文字通り一斉に飛び跳ねたり羽ばたいたりして大喜びしている。
「それじゃあ、ギルドへ戻って契約ですね」
笑った俺の言葉に、マーサさんも笑顔で頷き、そのままそれぞれの従魔達に乗って一旦冒険者ギルドまで戻って行ったよ。
シャムエル様と並んで俺の肩に座っている、もふもふ尻尾のリスの幻獣カリディアに、皆興味津々だ。
「後で紹介するよ。ここはマーサさんがいるからな」
小さな声でマックスの首を撫でてやりながらそう言ってやると、耳のいい従魔達全員に聞こえたみたいで、後は素知らぬ顔で並んで歩いて戻って行った。
「おかえり。暗くなる前に戻って来たね」
カウンターからエルさんが顔を上げて手を振っている。
「それで、どうだったんだい?」
カウンターから出てくるエルさんに、マーサさんが駆け寄って話をしている。
「そりゃあ素晴らしい。じゃあ部屋は用意してあるから、契約してしまおう。どうぞ」
エルさんの言葉に従って、俺たちも従魔を連れたまま別室へ案内された。
小さくなってるとはいえ、従魔達も連れてるから大所帯での移動だよ。ギルド中の大注目を集めてたけど、気にしない、気にしない。
「ここって、以前クーヘンが家の契約をしたときに使った部屋だね」
見覚えのある部屋に通されて、思わず部屋を見回してそう言って何だか嬉しくなった。
「ここは、今みたいな大金が動く契約の際に使う部屋でね。浄化の術を掛けてあるから、契約に邪魔が入らないようにしてあるんだ」
「契約に邪魔ですか?」
「まあ、滅多にないんだけど、契約の邪魔をしようとする奴がいたりするんだ。不動産の売買は、術を介しての個人間の契約になるから、間違いがあってはいけないからね」
ええ、何か怖いこと言ってる。
無言でビビってる俺に、エルさんは笑って首を振った。
「だから、こう言った公式の場で交わす正式な契約は大丈夫だよ。相手も、不動産の売買には定評のあるマーサさんだしね」
「つまり、詐欺とかそう言うのに使われる可能性も……」
「まあ、否定はしないね。そうある事では無いだろうけど、今みたいに大きな金額の動く契約を交わす場合は個人間で交わすのでは無く、最低でもどこかのギルドを介して契約する事をお勧めするね」
「了解です」
勧められた椅子に座りながら、バイゼンヘ行ったらまずは冒険者ギルドと商人ギルドへ行こうと心に誓った俺だったよ。
その後、クーヘンの契約の時よりもさらに大きな青銀貨をエルさんから渡され、俺がマーサさんにそれを渡して家の金額が記された売買の契約書に双方がサインをする。
なんでもこの青銀貨がそのまま現金と同じ扱いになるらしく、これをマーサさんが今サインした契約書と一緒に青銀貨をギルドのカウンターに渡して手続きすれば、俺の口座から彼女の指定した口座に家の代金が振り込まれる仕組みなんだって。すげえ。
要するに青銀貨って、金額未記入の小切手と同じって事だよな。
立会人にはエルさんとハスフェルがなってくれて、それぞれのサインも記された。
「では、これが屋敷と門の鍵になります。本当にありがとうございました。肩の荷が一つ下りましたよ」
笑ったマーサさんと握手を交わして鍵を受け取る。
「ああそうだ。俺達が出て行った後の家の管理をしてくれるって聞いたんですけど、ついでに今ここでお願いしてもいいですか?」
近いうちにバイゼンヘ出発する予定だから、留守の間の事をお願いしておかないと。
「ああ、もちろん喜んでやらせてもらうよ。じゃあそっちの契約もしてしまおう」
持っていた鞄から取り出したのは、留守の間の管理の契約書。
詳しい説明をしてもらうと、契約は年単位で、留守の間は、定期的に家の空気を入れ替えたり庭へ続く道の雑草を刈ったりしてくれるらしい。万一家に問題が出た場合は修理の対応もしてくれる。ただし、これは後日かかった分の費用を実費請求されるんだって。まあそれは当然だよな。
管理の開始は、俺がマーサさんに鍵を預けると始まる。戻ってきた時はマーサさんのところへ行って鍵をもらうって方法らしい。成る程成る程。
だけど、一年分の管理費用は申し訳なくなるくらいに安くて驚いたよ。
それで少し考えてオプションをつけてもらう事にした。
屋敷の周辺は、綺麗で平な草地になってる場所があったので、そこに果樹を植えて管理してもらう事にした。
さくらんぼ、蜜桃、りんご、オレンジ、栗、洋梨、ぶどう。等々。ストロベリーポットなんてのもあるらしいので、それもお願いした。
俺達は、春と夏と秋には戻ってくるんだから、それに合わせて実が成るように色々と植えてもらう。
収穫時期がずれて間に合わない場合には、クーヘンのところへプレゼントするって事で話がまとまった。クーヘンには無断で決めたけど、別に良いよな?
知識が必要な果樹の季節の剪定や肥料の管理などには、マーサさんの会社が契約しているドワーフギルドの植木職人を派遣してもらう事にして、日々の水やりなどの管理はマーサさんの会社にお願いした。
これでそれなりの金額になったので、良い事にしておく。
マーサさんは、この追加の契約をずいぶんと喜んでくれたよ。
戻ってきた時に、家で収穫出来る果物があるって、考えたらめっちゃテンション上がりそうだし、俺も嬉しくなったので、双方よしって事でこれで正式な契約を交わした。
ハンプールに戻ってくる楽しみが出来たね。よしよし。