豪邸の価格
「ええと、どうやら樹海から鳥に捕まって、飛んだまま連れられてこんなところまで来たみたいですね。それで何とか逃げてたまたま落ちた場所がここだったみたいです。まあ、この小ささですから、屋根裏なんかに逃げ込まれてたら、そりゃあ見つかりませんって。あはは……」
マーサさんが、俺の手の中のリスもどき改めパルウム・スキウルスをめっちゃ不審そうな目で見つめているもんだから、何とか苦しい言い訳を頭の中で考えた。
だって、シャムエル様はマーサさんにはあのままの姿を時折見せてるわけで、その場合は樹海から勝手について来た、樹海独自の生き物で、リスもどきって設定にしてるんだよ。そうなると、シャムエル様と同じ見かけのリスもどきが、樹海からこんなにも離れた場所に一匹だけでいる理由が必要になる訳で……。
で、考えた結果が今の苦しい言い訳。
一応納得してくれたのか、マーサさんは苦笑いしながら俺の手の中を覗き込んで飼い主が見つかってよかったね。なんて話しかけてる。
心得てくれてるシャムエル様が俺の腕に降りてきて、マーサさんの目の前で仲良しアピールなのか手の中のリスもどきをヨシヨシしている。
『なあ、こいつの名前は?』
いつまでも名無しのままは可哀想だ。
俺が勝手に名付けても良いかと思ったんだけど、よく考えたらタロンもフランマも出会った時には自分の名前を持っていたもんな。だからこの子にも名前があるだろうと予想して念話でシャムエル様に聞いてみた。
『ええと、彼女の名は……カリディアだってさ。古い言葉で胡桃って意味だよ』
『って事は、リスと同じでどんぐりとか胡桃とかを食べるのか?』
仲間になったのなら、何が主食なのかくらいは把握しておかないとな。
『うん、主食は果物とか木の実とかだね』
『了解。じゃあ食事はベリー達と一緒で大丈夫だな。名前はそのままで行こう』
小さく深呼吸した俺は、手の中で俺を大人しく見つめているリスもどき改めパルウム・スキウルスを見つめた。
「お前の名前は、カリディアだよ。よろしくな、カリディア」
指で小さな額を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて俺の指先に頭をこすりつけてきた。
「嬉しいです、よろしくお願いしますね」
小さな声でそう話してるけど、どうやらマーサさんにこの声は聞こえていないみたいだ。
この辺りの仕組みって、どうなってるか気になるよな。まあ教えてもらっても一割も理解出来ない自信ならあるけどね。
って事で、疑問はひとまず全部まとめて明後日の方向にぶん投げておき、右肩にシャムエル様とくっつくみたいにして乗せてやる。
「じゃあ、とりあえずカリディアはそこにいてくれよな。詳しい話は後で」
最後は小さな声でそう言い、今更だけど改めて辺りを見回す。
「いやあ、侵入者に気を取られててじっくり見てませんでしたけど、改めて見ると凄いですね。豪邸じゃないですか」
ちょっとわざとらしいかと思ったが、本題であるこの建物に話を持っていく。
見渡す広い廊下の床には、みっしりと毛の詰まった分厚い絨毯が敷かれていて足音は一切しない。
石造りのこの屋敷の廊下の壁には、見事な蔓草模様の掘り込まれた壁とアーチ状の天井。そして所々にある柱には絡みつくドラゴンが彫刻されている。
「まあ、大金持ちの貴族の御隠居が贅の限りを尽くして建てた別荘だからね。だけどそのお陰で持ち主の死後は逆に値段が付かなくて荒れ放題になってたんだよ。その後、色々あって私のところで引き取る事になってね。何度かに分けて改修工事をしたんだよ。まさか売れる日が来るとは思わなかったけどね」
それって購入希望者に言って良い話か? って頭の中で突っ込み、ハスフェル達を振り返る。
「なあ、もう問題は無いんだよな?」
「ああ、もう大丈夫だよ。それにしてもなかなか良い家じゃないか。王都の貴族の屋敷みたいだ」
ギイの言葉に俺はため息を吐く。生まれも育ちも庶民な俺が、こんな貴族しか住まないような豪華な大邸宅を買うってか?
「ええと、今更だけどここってお幾らなんですか?」
「一応確認するけど、即金でもらえるのかい?」
「ええ、そのつもりですけど」
「だったら、金貨十五万枚だね」
簡単に言われた金額を頭の中で反芻する。
『なあ相場が分からないんだけど……』
『破格の値段だな』
『俺はもう一桁上がると思ってたぞ』
ハスフェルとギイの笑いを含んだ念話が届く。
『確かに破格だな。まあ幽霊屋敷の異名がある以上購入希望者がそうは現れんだろうからな、その上即金で支払うのだ。それを考えてのこの価格だろうさ。良いではないか、取引して損は無い金額だぞ』
オンハルトの爺さんにまで笑って言われてしまい、俺はもう笑いを堪えられなかった。
「本当にその金額で良いんですか? 俺はもう一桁上がると思ってましたけど」
「ケンさんが、王都の貴族ならそうしてますよ。私としてはクーヘンの恩人であり、早駆け祭りの英雄に買ってもらえてその上即金でもらえるのなら、その値段でも充分ですよ」
「損していませんか?」
「してませんよ。ここを建てた人の死後、この別荘は競売にかけられたんですけど、全く買い手がつかなくてね。三度目の競売で仕方がないから最低金額で入札したら、何とそのまま通ってしまったんですよね」
肩を竦めるマーサさんの言葉に驚き、もう一度廊下を見渡す。
「ええ、良い屋敷だと思うのに、どうして買い手が付かなかったんですか?」
すると、マーサさんは苦笑いしながら屋敷の外を指差した。
「まず、別荘にするには立地条件が悪すぎるんですよ。庭はあるけど段差があって庭遊びするのは危険な箇所が多い。その上、屋敷へ着くまで延々と急な坂道だろう。しかも道幅はそう広くも無いから、大型の馬車なんかは上がるだけでも一苦労なんだよ。それなのに、屋敷は無駄に広くて部屋数も多い。要するにチグハグなんだよ。人を招く別荘にするには足場が悪く不便極まりない。だけど、数人程度で住むには立地も道も悪く、無駄に広すぎる。だから、無理にそんな所をわざわざ買わなくてもって感じで敬遠されたんだろうね」
次から次へと述べられる理由の数々に、俺たちは揃ってもう笑いが止まらない。
何だかものすごく納得して俺達は顔を見合わせて頷き合った。
良いじゃん。これはもう俺達の為にその人が建ててくれたんじゃね? って思いたくなるくらいに、確かに俺達にぴったりの家だったよ。
「よし、じゃあもうその値段で契約します。ええと、じゃあ一旦ギルドへ戻りますか?」
「良いのかい、ありがとうケンさん」
満面の笑みのマーサさんに手を握られて、俺はもう一度乾いた笑いをこぼしたのだった。